琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】還暦不行届 ☆☆☆☆

今回は前作と違って文章です!
大反響、早くも大増刷!!!
お待たせしました!『監督不行届』のその後!
還暦を迎えた鬼才監督 夫・庵野秀明
日本一のオタ夫婦の
おかしくも愛おしいディープな日常を今回は文章版エッセイでお届け!!!!

庵野秀明監督と結婚後、新婚生活を描いた『監督不行届』。
本書は、『監督不行届』のその後をつづった文章版エッセイです。
文章版エッセイの合間に、 庵野監督を描いたひとコマ漫画、
webエヴァストアで連載していた1ページ漫画を掲載。
庵野監督へのインタビューも収録。


 庵野秀明さんとの結婚生活を描いた、安野モヨコさんの『監督不行届』が上梓されたのは、2005年の2月でした。

fujipon.hatenadiary.com

 けっこう前に読んだ記憶があるけど、もう18年以上も経っているのか……と僕も驚きました。
 ちなみに、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の第1作『序』が公開されたのは2007年9月1日です。
 『監督不行届』と、この『還暦不行届』のあいだに、『エヴァンゲリヲン新劇場版』の4作や『シン・ゴジラ』(2016年)がつくられていたのだなあ。

 クリエイターやクリエイターと演者との結婚生活というのは、長く続けるのは難しい、というイメージがあるなかで、傍目には、趣味嗜好が似ているとは思えないこのおふたりが、ここまで結婚生活を続け、読んだ印象では、18年前よりもずっと穏やかな信頼関係を築いているのです。

 この18年間には、安野さんも庵野監督も、精神的な不調に陥る時期があり、安野さんはマンガを描けない時期もあったそうです(前作がマンガ中心だったのが、今回は文章メインになっているのは、そういった事情もあるのだと思います)。

 NHKで放送された『シン・ヱヴァンゲリヲン』や『シン・仮面ライダー』の製作ドキュメンタリー番組を僕も観たのですが、庵野監督の細部へのこだわりと妥協の無さは、クリエイターとしては重要な特性ではあるけれど、一緒に生活していたら、かなり、めんどくさそうだなあ、と僕は思っていました。

 でも、昔と比べたらすごくいろいろやってくれるようになったよね。
 昔はくつ下も服もそこらへんにぬぎすててたし、家事はもちろん日用品の補充みたいなことも一切やらない妖精みたいだったよ。
 ごはんも自分がスキなものだと全部一人で食べちゃって、片付けもしないで先に寝てたのがうそみたい。

 よく結婚しようと思ったな、よく18年も続いたな、というエピソードもたくさんあるのです。


 家事はあまりやらないし、偏食で魚(魚卵)と肉は食べない。長く一緒に生活をしていると、食生活というのはけっこうストレスの原因になりやすいのですが、安野さんはその好みを尊重しつつ、少しずつ健康維持のための食事改革にも取り組んでおられます。
 ある意味、「能力が偏っていて、突出した才能を持つ分野以外は、日常生活も生きていく最低限のことしかできない、本人はそれが気にならないし、改善の意欲もない」という天才と、その人をサポートすることに喜びを見いだしてしまったパートナーとの「共依存」みたいなものなのかもしれません。
 安野モヨコさんは「これは私にしかできない!」ということに、立ち向かうのが生きがい、みたいなところもありそうです。

 というふうに言うと、庵野監督が一方的に愛情を搾取しているみたいですが、安野さんの創作活動や精神的不調に対して、庵野監督も(作品に口出ししない、というところも含めて)可能かつ押し売りにならないようなサポートをしているんですよね。


 安野さんは、MHKの『プロフェッショナル』で放映された、庵野監督の密着取材について、自分自身も取材された経験もふまえて、こんなふうに仰っています。

 カメラがあると最初こそ意識して余計なことを言わないように気をつけているがそのうち慣れる。
 カメラマンさんもディレクターさんもこちらが何かを言ったりやったりする時笑ったり「へえ、そういうこと言うんだ」みたいな反応を一切見せないのでその存在を感知できなくなっていくのだ。

 私などはカメラの存在をすぐに忘れていつものように雑な行動をして言わなくていいことを言ってるのも全て撮影されていた。

 一方で心情を吐露するような部分もドキュメントなんだから、こういうシーン必要でしょ、って思ってやっているところがあった。
 そのために自分にとって不利益であろうと差し出してしまう。
自覚しているのだがなかなか直せない私の弱点の一つだ。

 なので監督が警戒姿勢で現れ、好きなように振る舞いつつも
 NHKのカメラの前でほとんど心を開かないままに終わったのを見てひっくり返ってしまった。
 なんだこれー!

 なんという鉄壁の守り。
 4年半も取材に来てくれたスタッフさんならもう少し打ち解けてもいいんじゃないの。
 と、思った程に何も話していなくて驚いた。
 正直ちょっと申し訳なくも思ってしまった。
 いや、思う必要はないんだけど。
 それは私のスタンスであって監督はそうではないのだから。
 
 解禁できない情報があったり、自分1人の仕事じゃない分もし何かを漏らしてしまうと大変だという状況というのも少しあったかもしれないが
 どんな時でも監督はブレずに自分のスタンスを守る。

 それでその場の空気が悪くなろうと、番組を見た人がどう思おうと
 要求されても言いたくないことは言わないし、やりたくないことはやらない。


 いやほんと、「どんな時でもブレずに自分のスタンスを守る」って、難しいんですよ。
 僕なんか、「テレビのインタビューとかされても、絶対にお断りだからな」と思っていたのに、息子と花火大会に行ったときにマイクを向けられた際には、「緊張しながら真面目にコメントしている自分」に驚いてしまいました。

 有名なドキュメンタリー作家も「カメラが入ることで、取材対象者の行動も影響を受けずにはいられない」と言っていたのです。

 あの番組で庵野監督は「気難しい人」のように見えました。
 カメラが回っているところで「気難しい人でいられる」というのは、すごいことなんですよね。
 そういう「妥協しない人、マイペースを貫くことしかできない人」だからこそ、庵野監督の作品の世界観は揺らがないのかもしれません。


 安野さんは、自動車の免許を取ろうと決めたときに、こんなことを考えていたそうです。

 ゲームでもなんでも人がやっているのを横から見て
 ああすれば良い、自分ならこうする、などといくらでも言ってたのに
 実際にやってみれば考えていたほど上手くはできないアレである。

 これはクリエイター志望の人にもよくある現象だ。
 自分が何かを作ろうと思っていたらまず一番に
 先人の作品に文句をつけるのをやめることだ。
 それをやってる限りは自分の作品に向かうことができない。
 ステージに立てばそれに全力で集中せねばならないので
 他の人の作品にとやかく言う余力はない。

 自分のステージに立つ、と言うことはそう言うことだ。


 こんな感想ブログを長年書いている僕にとっては、大変「刺さる」言葉でした。


 この本を読んでいて、西原理恵子さんと高須院長のことを思い出したのです。
 庵野監督は、クリエイター・庵野モヨコとしては「面白いネタを提供しつづけてくれる人」でもある。
 どんな形であれ、相手への興味を持ち続けられるって、長年一緒に生活していくには大事だよなあ、と思いながら読みました。


fujipon.hatenablog.com
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