琥珀色の戯言

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【読書感想】日本人の承認欲求―テレワークがさらした深層― ☆☆☆


Kindle版もあります。

苦手な上司も、厄介な部下も、根っこは同じ!?
ムダな出社を命じられる、在宅勤務なのに疲れる、新人が職場に馴染まない。
コロナの感染拡大が落ち着くと、多くの企業は瞬く間に出社へと切り替えた。
日本でリモート改革が進まない原因は、閉ざされた組織に巣くう特異な「承認欲求」にある。
誰もが持つ認められたい気持ちをコントロールし、満たされるにはどうすればいいのか――
組織研究の第一人者が、日本的「見せびらかし」文化の挫折と希望を解き明かす。


 この本のタイトルをみて、正直、また「承認欲求」かよ……と思いました。
 最近は、人間の行動をなんでもかんでも「ハイ、承認欲求ね」みたいな感じで「解説」している、ただの「便利ワード」にしか思えないんですよね。

 この新書に関しては、「テレワーク」「新型コロナ禍のなかで」というのがテーマになっているのですが、「コロナ疲れ」とともに「承認欲求疲れ」もあるのです。
 
 僕個人としては、この2年以上におよぶ「感染予防生活」は、ずっとマスクをしているから、あんまり髭剃りとか口臭とか意識しなくていいからラクだな、というくらいのものなんですよね。まあ、それはコロナ禍のなかでも、あまり仕事の内容が変わらない医療従事者だからなのかもしれませんが。

 個人的には、家で仕事ができる「テレワーク」は羨ましいのですが、実際にそれで働いていると、長引くにつれて「そんなに良いことばかりじゃない」と感じている人がけっこう多いということが、この本のなかで紹介されています。

 ちなみに、内閣府の調査では、一回目の緊急事態宣言が発令された後の2020年5月時点で、完全なテレワーク、もしくはテレワーク中心の働きかたをしている人が全国で約17%、東京23区では約36%だったそうです。
 僕の周囲には、完全にテレワーク、という人はいないのですが、この数字をみると、東京では(感染者の多さもあって)テレワークがかなり普及し、それが全国の率も引き上げていたのです。

 テレワークの導入当初は「通勤時間がかからない」「嫌な上司の顔を見ないで済む」などの肯定的な反応が多かったようです。その一方で、新入社員たちは、入社していきなり自宅待機で、仕事も覚えられないし、会社員としての実感もわきにくい、という不安を抱えていたのです。

 当初はテレワークを「歓迎」していたベテラン社員も、テレワークが長引くにつれて、意識が変わっていきました。

 そして在宅中心のテレワークが2か月、3か月と続くと、たまに出社する日を心待ちにするようになる。原則テレワークに移行した会社では、何かと用事をつくって会社に出てこようとする社員が目についたそうだ。あれほど在宅で仕事をしたいと願っていたのが自分でも嘘のように思え、出社勤務に戻ったいまは会社に行ける幸せを実感していると口にする人もいた。
 もっとも、そこには、むしろ家から離れたいという気持ちも含まれていたようだ。一日中、家族と一緒にいると、たとえ仕事をしていても互いに気遣いからストレスがたまってきて、少し離れたいと思うのは自然な感情だろう。皮肉なもので、在宅勤務をしていると家族からの感謝や尊敬が逆に薄れたという声も聞かれる。この経験から私たちは、触れ合う時間が長ければ長いほどよいというわけではなく、多様な集団、広い世界で認められることが必要だということを学んだのではなかろうか。


 「家族が大事」とは言うけれど、お互いにひとりの人間でもあり、ずっと同じ空間にいると、気詰まりになってくる、というのもわかります。コロナで、「自由に外出もできない」のなら、なおさらですよね。もちろん、人にもよるのでしょうけど。

 僕は、テレワークにおいては、コンピュータに不慣れな高齢者の割合が高い、という技術的な面で、管理職のストレスが大きいのではないか、と思っていました。
 しかしながら、管理職のテレワークでの不安要素は、そういう技術的な点だけではないようです。

 緊急事態宣言後、新たに週四日以上のテレワークを実施した人を対象に行われた調査では、管理職と非管理職(一般職)の間に意識のズレがあることがわかる。テレワーク中に不安を感じた点として管理職は、「部下の業務推進」(50.0%)、「部下とのコミュニケーション」(49.3%)が1、2位を占める。いっぽう非管理職は「同僚との連携」(51.0%)、「自身の業務推進」(48.0%)が1、2位で、「上司とのコミュニケーション」(40.7%)は8位にあがっているに過ぎない(総合人材サービス企業のアデコが2020年7月に管理職・一般職それぞれ300人に行った調査)。部下よりも上司のほうが、相手を気にしている様子がうかがえる。
 またテレワーク実施後ほぼ一年たってから行われた別の調査では、長期化するテレワークで部下とのコミュニケーションにストレスや悩みが「かなり増えた」または「増えた」という回答が40.1%で、「かなり減った」または「減った」という回答の9.5%を大きく上回っている。そして、増加した理由として第一位にあがったのが「部下との距離感」(63.9%)だった(ダイヤモンド・コンサルティングオフィスが2021年5月に行った調査、管理職539人の複数回答)。
 こうした調査結果からは、テレワークで部下が目の前にいない管理職の不安やストレスが伝わってくる。現場で管理職に聞き取りをしても、ほぼ同様の声が聞かれる。
 ところがコロナ禍以前からテレワークを取り入れている欧米企業のマネジャーから、このような声はまったくといってよいほど聞かれないという。部下がいる、いないに関係なくテレワーク生活に満足しているように見える。


 日本では、上司が自分専用の個室にこもるよりも、部下と同じフロアで机を並べて細々とした相談にも乗ることが称賛されがちなのに対して、欧米では、管理職が近くにいると「見張られているようで嫌だ」と感じる非管理職が多いそうです。
 これまでの「会社での過ごし方」が、テレワークでの距離感や不安にも影響しているのです。
 著者は、「大部屋、仕切りなし」という職場の環境が、上司の承認欲求が自然に満たされる構造になっているのではないか、とも述べています。
 みんなと机を並べている上司は、自分の部屋にこもっているよりも、部下に対してフレンドリーなようにみえて、実際は「上司の側が『自分は偉い』という満足感を得ている面もある」のです。
 基本的には「上司が目の前からいなくなった部下」よりも、「部下が目の前からいなくなった上司」のほうが、より不安になり、自分の存在意義の揺らぎを感じているようです。
 もともと、ディスプレイ越しのコミュニケーションに、物心ついた頃からスマートフォンがあった世代ほど慣れてはいないですし。

 とりわけ日本人にとって会社は一種の共同体であり、そのなかで全人格的に承認されることを求める。偉さの「見せびらかし」は共同体型組織のなかでの象徴的な行動だった。
 そこへ登場したテレワークは、物理的にも仕事や活動の面でも共同体に大きな風穴を開けた。共同体型組織が成り立つ条件の一つ、「閉鎖性」が崩れるからである。これまで会社という共同体に依存してきた人たちは、承認欲求を十分に満たせなくなっているのだ。
 しかし裏を返せば、共同体のなかで常に抱き続けてきた「承認を失ってはいけない」「期待を裏切ってはいけない」という強迫観念、すなわち「承認欲求の呪縛」から解放されることを意味する。これを広い視野で見るなら、優れた能力や個性を讃える「表の承認」より、和を乱さず序列にしたがうことを重視する「裏の承認」に偏った日本の社会システムを変革するチャンスだといえる。
 尊敬の欲求を満たす「偉さ」の見せびらかしも、本来は正常な行動といえない。すでに述べたとおり共同体のなかでは必然的にゼロサムの原理が働き、「見せつける」者と「見せつけられる」者に分かれるからである。しかも地位の序列というたった一つの尺度で評価が決まるのは、あまりにも不合理だ。
 テレワークの普及は私たち日本人にとって、働き方はもちろん生活スタイルから価値観、行動様式を根底から揺るがすほどの大きな変化である。しかも、おそらく後戻りできない不可逆的な変化だといえよう。「パンドラの箱」は開いてしまったのだ。


 ここまでテレワークが普及したのに、新型コロナが収束したら、コロナ以前のようにみんなが会社に出勤し、職場の人間関係を円滑にするため(という名目で)の飲み会が頻繁に行われるようになるのか?
 多少の揺り戻しはあるにせよ、たぶん、コロナ以前と同じにはならないと思います。実際、テレワークによってコストが下がり、収益が改善している企業も多いのです。今後、さらなる経営合理化とリストラが進んでいく可能性もありそうです。
 「新型コロナの流行を契機に、これまで慣例的に続けられてきた効率の悪い仕事」が淘汰されています。

 著者は、テレワークによる変革のメリット、デメリットを挙げつつも「変わらざるをえないこと」を前提に、「これからの働きかた」についても考察しているのです。

 読んでいると、なんのかんの言っても、みんな「承認されたい」のだよなあ、と考えずにはいられません。しかも「他人に認めてもらいたい」のだから、達成するのはなかなか難しいですよね……


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