琥珀色の戯言

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【読書感想】プロ野球チームの社員 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

甲子園、東京六大学野球で活躍し、ドラフト1位でプロ野球の世界に入った選手が、所属チームの「球団職員」に転職したら――?

90年代後半~2000年代にかけて西武ライオンズで活躍した髙木大成が、現在の職業である「球団職員」として経験してきたことを語る一冊。

飛び込み営業や中継映像の制作過程、さらには優勝時のビールかけ中継の準備など、プロ野球ファンにもあまり知られていない世界を、この本で覗いてみませんか?


 プロ野球選手の現役引退後のセカンドキャリアとして思い浮かぶのは、監督やコーチなどの指導者、そして、野球解説者、ではないでしょうか。
 それまでの仕事であった「野球」を活かすことができ、選手ほどではなくても注目もされ続けます。
 もっとも、プロ野球の表舞台に再就職できる選手は、引退したなかのごく一部ではあるんですよね。

 スカウトやスコアラー、用具係やチームマネージャー、広報などの「裏方」としてチームに関わり続ける元選手もいて、現役時代を知る選手が広報としてブログで発信しているのをみると、「がんばっているなあ」と嬉しくなるのと同時に、まだ同世代の選手たちが現役で活躍しているのをサポートする、というのは葛藤もあるのではないか、などと想像してしまうのです。

 この本は、慶應大学からドラフト1位で西武ライオンズに指名されて活躍した高木大成さんが、引退後に「プロ野球チームの社員」として経験してきたことが書かれています(プロ野球選手になる前や、現役時代のことにも触れられているのですが)。

 高木選手くらいの実績があれば、コーチなどの指導者として球団に残ることも可能だったかもしれませんが、コーチ業というのも人数が限られているし、向き、不向きというのもあるのです。
 高木さんは、2005年のシーズン終了後に、31歳の若さで現役を引退することになり、「その後の人生」について悩んだそうです。

 引退はすんなり決めましたが、その後の進路を決めるまでにはしばらく悩みました。なぜかというと、時を同じくして、球団から西武グループで働いてみないかという打診をいただいたからです。
 プロ野球界では、毎年数多くの選手が現役を引退していきますが、たとえばコーチとして引き続き現場に残るケースはほんの一握り。また、スカウト、スコアラーといった仕事にはある程度の育成機関が必要ですし、球団として定員もあります。プロ野球を支える、やりがいのある仕事なのはもちろん私もよく知っています。
 ただ、「現場に残る」というのは、ほんの一握りの選手だけではあるものの、想定の範囲にある選択肢ではありました。
 もう一つの選択肢こそ、所属していた球団の社員として働くという道でした。
 後者については正直なところ、まったく想定していませんでした。具体的には、営業や広報の仕事、つまり「サラリーマン」です。それまで、私の周囲には「現役引退とともに球団の社員として働く」というケースはありませんでしたから。 これまでずっと野球をやってきたので、ユニフォームを着続けて指導者になることには当然魅力を感じました。
 しかし、私はそうしませんでした。もうひとつの”思い”も、自分にとって魅力のあるものだと思ったのです。
 これまでの生活とはまったく違う、「サラリーマンになるチャンス」というのが、キラキラと輝くほど魅力的に思えました。そして直感的に32歳という年齢が、「スーツを着て仕事をし始める」ギリギリのタイミングではないかと思いました。挑戦させてもらえるのなら、ぜひやってみたい………そんな思いもありました。


 高木さんは、セカンドキャリアの選択について、自分をドラフトで指名してくれた東尾修・元西武ライオンズ監督にも相談したそうです。
 東尾さんの答えは「球団職員になるのがいいのではないか」でした。
 高木さんは、1か月近く考えた末に、「ライオンズの社員」となったのです。

 若くしての引退だったことや、名門大学を卒業していたことが、高木さんの「サラリーマンへの転職」を後押ししたのは事実だと思います。
 とはいえ、「元有名プロ野球選手」だからといって、32歳で「社員」としてのキャリアをはじめることは、けっして簡単ではなかったのです。

 その後、現役引退後に、広報やチームマネジメントの仕事をする元選手は増えていったのですが、高木さんがライオンズに「就職」した時点では、元選手がどんな仕事をするのが良いのか、というロールモデルもありませんでした。

 2011年には、西武ライオンズからプリンスホテルに異動となり、企画・宣伝担当のホテルマンとして働いたこともあったのです。

 未知なる業界への異動、しかもなんとマネージャーという立場でした。総支配人、支配人がいて、その下に何人かのマネージャーがいる、そのうちのひとり……。
 球団にいたときも部下はいましたが、小さなチームでしたから、みんなでやっている感じでした。
 一方、ホテルでも「プレーイングマネージャー」でしたが、部下の人数も多く、より責任は重くなりました。しかも、部下たちがやっている仕事を、こちらはすべてを正確に把握できていません。それをひとつひとつ覚えるところから始めなければならなかったので、そういう意味でもプレッシャーがありました。先に述べた通り、厳しい環境にあったことから、経費削減には特に重きを置いていました。
 だから、マネージャーという立場など関係なく、私もいろいろな業務を行いました。
 たとえば、シルバーコートを着て、蝶ネクタイを着けてパーティーの配膳係をやりました。フォークやナイフなどをきれいに磨きあげたり、おしぼりを巻き直したりもしました。おしぼりというのは、業者さんからビニールの袋に入って納品されるのですが、ホテルではそれを取り出して、ホテル仕様に巻き直すのです。
 クリスマスのディナーショーでは、誘導係などをしました。とにかく、できることはなんでもやりました。


 高木さんの場合は、「元プロ野球のスター選手」だからといって、特別扱いはされず、さまざまな現場での仕事を経験したことが、結果的には「ひとりの社会人として」の広い視野をもつことにつながったのではないか、と思うのです。
 
 高木さんが現役を引退したのが2005年、その前年の2004年には、近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェーブの合併に端を発する「球界再編騒動」が勃発し、選手会によるストライキも行われました。
 
 あのときは、「親会社の都合で、多くのファンを持つプロ野球チームが統廃合されるなんて!」と僕も憤っていたのです。
 しかしながら、長い目でみれば、あの騒動は、それまで「親会社に損失補填してもらうのが前提の赤字経営」「巨人戦や地上波テレビ中継の放映権収入に頼っていた」多くの球団の意識改革につながったのです。
 それは、とくにパリーグの球団において顕著で、パリーグの6球団は、集客の工夫や映像を球団自身で制作し、その権利を持つようにすることなど、「ライバル球団」という枠をこえて、協力して経営改善をすすめていきました。
 そんななかで、「選手として、そして、その後の一社会人として」の両方の視点をもつ高木さんは、西武ライオンズの、そして日本のプロ野球の「コンテンツとしての魅力的な見せ方」を工夫してきたのです。
 その後、多くの元プロ野球選手が、「選手としてのキャリアを活かしつつ、広報や営業の仕事ができるようになった」のは、高木さんが先陣をきってくれたから、ともいえるでしょう。

 シーズン終盤の”うれしい”仕事としては、優勝時に行う「ビールかけ」の中継があります。
 大事な記念すべきイベントで、やり直しがききません。始まってしまうと20~30分ほどで、あっという間に終わってしまいます。
 その間、各放送局は最高の瞬間を逃さないように懸命になりますが、思わぬミスも起きかねません。準備がとても大切なのです。
 テレビの前からではまったく見えない部分ですが、ビールかけの中継は準備が重要、いや、準備がすべてといってもいいイベントなのです。
 ただ大変なのは、どの球場で優勝が決まるかはまったくわからないということ。リーグ優勝であれば各球団の本拠地6球場、どこで決まるかはわかりません。それぞれの場合のビールかけ会場とビールかけ後の各テレビ・ラジオ局の取材場所を決めて、順次下見とリハーサルをしないといけません。
 その準備は、なんと8月下旬から始めています。各放送局の担当者にビジター球場や遠征先の宿舎などに来ていただいて、中継車はどこに置いて、カメラはどこに置いて……と打ち合わせを進めていきます。
 さらに、日本シリーズで優勝したときのビールかけも想定して、その時点でクライマックスシリーズ進出の可能性があるセ・リーグのすべての球団の本拠地について、同様の準備をしておきます。
 これ、8月の段階で優勝の可能性がある球団であれば、必ずやっている仕事です。


 ファンにとっては、格別な時間である「ビールかけ」の中継の陰には、「実現されなかった数多のシミュレーション」があるのです。
 2020年は新型コロナ禍もあり、どんな形での優勝セレモニーにするか、というところから始めなくてはならず、球団職員にとっても大変なシーズンだったと思われます。
 2021年になっても、新型コロナの影響は続いているのです。

 スター選手から「裏方」へ、というのは、「きっと辛いのだろうな」なんて勝手に想像してしまうのですが、高木さんの話を読んでいると、球団職員はやりがいのある仕事だし、高木さんも充実したサラリーマン生活をおくっているのだな、と、読んでいて勇気づけられたのです。


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