琥珀色の戯言

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【映画感想】沈黙の艦隊 ☆☆☆☆

あらすじ
日本の近海で、海上自衛隊の潜水艦が、アメリカの原潜に衝突して、沈没した。艦長の海江田四郎を含む全乗員 76 名が死亡したとの報道に、日本中に衝撃が走る。だが実は、乗員は無事生存していた。彼らは、日米が極秘に作った高性能原子力潜水艦の乗員に選ばれており、事故は彼らを日本初の原潜シーバットに乗務させるための偽装工作だったのだ……!

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2023年映画館での鑑賞18作目。 平日の夕方からの回で、観客は僕も含めて20人くらいでした。


お、王騎将軍が潜水艦に乗っているっ!

……というのがこの映画の予告編を観たときの率直な印象でした。
映画『キングダム』の王騎将軍は、大沢たかおさんの名演と怪演がブレンドされた当たり役なのですが、この『沈黙の艦隊』の海江田四郎役の大沢さんも、「何を考えているのかよくわからないが、とにかくすごいカリスマ性」が伝わってきます。

正直、僕にとっては王騎将軍のイメージが強くなりすぎてしまって、海江田四郎が王騎に寄りすぎてしまっているのではないか?とも思ったのですが。

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沈黙の艦隊』は、かわぐちかいじ先生が1988年から96年まで週刊『モーニング』(講談社)で連載していた作品です。当時の僕自身は、「なんか右翼のプロパガンダっぽい漫画だ」という先入観にとらわれていて、これまできちんと読んだことはありませんでした。海上自衛隊員が「反乱」して、核兵器を積んだ原子力潜水艦で「独立国家」となることを宣言するなんて、あまりにも荒唐無稽にも感じられて。

そういえば、1990年代、僕の10代後半から20代くらいは、戦後の「平和教育」や日本の「自虐史観と呼ばれるもの」への反発がみられるようになった時代でもありました。

僕自身は、1970年代のはじめに生まれて、幼少期に広島で「平和教育」や「核兵器の恐ろしさ」を繰り返し教えられてきたので、「日本がしてきた戦争」や「日本がこれから戦争をすること」を「反省や嫌悪のスタンス」以外で語ることさえ禁忌だと思っていたのです。

この『沈黙の艦隊』に関しては、原作はものすごく話題になったので「ちゃんとマンガを読んではいないが、どんな話かというのは断片的な又聞きの知識として持っている」程度で、鑑賞しました。

小林よしのり先生の『戦争論』も、大きな話題になったよなあ、と思い出して調べてみたのですが、『戦争論(1)』は1998年に上梓されていて、この『沈黙の艦隊』の連載完結後だったんですね。
こういうことを語ってもいいんだ、そして、エンターテインメント作品として「商売」にもなるんだ、というのを証明してみせたという点でも、『沈黙の艦隊』が後世に与えた影響は大きいのではないかと思います。

もちろん、それまでに、1970年代から80年代にも第二次世界大戦の”if"を描いた「架空戦記もの」はたくさん出ていましたし、『銀河英雄伝説』や『機動戦士ガンダム』も大ヒットしていたわけですが。


前置き長すぎ、なのだけれど、現在、2023年に映像化された『沈黙の艦隊』を観ると、「日本が核保有なんて!」と嫌悪感を抱いていた時代のことが懐かしくさえ思えるのです。

この30年間、人類は何をやってきたのだろう、とも。

人類を何十回も絶滅させられる核兵器は地球上に存在し続けていて、それは「脅威」であり、たぶん「抑止力」にもなっている。
もし北朝鮮核兵器保有していなければ、日本(アメリカ)にとって状況はもっと単純なものになったでしょうし(もちろん、北朝鮮と中国の密接な関係はあるとしても)、ウクライナ核兵器を持っていれば、ウクライナ戦争は起こらなかったかもしれません。あるいは、ロシアに核がなければ、西側諸国はロシアにもっと強い圧力をかけていたのではないか。

冷戦後、核兵器は無くなったわけではなく、小型化で威力を限定して使えたり、移動しやすくなったりしています。
むしろ、人類のほうが「核兵器がある世界」に慣れて、「どうせ実際には使わないんだろう、そうだよね?」とたかをくくっているだけなのです。
この映画をみていると、本当にそれが使われるかもしれない、という状況下では、たしかに核兵器は自分の身を守るための「盾」になりうると考えずにはいられません。
でも、どちらかが理性を失ってしまえば、収拾がつかない事態に陥ることも間違いなさそうです。


ああ、映画の話だった。

この映画『沈黙の艦隊』、事前にネタバレにならない程度にチェックしたネットレビューでは、あまり評価が高いとはいえず、原作マンガをダイジェスト版にして、2時間にまとめた総集編映画みたいな感じなのかな、と予想していました。
実際に観た感想としては、「潜水艦とその乗員たちに見えている世界とその緊迫感」が丁寧に描かれていて、「潜水艦どうし、あるいは潜水艦と艦隊との闘い」にも時間と手間がきちんとかけられていました。
「人間ドラマ」に寄せずに、「潜水艦と海」が主役になっていたのです。
もうそれだけで、潜水艦映画好きの僕はワクワクしっぱなし。
やっぱり、Amazon Studioはお金持ってるんだなあ、と感心してしまうくらいに。
先日観た『デッド・レコニング』も、「もう潜水艦の話は終わりなのか……」と思ったものなあ。

飛行機に乗っていると、ふいにものすごく不安になるのです。
ああ、いまこの飛行機の外に出たら、確実に死ぬしかないな、って。
でも、そういうシチュエーションに、ゾクゾクしてしまう自分もいる。
潜水艦の乗員たちは、ずっと「そういう世界」で正気を保っているわけで、中で自由に映画を観られるわけでも、睡眠薬を飲んで眠っていられるわけでもない。

この映画の冒頭で、潜水艦の事故の際の海江田艦長のある判断が描かれるのです。
それに対して、当時、海江田の部下だった深町(その後、潜水艦『たつなみ』艦長)は納得できず、海江田の能力は認めつつも反発するのですが、少なくともこの映画で描かれている範囲では、「海猿とかTOKYO MERならともかく、海上自衛隊の艦長として、海江田の判断は当然というか、こういう、個人としてはつらいが全体にとって必要な判断をするのが艦長の役割だろう」としか思えなかったのです。
「戦争って、そういうものじゃないの?」って。

30年前の僕だったら、どう感じたのだろうか。
おそらくですが、30年前の『沈黙の艦隊』の読者は、もっと深町側に感情移入していたのではなかろうか。
だからこそ、当時、この『沈黙の艦隊』にはインパクトがあった。

この30年間を振り返ってみると、日本にその意思がなかった、というのが大きいとはいえ、アメリカも、日本は同盟国ではあるけれど、そう簡単に手の内は見せないし、核兵器に関する決定権も渡さない、と考えているように思われます。
ウクライナ戦争でも、「世界秩序を揺るがす侵略戦争」だと声高にアピールしている一方で、ロシアの核への警戒もあり、「ウクライナが負けない程度の支援」を続けているのです。

この映画『沈黙の艦隊』、あれだけの巻数の作品を2時間で「まとめる」のはムリだろうな、と予想していましたし、もしそれをやったら、超ダイジェスト版のつまんない映画になるだろうな、と予想していました。

観終えての率直な感想としては「ここで終わりか……なんか海江田以外の登場人物があたふたしているだけで、謎解き部分が一切書かれていないミステリみたいな映画だ……」というものと、「潜水艦の世界が丁寧に描かれていて、それを観るだけで2時間けっこう楽しかったし、壮大な『序章』ではあった」というのが入り混じっています。

「こんな終わり方は不誠実」なのか、「誠実に描こうとしたからこそ、ここまでしか語れなかった」のか。

続編前提、あるいは、Amazonスタジオの製作なので、「続きはprimevideoのドラマシリーズで!」という展開になるのかもしれません。
というか、さすがにこれで終わらないよね。30年越しに原作を読んでみようかな。


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