琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】仕事と人生に効く教養としての映画 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

ただ漫然と映画を見ていませんか? じつは、映画には見るべきポイントがあります。

本書は、「映画の見方」を教える本です。数百名以上の大学生を感動の渦に巻き込んだ「日本一わかりやすい映画講師」が、鑑賞にあたって知っておくべき基礎知識から、撮影テクニック、場面展開、シーンの「意味付け」に至るまで、『東京物語』『ボヘミアン・ラプソディ』など新旧の名作を題材にして、映画を学びに変える鑑賞法を講義形式で解説します。

本書がめざすのは「能力の底上げ」です。作品のメッセージを読み解けるようになれば、感性が磨かれ、教養を深めることができます。映画を意識的に見ることで、人間としての魅力や人生の向上にもつながります。ネット動画をついダラダラ見てしまう方、口コミや評判をもとにコンテンツを受動的に消費しているような方にこそ、そんな自分を変えるきっかけにしてもらえる一冊です。

さらに、「 何から見ればいいの? 」という人のために、洋画・邦画合わせて200以上のおすすめ作品を紹介。あなたの人生を変えるかもしれない映画に必ず出会えるはずです。

学びに富んだ映画の世界を存分にご堪能ください。


 趣味を聞かれて「映画鑑賞」と答える人は、いまの時代でもけっこう多いのではないでしょうか。
 近年は、NetflixやAmazon PrimeVideoなどのネット配信サービスが日本でも広く利用されるようになってきています。
 その影響で、TSUTAYAのレンタルコーナーには往年の賑わいが無くなってしまって、たまに覗いたときに、ちょっと寂しくもなるんですけどね。

 配信サービスで、「いつでも自宅で観たい作品を観ることができる」ようになり、映画はより身近なものになりました。
 少し古い「名画」などは、無料で配信されていることも多くて、「これ、一度観てみたかったなあ」とリストを眺めて思うのです。
 でも、結局、「いつでも観られるから、また今度にしよう」と後回しにしてしまいます。
 いつでも観られるものは、いつまでも観ない。

 「教養としての映画」なんて言うとハードルが高く感じるのですが、「映画で描かれているものには、すべて意味や意図があり、それを意識することで、『泣けた』『スッキリした』だけではない、映画の楽しみ方を知ることができる」ということなのです。

 僕は、まだ若かりし頃に、町山智浩さんの映画レビュー本を読んで、「監督の意図や宗教的な背景を考える」ようになりました。
 何気なく描かれているような場面にこそ、「そのシーンが存在する意味」があるし、同じシナリオでも「どう撮るか」で作品は全く違ったものになるのです。

 とはいえ、正直なところ、年を重ねてくると、「抽象的な説教くさい映画」には疲れてきて、エンターテインメントに振り切った映画にあらためて魅力を感じてもいるのですが。


fujipon.hatenadiary.com

この『ツリー・オブ・ライフ』は難しかった映画。


fujipon.hatenadiary.com

素晴らしいよね、『トップガン マーヴェリック』。中学生の長男も「前作は知らないけど面白かった!」と絶賛しておりました。


映画は、とにかく楽しめばいい、あるいは、泣ければいい、という人も多いでしょうし、それは別に悪いことではありません。

それは承知の上で、著者は「映画を『深読み』して楽しむ」方法を紹介しているのです。

トイ・ストーリー」は、その名の通りオモチャたちの活躍を描いた作品ですが、主人公のウッディがカウボーイ(保安官)の人形に設定されているのはなぜでしょうか?
 また、ウッディの相棒役のバズ・ライトイヤーがスペースレンジャーなのはなぜでしょう?

 映画研究家の川本徹は『荒野のオデュッセイア──西部劇映画論』(みすず書房)のなかでこれらの疑問に答えてくれています。この本の内容にそって解説していきましょう。
 学問の水準は集合知の力で上がっていくものです。本書でも、すぐれた研究成果は積極的に紹介させてもらいます。

 カウボーイとスペースレンジャー。
 一見すると何の共通点もないように思われるかもしれませんが、アメリカ人はこの二つをあるキーワードによって結びつけます。
 それは「フロンティア」です。


 このあと、著者は「フロンティア」という共通点について、詳説しています。
 その内容について「なるほどなあ」と「アメリカの開拓精神」について思いを馳せるのと同時に、なぜカウボーイとスペースレンジャーのオモチャが主人公なのか?なんて考えたこともなかったことに気づきました。


 僕自身は、古い(と言っても、太平洋戦争後から1970年代くらいまで)日本映画には、正直、あまり興味がなく、黒澤明小津安二郎といった外国でも評価の高い監督の作品もほとんど観たことがありませんでした。
 それこそ「教養」として一度くらいは観ておかなければ、と思うのですが、僕にとっては金田一耕助シリーズや薬師丸ひろ子さんが主演していた角川映画とか、『八甲田山』あたりが、「記憶にあるもっとも古い日本映画」なんですよね(アニメ作品は別として)。

 著者は小津安二郎監督を研究対象としている、ということで、小津作品の紹介には、とくに力が入っていました。
 僕は「世界のクロサワ」のイメージが強かったのですが、近年の評価では、小津作品は黒澤作品と同等、あるいはそれ以上の評価を海外でも受けていて、その影響を語る映画関係者も多いのです。

──「世界的に高すぎるほどの評価を集めている小津安二郎には、どうも厳格な『巨匠』のイメージがつきまといます」


 無理もないでしょう。じっさい、小津の作品を見たことがない人は高尚な芸術映画のように考えて敬遠している節があります。ですが、それはあまりにももったいない思い込みです。
 小津映画を1本でも見たことがあれば、それがとんでもない勘違いであることがすぐにわかります。
 もともと小津の映画は興行的にかなり成功していました。
 つまり、同時代の多くの観客を惹きつけ、楽しませることができる娯楽映画だったということです。
 小津が偉大な芸術家であるとすれば、それは難解な芸術映画を撮ったからではなく、誰にでもわかる内容の映画を他の誰にも真似できないユニークなやり方で撮ったからにほかなりません。
 誰もが思わず笑ってしまうような娯楽映画であることと、超一流の芸術作品であることを両立させてしまったのが小津のすごさなのです。


 小津監督の画面の中にうつっている「小物」へのこだわりや、技術的な特徴についても説明が加えられています。

 わかりやすいところで言えば、カメラがほとんど動かないこと(固定カメラ)、カメラ位置が低いこと(ローポジション)、ショットとショットをカットのみでつないでいること(カットつなぎ)などが挙げられます。


 また、『万引き家族』の是枝裕和監督と小津安二郎監督の共通点についても書かれています。

 第4講では古典映画の例として小津安二郎の『東京物語』(1953年)を取り上げましたが、是枝裕和はしばしば小津の影響を指摘される監督です。
 是枝自身は家族をテーマにしている作品が多いからといって、それだけで安易に小津と比較されることにうんざりしているようです。
 ただ、私が見る限りでは、登場人物の視線を一致させたりずらしたりすることによってその関係性を描き出す点は2人の監督に共通しているように思います。

 また、フラッシュバック(回想シーン)を用いない点も両者に共通しています。
 小津も是枝も、登場人物の思い出はすべて会話のなかで処理しています。一般的な映画であればそこから回想シーンが始まりそうな場面であっても、2人の映画ではフラッシュバックの使用が厳に禁じられているのです。  
 2人の監督は、記憶というものは客観的な映像によって安易に提示できるようなものではないと考えているのでしょう。
 じっさい、私たちが同じ出来事を経験した友人とその話をしていても、お互いが頭の中で思い浮かべている映像まで共有することはできません。また、印象に残っている点や記憶の細部には必ず違いが生じるものでしょう。
 客観的な記憶を追い求めるのではなく、各人がもっている主観的な記憶のずれを通して他者と関係を結び、深めていくこと。それは映画を見ること一般にも通じる教訓かもしれません。


 僕は小津作品をちゃんと観たことがないので、比較することはできないのですが、是枝監督の作品に感じる違和感というか、個性は、こういう作風に基づいているのか、と少し理解できました。
 是枝監督の作品って、「答え」や「スッキリする結末」が無いことが多くて、観終えたあとも、余韻を引きずるというか、あれこれ考えてしまうんですよね。
 是枝監督の映画は「いい映画」だと思うけれど、なんとなく、観はじめるのに腰が重くなってしまうのです。

 この本を読んで、小津安二郎監督の作品にもあらためて興味が湧いてきたのですが、正直、もう教養とか思索とかよりも、現実逃避としての映画鑑賞でいいかな、という気持ちではあるのです。
 『東京物語』くらいは観ておこう、とは思うのですが。

 せっかく、配信で旧作から最新作まで、多くの映画が安価(あるいは無料)で、映画館どころか、レンタル店にさえ行かずに観られる時代に生きているのですから、こういう本をきっかけに「これまでの自分なら、絶対に観ようと思わなかった映画」を再生してみるのも良いと思います。
 結局、「教養になる」だけで全く面白くない作品というのは、淘汰されてしまっているはずですし。


fujipon.hatenablog.com

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