琥珀色の戯言

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【読書感想】宇宙ベンチャーの時代~経営の視点で読む宇宙開発 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

◎ 内容紹介
宇宙開発の分野はこれまで政府が主導していたが、今、民間企業がイニシアティブをとった「ビジネス」として急速に生まれ変わりつつある。そして、「宇宙ベンチャー」と呼べる民間ベンチャー企業がこの流れを加速させている。転機となったのは2021年。アメリカの起業家イーロン・マスク氏が創設したスペースXなど複数社が宇宙旅行を成功させたことで、この年は「民間宇宙ベンチャー元年」と称される。日本でも、スタートアップや宇宙系以外の大手企業が続々と参入している。
なぜ、民間宇宙産業が活況を呈しているのか。ベンチャー・キャピタリストとJAXAのエンジニアが「宇宙ビジネスの展望」を綴る。


 2023年4月12日に「月への物資輸送サービスをはじめとした月面開発事業」を行なっている『ispace』という会社が東証グロースに上場しました。
 公募価格は254円で、1単元(100株)でも2万5400円。赤字ではあったものの、このくらいの金額であれば、仮にゼロになっても「宇宙への夢への参加料」でもいいか、まあ、宝くじみたいなものだな、と思いつつ新規公開株の募集に応募したのです。
 結局、全く当たらず、まだ事業で大きな収益をあげているわけでもないのに、初値は公募価格の約4倍の1000円まで上がったのです。
 その後も、ロケット打ち上げの失敗などがあったものの、株価は2023年10月6日の終値で1298円となっています(その後、ロックアップ(上場前からの株主が一定期間持ち株を売ることができない取り決め)が解除された影響か、株価は急落しています)。

 宇宙開発は、リスクやコストがかかる割には、儲かるようなものではない、とはいえ、人類の将来にとっては(たぶん)必要なものだから、公共事業としてやるものだ、と僕は思っていました。
 ispaceの上場に関しても、赤字でまだ黒字化のメドも立たないのに、みんな「ロマン投資」がけっこう好きなんだな、と感心していたのです。

 この新書を読んで、「宇宙ビジネス」の現在地を知りました。
 ああ、僕は『ガンダム脳』なんだよな、三つ子の魂百まで。
 宇宙開発は、すでに「黒字化できるビジネス」になりつつあるのです。
 そして、「国家事業」から「民間宇宙ベンチャー」へ、その主軸が移ってきているのです。

 従来のNASAの月面開発プロジェクトであれば、NASAがロケットを開発し、NASAが打ち上げ、NASAが着陸してサンプルを採取する、という形で行われたはずです。しかし、民間宇宙ベンチャーが多数輩出している現状は、役割分担が全く変わってきています。
 宇宙ベンチャー企業がロケットを開発し、宇宙ベンチャー企業が打ち上げ、宇宙ベンチャー企業が着陸してサンプルを採取し、NASAは分析データやサンプルを提供してもらったことに対して対価を払う、という「サービスの購入者の立場」に移行したのです。CLPS(商業月面輸送サービス)には、世界中から14社が応札資格を与えられ、「セリ」にあたる「入札」を通じて14社の中から落札業者が選定されます。
 これは、日本の建設業などで行われる「指名競争入札」に近い業者選定システムです。


 アメリカでは2011年にスペースシャトルが退役しており、2020年にイーロン・マスクさんの『スペースX』の『クルードラゴン』が登場するまで、ロシアの『ソユーズ』が、ISS国際宇宙ステーション)への有人飛行の唯一の手段となっていました。
 アメリカでは、もう10年以上前から、「宇宙開発を民間事業として育成していく」という道筋ができていたのです。
 国家事業としてはお金がかかり、「月面着陸」のようなわかりやすい成果は得難いので予算も確保しにくく、人的リスクが高すぎることもあり、民間の活力と競争意識を利用していこう、ということだったのでしょう。

「はじめに」の「衛星の監視データから誰も知らない情報を得た投資ファンドが……」という話は、有名な宇宙ベンチャー、オービタル・インサイト社(米国)の事例です。人工衛星が地上を撮影した画像を見ると、いろいろなことが分かります。農作物の生育状況から土砂崩れなどの災害の状況、また、「第四章 4・8 安全保障ビジネス」のところでご紹介するように、ウクライナ戦争におけるロシア軍の進軍状況なども把握することができます。
 そうしたなかで、2013年に設立されたオービタル・インサイト社は、自社では衛星を打ち上げずに、他社の衛星が撮影した様々な画像を解析して、誰も知りえなかった情報を抽出しました。はじめ同社は、ショッピング・モールの駐車台数から、来店客数を推計したりしていました。「駐車台数のデータなんて、何に使うんだ?」とお思いかもしれませんが、これが株式市場で巨額のマネーを運用する投資ファンドにとってはまさに「お宝情報」なのです。
 ご存じのように、株式市場に上場している会社の株は、業績がよいと上がり、悪いと下がります。ショッピング・モールを運営する企業は、毎月月次売上を発表し、この情報によって株価が反応するわけですが、もし会社側の発表前に月次売上を推定できたらどうでしょう。会社発表に先回りして株を買っておけば……ちょっと想像しただけでも、かなり儲けられそうな話に聞こえませんか。同社はさらに、各国の石油貯蔵タンクを撮影し、その情報をやはり投資ファンドなどに売っているようです。
 農作物の生育状況なども衛星画像によって把握することができますが、そのデータを農家に売るのではなく、投資ファンドに売却したところが同社の頭のいいところです。同じデータでも、最も多くカネを払ってくれる先に売却することで、ビジネスとしては全く異なるものになります。投資ファンドなどの金融プレイヤーは、情報をリアルタイムで知ることができるため、大枚をはたいてでも入手したいと考えるわけです。
 主導権が民間に移ることによって、宇宙開発においても、最も高く情報を買ってくれる客先に合わせてビジネスを組み立てるような、マーケティングの知恵が活用されます。このようにして、宇宙ビジネスはだんだんと儲かるビジネスに変化していっているのです。


 このほかにもレアメタルなどの希少鉱物資源を有する小惑星からの採掘や、小惑星ごと地球に持ってくる計画などもあるそうです。

 なるほど、これなら「ビジネス」として成り立ちそうというか、「宇宙から得られる情報が、お金になる」ことがわかります。
 その一方で、「情報格差」は各国、各人でどんどん広がっていきそうですし、宇宙から得た情報で株式市場で大儲け、なんていうのは、極めて現実的なだけに「なんか夢がないなあ」とも感じます。戦争でも、極秘の陽動作戦というのは、宇宙からの監視も意識しなければなりません。
 ウクライナ戦争の開戦時に、ロシア軍のトイレや医療施設などのインフラを宇宙からの情報で確認して「これは演習ではなく、実戦を想定している」ということがわかった、という話もどこかで読みました。部隊の規模や配置は情報を遮断できても、トイレや病院までは隠せない。

 我が国の宇宙開発事業は、世界からリスペクトされています。しかも、我が国は、宇宙産業が立地する上で競争優位となる条件を多数備えています。
 技術的な蓄積が十分であることに加えて、わが国は、ロケットの打ち上げにとって大変有利な立地です。地球の自転を利用できる東から、極軌道への打ち上げができる南にかけて広く海が開けており、落下リスクを考慮しても安全にロケットを打ち上げられるためです。欧州の内陸国では、打ち上げ技術を持っていても立地に恵まれずに射場を確保できない国があるため、我が国がロケット・ビジネスを産業の柱に育てない手はないでしょう。
 また、資本の蓄積も十分です。世界有数の株式市場を有していますし、エンジェルや機関投資家の層も厚く存在します。日本企業には、素晴らしい経営ノウハウの蓄積があり、優秀な経営者も多数存在しています。

 「宇宙ビジネス」は、投資額が大きく、失敗するリスクも高いビジネスではあります。
 その一方で、「当たればデカい」のも事実です。
 あのイーロン・マスクの『スペースX』も、有人飛行の成功までには何度も失敗をしていますし、これからも挑戦を続けていくことにもなるのでしょう。
 宇宙開発は、「トライ&エラーを織り込んだ事業」であり、前述のispace社も、上場のタイミングでロケットを打ち上げましたが、うまくいかず、「これで株価も暴落か」と思いきや、そうはなりませんでした。

 お金が稼げると、そこに人やモノ、知恵が集まるわけで、停滞している印象だった宇宙開発は、「新しいビジネスモデル」として世界であらためて注目されていることがわかりました。

 冷戦時代のアメリカとソ連の宇宙開発競争は、もう過去の歴史年表の話なのだなあ、と思い知らされましたし、『機動戦士ガンダム』のように「スペースコロニーに移住」するには、まだまだ時間がかかりそうではあります。
 僕が子どもの頃に想像していた未来では、2023年くらいになったら、夏休みに気軽に宇宙旅行ができるはずだったのに。


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