琥珀色の戯言

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【読書感想】世界史を変えたスパイたち ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

スパイオタクな池上さんが初めて解説。
ロシアウクライナ戦争、米中対立にもつながる現代史の裏側とは?

東西冷戦が終わった時、「これでスパイ小説の書き手は失職する」と言われました。
ところが、米中対立やロシアのウクライナ軍事侵攻をきっかけに「新しい冷戦」という言葉が生まれます。
東西冷戦が終わってもスパイの存在はなくなりません。
むしろITやAIを駆使することで、情報をめぐる争いは一層激しくなっています。

・ロシアがハイブリッド戦を駆使できなかったわけ
・ロシアで神格化するスパイゾルゲの存在
・イランの核施設を破壊する驚くべきサイバースパイ
・スパイランキング上位 北朝鮮のスパイ事情
・日本のインテリジェンス能力はいかほどか


 ソビエト連邦が崩壊し、米ソの冷戦が終わった時代には、たしかに「もうスパイが活躍する舞台は無くなってしまったな」と思ったものです。
 スパイ映画の敵役もテロリストやナチスの残党、サイバー犯罪者が増えて、「国家レベルの陰謀をスパイが超人的な能力で解決する」話は少なくなりました。
 僕のスパイのイメージといえば、スパイ・ゾルゲとか、ジェームズ・ボンドのような、あらゆる手段を使って敵中に入りこみ、諜報・破壊活動を行うイケメンや美女、なんですよね。
 アニメも大人気の『SPY×FAMILY』のコードネーム「黄昏(たそがれ)」のような存在、というのが、今はいちばんわかりやすいかもしれません。
 第2次世界大戦から冷戦時代と、その後のインターネット時代では、情報の入手方法や解析手段は大きく変わっているのです。

 2022年2月にロシアがウクライナを攻撃し、ウクライナ戦争がはじまったのですが、アメリカのバイデン大統領は、攻撃がはじまる前に「ロシアがウクライナに軍事侵攻しようとしている」という声明を出しました。
 僕は、いや、世界の多くの人々は、「この2020年代に、ロシアのような大国が、世界中からの反発が明らかな侵略戦争をやるとは思っていなかった」のです。そんな、割に合わない戦争をやるはずがない、と。バイデン大統領も、ロシアを牽制するために言っているんだろうな、と思い込んでいたのです。


 池上さんは、このバイデン大統領の発言には根拠があったことを示しています。

 東西冷戦が終わっても、アメリカはロシアを常時観測しています。核大国に異常な行動が見られないか、常にチェックしているのです。その結果、軍事演習をしていたはずのロシアの行動に”異常”を発見したというわけです。それは、何か。軍事演習をしていた部隊の横に設置された、多数の野戦病院です。もちろん通常の軍事演習でも負傷者が出ますから野戦病院は設置されますが、この時は規模が違いました。また、輸血用の血液を運搬する自動車も観察されました。ロシア軍が、本格的な戦闘を準備していることが、これでわかります。ロシア軍が遂に行動を開始した。宇宙からでも、この程度はわかるのです。
 さらにロシア軍がウクライナ国境沿いに展開を始めたことを受けて、アメリカ軍は2021年12月からウクライナ上空にRC135電子情報偵察機を飛行させていました。これは、地上の無線交信を傍受する能力を持っています。ロシア国内のウクライナ国境近くにいるロシア軍の司令部が交信している無線を傍受していたのです。ロシア軍が軍事行動に出る場合、当然のことながら無線交信が活発になります。これだけでも「軍事行動が始まる」と予測できます。さらにロシア軍の無線の交信は暗号が使われているはずですが、これも解読できていた可能性があります。
 また、ロシア軍内部にいる、アメリカが養成したスパイが送ってきた情報もあるでしょう。こうした複数の情報源から、アメリカはロシア軍の行動を読み切っていたのです。


 スパイが直接ロシアの要人から情報を入手した、というようなプロセスではなく、さまざまな状況証拠を積み重ねて、アメリカはロシアのウクライナ侵攻を確信していたのです。
 ロシアも監視されていることは承知していて、軍隊のあからさまな「臨戦態勢」は見せないようにしていたと思われるのですが、野戦病院の数や輸血の準備など、ロジスティクス兵站)の変化は避けられませんでした。


 第2次世界大戦後、東西両陣営による「諜報・謀略合戦」が続きました。
 アメリカは「共産主義の拡大を防ぐ」ために、ソ連は「共産主義陣営の勢力を伸ばす」ために、核兵器の使用を除いては、あらゆる手段を使ってきたのです。
 アメリカでは、共産主義の国を誕生させないために、CIAが他国の有力者にクーデターをそそのかしたり、ベトナムのように直接軍事介入したりして、その国の民衆にもアメリカの国民にも多数の犠牲を出しています。
 ソ連アフガニスタンへの侵攻や各国の共産主義者への支援を行ってきました。

 僕は日本で生きてきた人間として、物心ついた時からずっと「同盟国」であるアメリカの立場や主張に肩入れしてしまいがちなのですが、この本で、アメリカとその諜報機関(CIA)などが他国に介入してきた歴史を読むと、どちらの陣営も、勝つためには手段を選ばなかったことが伝わってきます。
 彼らが自陣営の都合で介入し、収拾がつかないまま撤退したことで、カンボジアでのポル・ポト政権の大虐殺のような歴史的な惨劇が起こった例もあるのです。

 アメリカが正しいから勝った、というよりは、アメリカが(今のところは)勝っているから、日本にとっては「仲間」だから、正しいということになっているだけなのかもしれません。
 イラク戦争で、「結局、大量破壊兵器がなかったこと」については、アメリカではその後、検証・批判する声が上がっているのですが、日本では、ほとんど「スルー」されていますし。

 しかし、実際にはフセイン大量破壊兵器を持っていませんでした。フセインが国連の査察を拒否したのは、「大量破壊兵器を持っていることが露見することを恐れた」のではなく、「大量破壊兵器を持っていないことで、周辺国からなめられないよう、いつでも持てるようなふりをしていた」からだったことが後になってわかったのです。
 では、なぜ「イラク大量破壊兵器を持っている」とアメリカは判断したのでしょうか。ここにもCIAがかかわっています。
 アメリカは2002年に作成した「国家情報見積もり(NIE)で、イラク大量破壊兵器それも生物兵器保有していると断定しました。その情報源は「カーブボール」というコードネームで呼ばれているイラク人でした。カーブボールは2000年にドイツに亡命し、ドイツ連邦情報局(BND)に、「フセイン政権が生物兵器を積んだトラックを保有している」と話します。BNDはこの証言を疑いますが、CIAから「イラク大量破壊兵器を持っている証拠を見つけたら知らせてほしい」と要請を受けていたので「証言には信用できない面もあるので要注意」という条件をつけて、身柄をCIAに渡します。
 CIAの医師がその直後に「カーブボールは、アルコール依存症ではないか」と診断するなど、その証言の信憑性に疑問符を付けましたが、カーブボールはイラク生物兵器工場内部の詳細なスケッチを描くなど認め、CIAはカーブボールの新情報に基づき、「イラク生物兵器の脅威評価を上方修正」しました。つまり証言を重視したのです。そして2001年9月11日に同時多発テロが起きると、CIAはさらにカーブボール証言にしがみつき、「イラク生物兵器製造能力を獲得している」と判断するようになります。その後ドイツやイギリスは「カーブボールの証言に問題あり」と指摘するのですが、CIAは聞く耳を持ちません。
 さらには「イラクニジェールでウランを購入した証拠がある」という情報を、イギリスのMI6(秘密情報部)がCIAに渡します。現地調査では「証拠がない」と判断されたにもかかわらず、これがなぜか事実であるかのように伝わってしまいます。
 2003年に入ると、ブッシュ大統領パウエル国務長官が揃って「イラクにはアフリカから手に入れた大量のウラニウムがある」「イラクアルカイダの間にはつながりがある恐れがある」とイラク非難を展開するようになり、そのまま2003年3月にイラク侵攻へ突入したのです。
 確かにこれまでにもフセインが国際社会に嘘の主張をしたことはありました。しかし、今回もそうだとは限らない。徹底した情報収集と客観的な分析によって真偽を明らかにし、政治に助言するのがインテリジェンス機関の第一の仕事です。しかしCIAは情報収集も分析も怠り、政治の意向に迎合するという最もやってはいけないことをしてしまったのです。

「政治」が正しい判断をするため、「政治家の思惑」に流されないために「インテリジェンス(情報の収集と分析)」があるはずなのに、政府や政治家がやりたいことを「忖度」して、情報を都合よく解釈してしまう。
 いくらインターネットやAIで情報収集・解析能力が向上しても、それが自国の国民を、そして世界を幸福にするために利用されるとは限らないのです。

 現在でも「人間のスパイによる諜報活動」は行われており、「ハニートラップ」に引っかかってしまった外交官もいるのですが、ネットを使った情報収集、あるいは、相手国の世論を変えたり、自国に都合の悪い候補が選挙で落選したりするような「情報操作」が主流になってきています。

 それと同時に、諜報・分析活動は、職業的スパイだけが行うものではなくなっているのです。

「べリングキャット」は、ジャーナリストや諜報・情報の専門家ではなく、民間人や市民団体が主体となり、政府発表などに加え、TwitterYouTubeにユーザーが上げている画像や映像など、ネット上で調べられる膨大な情報を突き合わせて、真実に迫るという手法を取っている調査集団です。彼らを一躍有名にしたのは、2014年にマレーシア航空機がウクライナで撃墜された事件の真相を突き止めたことです。これはウクライナ東部にいたロシア系武装勢力がロシア軍のミサイルを使って撃墜したことを暴露したのです。
 彼らはあくまでもオープンソース、つまり公開情報を用いて事実を突き止める手法を取っています。こうした手法はオシントと呼ばれています。
 オシントは「スパイが時に非合法な手段も使って入手した機密情報」などではなく、あらゆるメディアに掲載され、多くの人が入手できる情報を精査することで得られるインテリジェンスであり、その意味ではかなり古くからある手法です。しかしそこにインターネットが加わったことで、得られる情報は爆発的に増えました。しかも、情報発信者もメディアに限りません。一般市民がいつでもどこでも、誰でも、どんな情報をも発信できるようになったという大きな変化がありました。

 『2ちゃんねる(5ちゃんねる)』の「特定班」の集合知(と言っていいのかはわかりませんが)の凄さを思うと、ひとりひとりの知識の幅には限界があっても、多くの人が自分の専門知識や経験をつなぎ合わせることで、強力な情報解析能力を持つことができる時代なのです。
 本人にはその自覚がないまま、「諜報活動の一部」を担わされている、という場合もあります。


 スパイ小説が大好きで、自ら「スパイおたく」だと公言している池上彰さんの著書なのですが、いつもの「わかりやすさ、シンプルさ」よりも、かなり濃密に「国家は、自国の利益のために、どんな諜報活動をしてきたのか」が紹介されている本です。
 「何を信じたら良いのだろう……」と考えこんでしまいますし、みんなが情報操作に流されているなかで、「正気」でいることは、かえって危険なだけではないか、という絶望感もあるのですが。


fujipon.hatenablog.com

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