琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】アマゾン、ヨドバシ、アスクル…… 最先端の物流戦略 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

人手不足、EC市場の成長による宅配数の増加、
トラックドライバーの労働時間規制、輸送費の高騰……。
物流における「2024年問題」は、課題が山積している。
この問題が2024年だけで終わればいいが、今後も物流を巡る環境は過酷さを増していくことが予想される。
当然、その影響からは日本企業で働く我々も免れない。
今後、物流は「企業格差」を広げる原因の一つとなるだろう。

物流は、企業の生産性や収益性を大きく左右する。
そのことにいち早く気づいた企業たちは、先手を打つ。
アマゾン、ヨドバシ、アスクル……、独自の「物流戦略」をもとに圧倒的な競争力を生み出す企業は、どんな取り組みをしているのか?


 「物流」の重要性をあらためて意識したのは、2011年の東日本大震災のときでした。
 被災地を支援しようと、全国各地からたくさんの物資が集まっていたにもかかわらず、なかなか必要なものが求められている場所に届いてくれない。
 物資はあるのに、巨大な倉庫の奥にしまわれていて、取り出すのに時間と手間がかかりすぎてしまう。
 そこに、宅急便会社の物流(ロジスティクス)の専門家が入ったことで、腐らせてしまったり、必要な場所に届かなかったりしていた物資を効率的に利用できるようになった、という話を聞いたのです。
 
 21世紀になって、インターネット通販が一般的なものとなり、物流は大きく転換・変化しました。
 僕が子どもの頃、1980年代、90年代くらいまでは、「通販」といえば、「通販好き」か、地元では手に入らないような特別なものを買いたい人が主な利用者だったのです。
 欲しい本を買うために、書店や出版社に注文していた時代に比べれば、手元に届くまでの時間は劇的に早くなりました。
 一昔前は、「わざわざネット通販で買わなくても……」と多くの人が考えていた日用品も、ネットで買って届けてもらうのが当たり前にもなったのです。

 そして、そのような「ネット通販で扱われる商品の激増」に伴って、配送料や不在時の再配達、配達業者の過酷な労働が問題視されるようにもなっています。

 著者は、物流の専門家であり、さまざまな企業の「最先端の物流戦略」について、取材し、紹介しています。
 

 自社の経営戦略があって、それにぶら下がる、販売戦略、財務戦略などがあります。とうぜん、その並びには物流戦略があります。
 その物流戦略は、販売戦略より下ということはありえません。場合によっては、販売戦略よりも上位に来ることもあります。
 営業店舗を出すエリアを決めるのは、物流部門だという会社もあります。なぜなら、物流拠点が整備されたエリアでないと、欠品だらけ、鮮度が良い食品が少ない店舗になるからです。
 工場立地を決めるのも、物流部門だという会社もあります。なぜなら、取引先に効率的に納品できるロケーションでないと、受注締め切り間際で問題が起こるからです。
 
 物流のことをなかなか理解できない経営者が率いる会社は、物流だけでなく、オペレーション全体の効率が悪かったり、販売力の弱い会社になります。逆も然りです。
 たとえば、コンビニチェーン店、セブンーイレブンが、全チェーン店の中で一番物流について考え、優先しています。どんなにいい立地の店舗を店舗開発部門が見つけてきても、物流部門がノーと言えば出店できません。彼らの日販(1日の売上)は、他のどのチェーン店より高いことはよくご存じでしょう。
 経営戦略に沿った物流戦略や、経営方針における物流戦略の位置付けや、物流方針の考え方を浸透させることは重要なことなのですが、ほとんどの企業では、物流だけ、他の戦略と切り離されているような状況になっていることが多いのです。
 これは、物流のことを理解する経営陣が少ないからだと思います。


 物流の先進企業は、それぞれにとっての「正解」を探しつづけているのです。
 「送料無料」って、そこには梱包する人、運ぶ人、届ける人がいるのに、おかしいのではないか、と考える人も多いのですが、僕自身だって、一人の消費者としては、「無料」のほうが嬉しいのは事実です。
 「◯◯円以上購入で送料無料」となっていると、その金額に到達するように、「ついで買い」をすることもよくあります。
 送料をちゃんと払ってもらったほうがいいのか、「送料無料」にして(商品の価格にある程度含まれている場合もあるかもしれません)、まとめ買いや常連になってくれるのを促すほうがいいのか、それぞれの戦略があるわけです。

 著者は、ヨドバシカメラの通販戦略を詳しく紹介しています。
 ヨドバシカメラのネット通販は店頭での受け取りが可能だったり、送料無料・最短数時間以内で商品が届く「エクストリーム便」が存在したり、先進的な試みを続けています。
 その背景には、店舗で直接販売した商品も、ネット通販で売れた商品も、社内評価に差をつけない、というような配慮があった、とのことでした。

 そのなかに、こんな話が出てきます。

 1998年、オープン間もない頃のヨドバシ・ドット・コムの品揃えは300〜400アイテムでした。それから取り扱いカテゴリーおよびアイテム数の拡大を図り、2008年8月時点で約8万アイテム、2012年3月には約83万5000アイテム、2018年6月時に約550万アイテム、2023年1月時点では800万アイテム以上を取り扱っています。
 カテゴリーの拡大に関しては、2013年にコミックの取扱いを開始し、2018年に酒類販売をスタート、翌2019年には薬剤師による服薬指導が必要になる第一類医薬品、ICI石井スポーツ、およびその子会社アート・スポーツの買収によりスキー・登山用品を中心としたアウトドア関連用品、ランニング・トレイルランニング・フィットネス用品を追加しました。
 いまのところ生鮮(青果・精肉・鮮魚)の扱いこそありませんが、食品・日用品など、購買頻度の高いカテゴリーの品揃えを増やしているように感じられます。1本100円程度のボールペン、100円にもならない電球もあります。

 なぜ、どこでも手に入るような、低価格帯の商品も増やしているのでしょう。 
 もともとヨドバシ・ドット・コムは、家電やパソコンなど、高単価な商品がメインでした。しかし、一度購入すれば5〜6年は買う必要がありません。これは、数年間、顧客との関係性が希薄となることを意味しています。これでは、次の家電やパソコンの買い替え時に、購入先としてヨドバシ・ドット・コム(あるいはヨドバシカメラ店舗)を検討してもらえるかどうか、わかりません。
 その顧客接点の空白期間をなくし、日常的な顧客接点を維持するために(=何かを購入する際に、最初に思い出してもらうため)、価格は安いが購買頻度の高い商品群を増やしていると考えられます。


 安い商品をすぐに、無料で届けるのも、長い目で見れば、リピーターになってくれてプラスになるはず、という戦略に基づいているのです。
 人間というのは、一般的に、何かを「してもらった」という相手にはお返しをしなければ、と考える傾向があります。
 このあいだ、電球1個でもすぐに届けてくれたから、まずはヨドバシ・ドット・コムで、新しいテレビを探してみるか、と思う人は、けっこういるのかもしれませんね(『価格コム』で最安値を探す、という人ばかりではないのです)。ネット通販で、自分の個人情報やクレジットカードの情報を入力するのはけっこうめんどくさいし怖い面もあるので、まずは情報を登録してもらうだけでも、その後買い物をする際の優先順位はけっこう上がると思います。

 スマートフォンソーシャルゲームでも、「まずは登録」してもらうために、新規参加者には特別なカードがもらえるとか、ガチャ無料、のようなサービスをしているのです。
 また、「エクストリーム便」のように、注文してすぐ(数時間くらいで)商品が届く、というサービスには、不在による再配送の率を下げるメリットもあるそうです。
 たしかに、「すぐ届く」のであれば、もともと急ぎで必要なものだし、商品が来るまでは家で待っていよう(あるいは、到着時刻には家に居よう)、と思いますよね。
 店舗の側だけに負担がかかりそうにみえるサービスの多くは、店舗にとってもメリットを伴っているのです。


 北海道で多くの店舗を展開している「地域密着型コンビニ」セイコーマートの物流戦略についても書かれています。

 広大な北海道は、札幌周辺のように人口が集中するエリアもあれば、人がまばらな地域もあります。しかし、セイコーマートはどのエリアにもくまなく店舗展開しています。
 そうすると、人口の多寡によって、エリアの物流効率には差がつきそうなものですが、セコマグループは全道をくまなくつなぐ物流ネットワークを構築しています。
 いったい、どうやっているのでしょうか。

 同社では、1997年から2003年にかけて、80億円の投資により、釧路、旭川、函館、稚内、札幌、帯広の順に、自前の物流センターを建設していきました。現在、13地点まで拡大しています。
 このうち、釧路は、冷凍、冷蔵、常温に対応するフルラインのセンターです。チルドについては全センターで扱い、保管、仕分け、出荷に対応しています。
 配送は、都市部と遠隔地向けで、頻度も含め、使い分けています。
 たとえば、都市部では、温度帯別に1日2〜3便の配送。遠隔地向けは、1台のトラックに各カテゴリーの商品を混載し、1日1回の配送です。
 冷凍は週3回、チルドは毎日の配送。弁当については「ホットシェフ」を主にしています。
 在庫スペースをほとんど持たない、現在、コンビニの主流となっている店舗スタイルと違い、バックヤードを大きくとっています。北海道は他の地域に比べ、地代が安くすむということもあるからでしょう。バックヤードがある分、納品頻度を下げることができます。
 配送トラックは240台(グループ会社および、協力会社所有を含む)。グループ会社、セイコーフレッシュフーズがその運用を任されており、走行距離は1日延べ7万キロ。配送ルート数は、札幌便が111ルート、旭川便が25ルート、釧路便が28ルートあります。

 同社の物流体制には、通常の物流視点からはとても信じられない状態が組み込まれています。常時、積載率8割以上を維持できているというのです。
 広い北海道では、片道配送(帰りの便が空荷になる)こそが最大の非効率になります。そこで同社では、自前の物流機能とグループ会社の製造機能を組み合わせてコストを吸収し、北海道全域に散らばる店舗に配送する物流システムを構築しています。


セイコーマート』の評判を聞くたびに、なんで本州や他の地域にもっと積極的に進出しないのだろう、と思っていました。
 広くて人口密度が低い北海道内だけでは、限界もあるだろうし、と。
 
 でも、セイコーマートのさまざまな物流・経営戦略を知ると、北海道という地域に特化したやり方で、競合のコンビニが簡単に真似できない参入障壁を作っていることがわかります。
 自分たちにとって「地の利」がある場所で勝負する、ということに専念しているからこそ、セイコーマートは強いのです。

 海外の物流事情などにも言及されていますし、身近な企業の事例が多いので、読みやすくて「なるほどなあ」と感心するところもたくさんある本でした。


fujipon.hatenablog.com

アクセスカウンター