琥珀色の戯言

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【読書感想】ウクライナ戦争の200日 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

今回の戦争によって、米国一極のもとに世界が安定しているのではなく、複数の大国がそれぞれ異なる世界観を掲げて「競争的に共存する」世界に変化した――。

ロシアのウクライナ侵攻は、ポスト冷戦時代の終焉を告げる歴史的な転換点となった。
「理解できない世界秩序への反逆」の続発を予感させる今後の世紀を、複雑な世界を私たちはどう生きるのか。
戦争が日常化する今、思考停止に陥らないために。

気鋭のロシア軍事・安全保障専門家が、評論家、作家、映画監督らと「ウクライナ戦争200日」を多角的に見つめ直す待望の対談集。


 まさか、この21世紀のインターネット時代に、20世紀の遺物のような、大国間の侵略戦争が起こるわけがない──と思っていたら、本当に起こってしまった。
 2022年2月24日にロシアのウクライナへの軍事侵攻が開始されてから、もう7ヶ月以上が経ちますが、ウクライナでの戦争が終わる気配は、今(2022年9月30日)のところありません。
 戦争が始まったときには、ロシア軍とウクライナ軍との圧倒的な戦力差が伝えられ、少なくとも軍事的にはロシアの勝利で短期的に終わるのではないかと言われていましたが、アメリカをはじめとする西側諸国の援助もあり、戦況は膠着しています。
 予想外の苦戦に、ロシアでは職業軍人以外の予備役の人たちへの動員令が発せされ、さらなる長期化と規模の拡大が懸念されているのです。

 この本では、ロシアの軍事・安全保障を専門としている小泉悠さんが、ウクライナ戦争に関して、軍事の専門家や漫画家のヤマザキマリさん、映画監督の片渕須直さんなど、多彩な人々と対談し、この戦争をさまざまな角度から分析しています。

 正直、僕は疑問だったんですよ。
 圧倒的な戦力差があるはずなのに、なぜ、ロシアはウクライナを短期間で制圧できなかったのか?
 ウクライナの軍や国民がこの危機に結束して頑張ったから、アメリカをはじめとする西側諸国、NATOに加盟している国々が、ウクライナを支援しているから、というのはあるとしても、アメリカ軍やNATO軍が直接ロシア軍と戦っているわけではないのに。
 
 防衛省防衛研究所防衛政策研究室長の高橋杉雄さんとの対談では、小泉さんは、これまでの戦闘の経緯をこんなふうにまとめておられます。

小泉悠:この3カ月を見ると、ロシアは当初、攻勢側として主導権を持ってウクライナに入ってきましたが、次第にこれが失われ、戦争の完全勝利ができないことが誰の目にも明らかになったのが4月初頭。その後、ロシアは主導権を取り戻す爆、アレクサンドル・ドボルニコフを現場総司令官に任命し、思い切った態勢の立て直しをはかって東部での集中攻勢に出た。けれど、主導権を取り戻せず、徐々にウクライナが押し戻してきたのが5月諸島の状況でした。
 しかし、やはりロシア軍は侮れなかった。ロシアはハルキウ東方の北ドネツ川周辺の陣地を放棄せずに補給線を守り切り、さらにイジュームから南下していくラインと、リマンから南下していくライン、南のポパスナから北上していくラインを合わせてセベロドネツクで包囲の輪を閉じようとした。つまり、ロシアもウクライナも完全な主導権を取れなかった中で、最後の東部決戦でロシアが主導権を取り戻しつつある。
 今までのロシア軍は何だったのかと拍子抜けするほど、5月に入ってから突然、東部で普通の戦争ができるようになった。巷間言われているように、プーチンがマイクロマネジメントをしていたのではないか、そもそもプーチンの描いた戦争全体のグランドデザインが間違っていたのではないかという印象を持っています。
 ロシアは現在、東部で戦術的に優勢に立ちつつあり、ウクライナ軍の一部が包囲殲滅される危険性があります。ただ、それでロシアが戦争全体に勝てるかというと、そうは思いません。一方、ウクライナが主張してい多様に夏までにロシア軍を叩き出して年内に終戦というのも難しいと思います。それぞれが死力を尽くした結果、完全には勝負がつかなそうだということが徐々に明らかになってきている。


 これは2022年5月7日、27日に行われた対談の一部です。
 このなかに出てくる、ウクライナ東部の要衝・セベロドネツクは、2022年6月25日にロシア軍に占領されています。

 戦力差があるし、ロシアへの世界からの政治・経済的な締め出しもあり、いずれが勝つとしても、この戦争は短期で終わるのではないか、と多くの人が考えていたのですが、2022年9月末の時点では、終わりが見えない状況なのです。
 戦争開始直後のロシア軍の戦略はうまくかみ合っておらず、こんな形での大国間の大規模な戦闘は、ロシアの軍部にとっても「想定外」だったのではないか、と著者たちは指摘しています。
 ロシア軍もインターネットなどを通じた情報戦や、対テロ組織のコンパクトな軍隊運用を指向していたなかで、「20世紀の戦争」に適応するには時間がかかったようです。
 ウクライナ側は、侵略された母国や同胞を守るという立場で戦意が高く、地形をうまく利用してロシア軍を撃退していきました。
 
 戦争が長引けば、お互いの国への怨嗟は積もっていくし、膠着している状況を打破するために、ロシアが核兵器を使う可能性についても触れられています。この戦争がひとまず休戦になったとしても殺し合った両国民が急に和解できるはずもありません。


 映画監督の片渕須直さんとの対談より。

小泉:レッド・オクトーバーを追え!』とか『トップガン』のような冷戦期に作られた戦争映画って娯楽映画だから仕方ないにせよ、やっぱり戦闘の映画なんですよね。カッコイイ主人公がすごい兵器を手に、勝った負けたの世界なんですけど、それは戦争という現象のごく一部に過ぎない。
この世界の片隅に』でも描かれているように、レイテで史上最大の艦隊戦をやっている間にも人々はなんとかごはんを食べなきゃいけない訳だけど、調味料の値段がめちゃめちゃ値上がりしているみたいな話であったり、山田風太郎の『戦中派不戦日記』なんかを読むと、学生さんはみんな普通に勉強していて、数学の試験が空襲で無くなってやったー! と喜び叫ぶ様が描かれている。そうした日常が描かれて初めて、今に生きている我々が戦争を再体験できる感じがある。


片渕:勤労動員で呉工廠で働いていた中学生の日記を読んだことがあるんですが、「今日はなになにの花が咲いていた」とか季節感を克明に書いてて、そんな感じを当時も覚えてたのかと感心してたんですが、そしたら「今日は工事で戦艦大和のてっぺんに登らせてもらった、高かった!」ということも書いてある(笑)。同一次元のこととして、その感じが生々しいというか、大和の存在感をあらためて感じてしまったり。


小泉:しかも中学生が戦艦を「大和」であると認識していたわけですね。


 ロシアが日本に攻めてくるという設定の小説『小隊』が話題になっている作家の砂川文次さんは元自衛官で、対戦車ヘリコプターのパイロットだったそうです。

砂川:もう一つ、自衛隊のリアルを挙げるなら、第一線の部隊の人間って、国際情勢とか、あんまり難しいことは考えていないんですよ。ロシアがどうだとか、北朝鮮がどうだとかは興味がない。私も「次の休みは何するかな」ってことが、隊員生活において一番重要でした。


 「戦争」とか「戦場」というのは、特異な状況だと思われがちですし、実際にそうではあるのですが、現場にいる人間たちにとっては、「これまでの日常」と地続きでもあるのです。

 ウクライナの人々も、実際に戦争が始まるまでは、「まさかこの時代にロシアが侵略してくるとは思わなかった」でしょうし、ウクライナで家族と普通の日常を送っていたはずの人たちが、この戦争では武器を手に取って戦っているのです。


 ヤマザキマリさんとの対談では、新型コロナウイルスパンデミックからウクライナ戦争への流れに、スペイン風邪の大流行からナチスの台頭、第二次世界大戦への歴史を思い返してしまう、という話も出てきます。
 歴史は繰り返す、とはいうけれど、繰り返して欲しくない歴史、というのもあるのです。


 2022年6月の終わりの高橋杉雄さんとの二度目の対談では、現代の戦争でのドローンの役割などの興味深い話とともに(ドローンは「人工的に『高地」をつくり出せる(高地を占領しなくても戦場を俯瞰し、情報を得ることができる)、今後の戦争の行方が予測されています。

高橋:ここまでお話ししてきたように、物量においてはロシア軍が勝るものの、ウクライナ軍は巧妙な作戦指揮をとることで、なんとか互角の戦いを続けることに成功しています。今後はこの状態が続くことが予想されますね。


小泉:どちらかが決定的に勝つ未来が想像できませんよね。
 兵の数で言えば現在、ウクライナがロシアを上回っている可能性が高い。つい先日、ウクライナの国防次官が「100万人を動員している」と発言していました。正規軍が20万、治安部隊や国境警備隊が10万に加えて、国民に総動員をかけていますから、それくらいの数字になってもおかしくはない。対してロシア軍の侵攻兵力は30万と言われていますから、圧倒的な差があります。ロシア軍にとっては簡単な戦いではありません。


(中略)


高橋:ロシアは火力があるぶん、総動員をかければ勝てるはずですが、総動員はある種「抜かずの宝刀」みたいになっている。もし抜くようなことになれば、確実な成果を出さないといけないからです。総動員によって市民生活に多大な犠牲を強いてから「ドンバス地方しか取れませんでした」では、国民の理解を得られるはずがありません。


小泉:第二次世界大戦では、ソ連が総動員をかけて勝利したので、一種の建国神話になってしまっている。次に総動員をかけるとしたら、あれくらいの勝利に匹敵する勝ち方をしないと正当化できないですね。


高橋:だから、伝家の宝刀もなかなか抜けない。これからもロシア軍は「俺たちはまだ本気を出していない」「いつでも総動員をかけられるんだ」という姿勢を見せつつ、今ある兵力で戦い続けることになるでしょう。


 2022年9月の終わりに、ロシアのプーチン大統領は、職業軍人だけでなく、有事に招集される(いわゆる「予備役」に就いている)人々を部分的に動員すると表明しました。
 「総動員」ではありませんが、こうして市民生活に及ぼす影響が大きくなればなるほど、後には引けない状況になっていくのは間違いないでしょう。
「ここまで犠牲を払ったのだから、中途半端な戦果では納得できない」となれば、これまで強固な基盤を誇ってきたプーチン大統領でも、うまくいかなかった場合には国民の大きな失望にさらされることになります。
 ウクライナを支援している西側諸国も、「ウクライナにロシアを撃退してもらいたいけれど、ウクライナがロシア領内に攻めこむことまでは望んでいない」のです。
 長引けば長引くほど、終戦への道のりが見えなくなっていくような気がしますが、もう、お互いに引くに引けないところまで来てしまってもいるのです。

 ウクライナで戦争が続いていることに、なんとなく「慣れてしまっていた」のですが、ロシアは海を挟んだ日本の隣国であり、この戦争には核兵器使用の危険も十分にあります。

 このウクライナ戦争で、「やはり20世紀のような軍事的な侵略は割に合わない」と世界が納得してくれれば良いのですが、それはあまりにも希望的観測に過ぎないのかな、と考え込まずにはいられません。


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