琥珀色の戯言

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【読書感想】終わらない戦争 ウクライナから見える世界の未来 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

ウクライナ戦争から500日が過ぎ、
いよいよウクライナの反転攻勢が始まった。
しかしロシア、ウクライナ双方が苦戦を強いられ、膠着する戦線。
戦争の終わりは見えず、2024年のロシア大統領選を見据えると、
もはや4年目への突入が現実となりつつあるという。
この「終わらない戦争」、そして世界秩序の行方は――。

ウクライナ戦争の200日』(文春新書)、『ウクライナ戦争』(ちくま新書)に続くロシア・ウクライナ戦争の著者最新分析。
ウクライナ戦争の200日』でも一つの核をなした高橋杉雄さんとの戦況分析を中心に、本戦争がもたらした日本人の戦争観や安全保障観の変化、終わらない戦争の終わらせ方などを語る。


 ロシアがウクライナに侵攻し、『ウクライナ戦争』がはじまったのは、2022年2月24日のことでした。 
 ウクライナ情勢の緊迫が伝えられた際には「2020年代に、近代国家が『侵略戦争』なんて前時代的な暴挙に出るわけがない」、侵攻開始のニュースには「軍事力の差がありすぎるから、すぐにロシアの勝利でこの戦争は終わるのではないか」と思っていました。
 僕の予測は、ことごとく外れ、戦争は現在も続いています。

 僕も開戦からしばらくは、戦況を日々追っていたのですが、最近は膠着状態が続いていることもあって、「この戦争、いつ終わるのだろう……」と思いつつ、以前ほどの関心は失っています。

 当事国にとっては死活問題であり、犠牲者も増え続けています。虐殺などの戦時不法行為も告発されているのです。
 日本にとっても、あらためて「国防」を考えざる契機ともなっている『ウクライナ戦争』ですが、開戦初期に比べると、ニュースなどで大きく採りあげられる機会も減ってきています。
 そんななか、この戦争を専門家として経過を見守り続けている小泉悠さんがホスト役として、この戦争について「戦争の終わらせかた」「ロシアと中国の比較」「経時的な戦況の変化について」3人の専門家と対談したものが、この本に収録されているのです。


fujipon.hatenadiary.com


 『戦争はいかに終結したか』(中公新書)の著者・千々和泰明さんとの対談のなかで、こんなやりとりがあります。

千々和泰明:ウクライナ側から見ると、ロシアによる「将来の危険」は非常に大きいわけです。特にブチャの虐殺の後では、「現在の犠牲」を避けるために武器を置いては、後でまたとんでもないことになってしまうと予想される。あるいは、停戦をすれば目先の「現在の犠牲」は回避できるかもしれないけれども、国家としての中核部分が崩されかねないため、やはり停戦はできないということだと思います。
 最近、ウクライナを支援している国々を「正義派」と「和平派」に色分けすることが流行っていますよね。ポーランドバルト三国、イギリスといった「ロシアに代償を払わせ、ウクライナが国土を取り戻すべき」と考えるのが「正義派」で、フランスとかイタリア、ドイツといった「早期に戦闘を停止し、交渉を始めるべき」と考えるのが「和平派」なんて言われるんですが、この分類には違和感を持っています。戦闘の長期化は望ましくない、だからウクライナは正義の追求を曲げて和平を追求すべきだという議論になりかねないからです。
 しかし、ウクライナは正義のためというよりも、脅かされている命や暮らしを守るために武器を取って戦わざるを得ないのであって、「正義派」か「和平派」かよりも、むしろ「将来の危険」を除去するために「現在の犠牲」を払わなければいけないのか、それとも、「現在の犠牲」を回避するために「将来の危険」と共存していかなければいけないのか、と捉えるべきではないでしょうか。現実には、そのどちらを選ぶのも厳しい中で、ウクライナは「将来の危険」が大きすぎるから抵抗を選んでいると考えるべきだと思います。


小泉悠:全くそう思いますね。日本でもこの「正義派」と「和平派」とされる論争はあるわけですよね。正義を追求して犠牲を増やしては仕方がないという議論には多く接しましたし、実際テレビ番組でもそのような問いかけがありました。私もその議論に部分的に参加しているわけですが、「和平派」の人たちは、自分たちは現実主義者であるという認識のもと、まず現に戦闘が続くと犠牲が増えてしまうのではないか、そして最終的にプーチンが核を使うかもしれない、主にその二点を強調すると思います。
 しかし、停戦しても住民の犠牲は減るわけではありません。爆弾とかロケット弾の巻き添えを食らって死ぬ人は減るかもしれませんが、例えばブチャの大虐殺ではまさに占領された後に人々が拷問されて殺され、あるいは集団で性的暴行を受ける惨事が起きたわけですし、そうした状況は何もブチャに限らないわけです。


 すぐに「停戦」して、お互いに全てを水に流して仲良くできれば理想的なのでしょうが、それが夢物語であることは大きな戦争の当事者になったことがない僕にも想像できます。
 ウクライナNATOアメリカ)軍がモスクワを陥落させるというのは非現実的ですし、アメリカをはじめとする西側諸国の支援が続くかぎり、ロシアがウクライナを完全征服するのも困難でしょう。
 ウクライナとロシアは、どこかで、この戦争を終わらせることにはなると思います。

 この戦争が終わっても、ウクライナとロシアが「隣国」であることは変わりません。
 戦争を早く終わらせたい、でも、中途半端な状態で「停戦」あるいは「休戦」しても、すぐにまた同じような侵攻が繰り返されるのではないか?
 それならばもう、徹底的に打ち負かしてしまう(あるいは、こちらが滅ぶか戦えなくなるまでやる)しかないのではないか?

 第二次世界大戦の際、連合国側は、ナチスドイツを徹底的に潰そうとし、ナチスの支配が崩壊するまで進軍を続けました。
 開戦前にヒトラーの野心を目先の欲望を満たして妥協させようとする「宥和政策」でなだめようとし、結果的に失敗してしまったことを教訓にしていたのです。

 戦争というのは、やればやるほど、お互いの国への恨みが積もっていくものではありますし、「停戦」のあとの相手が急に紳士的にふるまってくれるとは限らないのです。日本人は、太平洋戦争後のアメリカ軍の比較的穏健な占領政策の恩恵を受けたこともあり、「もっと早く降伏していれば」と思いがちなのですが、満州では、残っていた民間人たちが、ロシアの侵攻で筆舌に尽くしがたい目に遭いました。
 いきなり攻めてきたロシアが、今後は停戦の約束を守ると信じられるのか?


 ちなみに、小泉さんはロシアの核使用のリスクについて、こう述べています。

 事態がエスカレートして核使用に至る大惨事を防ぐために、即刻戦争をやめさせるべきとの議論もよくわかります。しかし、この話を敷衍していくと、核大国が核の脅しのもとに乱暴なことを始めたら、人類は一切抵抗してはいけないということになりかねない。現にプーチンは戦争が始まる前から核の脅しを繰り返していますが、実際には核を使えてないわけで、西側の核抑止が効いている事実も認めなければいけません。


 だから日本も核武装すべき、だと僕は思いませんが(思いたくない、のほうが近いかもしれません)、「核兵器の力」というものは意識せざるをえないのです。

 プーチン政権が倒されて終戦に向かう、というシナリオもあるといえばあるのですが、結局のところ、今のロシアにはプーチン大統領にとって代われるような人物はおらず、仮に誰かがクーデターを行うとしても、それができる人は「反戦派」ではないだろう、とも述べられています。

 軍事の専門家による戦況分析を読んでいると、戦況は一進一退で、ウクライナの東部・南部では膠着状態が続いています。
 西側諸国もウクライナへの援助を続けていますが、その内容を詳しく知ると、各国の事情や思惑があることがわかります。

小泉:戦車についての最大の懸念は、供与される総数が縮小していることです。(2023年)1月時点では全部合わせて「300両」超えだとされていましたが、どんどん話が小さくなってきた。オランダやフィンランドは、一度は供与を約束したものの、取りやめになりました。結局どれくらいになったのかと、この前数えていたら、80弱まで減っていましたよ。


高橋杉雄(国際安全保障研究者):そのくらいでしょうね。


小泉:しかも、量だけではなく、質も落ちてきている。レオパルド2は比較的新しい「A6」で統一するという話だったのが、ポーランドとスペインから供与されるのは「A4」で、型落ち品になっている。ウクライナからしたら、「なんか話違わない?」と。


(中略)


小泉:戦車にしても、戦闘機にしても、欧米諸国はロシアの核使用を恐れるあまり、なにかと理由をつけて供与を先延ばしにしていますよね。そろそろ個別の兵器に変な意味を持たせるのをやめたほうがいい。「核を使えば、それ相応の報復をしますよ」。欧米諸国はそれくらい強い姿勢とセットで、大規模な軍事援助をおこなっていく必要があります。そうしないと、この戦争はいつまで経っても終わらないままですよ。


 もしこの戦争でウクライナが敗れたら、世界は侵略戦争の時代に逆戻りするのではないか、と僕は危惧しています。
 逆に、ここでロシアの野望をくじくことができれば、今後の大国の軍事侵攻を抑止する実績になるのではないか、とも。

 ただ、周辺諸国、西側諸国の現実的な対応は「ウクライナが負けないようにはするけれど、ロシアが窮地に陥り、核使用に踏み切るような戦況にもしたくない」ように見えるのです。
 この戦争は膠着状態になっているというより、西側諸国が「膠着状態の継続を望んでいる」のではないか、と。

 日本で生活している僕としては「ロシアが自暴自棄になって核兵器を使うような事態にはならないでほしい」のは事実です。
 NATO側としても、ロシアの侵略には憤っていると思うのですが、ウクライナに対しては、こちら側に寄ってきてロシアを刺激しないで、「ロシアとNATOの『緩衝地帯』でいてくれればよかったのに」という感情もあるのではなかろうか。

 戦争当事国だけではなく、諸外国の思惑まで考えると、「本当にこの『ウクライナ戦争』に終わりはくるのだろうか?」と思うのです。
 たぶん、これまでの多くの戦争・紛争で、みんなが繰り返してきた問いではあるのでしょうけど。


fujipon.hatenablog.com

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