琥珀色の戯言

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【読書感想】冬期限定ボンボンショコラ事件 ☆☆☆☆☆


Kindle版もあります。

高校生活の終わり。
小市民の時代の終わり。

小鳩君を轢き、密室状況から
消え失せた車はどこへ?
シリーズ最大の事件を描き
四部作掉尾を飾る冬の巻!

小市民を志す小鳩君はある日轢き逃げに遭い、病院に搬送された。目を覚ました彼は、朦朧としながら自分が右足の骨を折っていることを聞かされる。翌日、手術後に警察の聴取を受け、昏々と眠る小鳩君の枕元には、同じく小市民を志す小佐内さんからの「犯人をゆるさない」というメッセージが残されていた。小佐内さんは、どうやら犯人捜しをしているらしい……。冬の巻ついに刊行。


米澤穂信さんの「小市民」シリーズも、ついに完結か……
7月にはアニメ化されるということで、けっこう楽しみにしているのです。
古典部シリーズのアニメ(『氷菓』)も好きだったし。

この『期間限定◯◯』の小市民シリーズの第1作『春期限定いちごタルト事件』が上梓されたのは2004年の12月。
僕は『このミステリーがすごい!』にランクインしているのをみて、「たまには気軽に文庫で読めるミステリもいいかな」と手にとった記憶があります。
当時は、「どんでん返しに続くどんでん返しの目が回りそうな作品や『叙述トリック』」が目立っていた時期で、僕はそういう作品に、かなり疲れてもいたのです。

「小市民」を目指す小鳩くんと小佐内さんのエピソードを読んでいると、僕が中学生、高校生だった頃の「目立ちたくない、普通でいたい」という厭世観と、「自分は何かが特別な人間ではないのか」という過剰な自意識が甦ってきて、なんとなく気恥ずかしくもなったのですが。

自分は「ちょっと賢い」と思っている人間の末路なんて、脱線か落胆がほとんどなんですけどね。

僕はこのシリーズを読み始めた時点で、すでに30歳オーバーで、ある程度「耐性」というか「誰も一緒に小市民の星を目指してくれなかった自分の10代への恨みつらみ」も希薄化していたのも幸いして、僕はこのシリーズを楽しく読めたのだと思います。
高校時代に差し出されたら「小佐内さんみたいな女の子、どこにもいねーよ!」とか、ひねくれていた自信があります。

このシリーズ、ちょっとした箸休め、みたいな感じで、春夏秋冬、4作書かれておしまい、だと思っていましたし、おそらく、著者の米澤穂信さんもそのつもりだったのではないでしょうか。

「秋」の話『秋期限定栗きんとん事件』が上下巻として出たのは2009年の2〜3月。途中、2020年にシリーズ番外編の短編集『巴里マカロンの謎』が発刊されて「まだこのシリーズ、生きていたのか!」と驚いたのですが、今回は正真正銘のナンバリングタイトル『冬季限定』です。

「完結編」はあえて書かないことになったのかな、そのほうがむしろ「永遠の小市民」として、この作品の世界は守られるのかな、なんて思ってもいたのですが、そうか、出るのか、終わるのか、嬉しいけど寂しい。
なんだか、自分が中年になると、せめてフィクションの世界くらいは「きちんと終わらなくても、なんかいい感じで中途半端なままのほうが良いんじゃないか」と考えることが多くなりました。

しかし、『冬季限定』が出るのなら、向き合わないわけにはいかない。
「軽く読めるミステリ」のつもりで20年前は読みはじめたはずなのに。


なんだか前置きが長くなりましたが、この『冬期限定ボンボンショコラ事件』、ミステリとして面白かったのと同時に、米澤さんの取材力、筆力に脱帽しました。
主人公の小鳩常悟朗はほとんど病院のベッドの上で、今回の事件での小佐内ゆきの出番もページ数的にはそんなに多くはありません。

内容の多くは、小鳩くんが中学時代、小佐内さんと「互恵関係」を締結するに至った事件の回想と、小鳩くんの現在の入院生活の描写なのです。
よくここまで入院生活と入院患者の心理を丁寧に、しかも読ませる小説として書いたものだなあ、という感心、そして、僕自身が医療関係者として「でもそれはちょっと変なんじゃない?」と違和感があった部分が、しっかり回収されていく見事な手際!

そんなミステリ的に都合がいい偶然、ある?
そう言いたいところが少なからずあるのも事実です。
「そういうこともある」可能性はゼロじゃないけど、「意外な結末から逆算してつくられた偶然」だとも感じました。

ただ、それでこの作品を読みおえたときの「せつなさ」みたいなものが減損することはほとんどありませんでした。

人には「真実を知りたい」「隠されている秘密を暴きたい」「自分にしか解けない謎を解いてみたい」という良く言えば「好奇心」、悪く言えば「いっちょかみ」「出しゃばり」な性質がある。
でも、人にはみんな知られたくないこと、隠しておきたいことがあるし、それを「暴く」のは、その人を傷つけるし、恨みを買うこともある。
それが巨悪とか不法行為ならともかく(ときには、そういったものであってさえも)、何かを「知る」ことは「つながる」ことであり、暴露者には「恨み」や「責任」を引き受ける覚悟が求められる。

人は、良かれと思ったこと、最大限に善処したことでも、それが引き起こした結果で恨まれることがある。
医療を長年やっていると、割りに合わないなあ、と嘆きたくなる夜もある。マスコミだって、法曹関係者だって、夫婦、友人関係だって、そういうことはある。
今、思い出したのは『エヴァンゲリオン劇場版』で、碇シンジ綾波レイを助けるために命懸けで行動しただけなのに、結果は人類に大災害をもたらし、シンジは「禁忌の人」になってしまった。

個人的には、僕の子どもたちに、読んでみてほしいな、と思いました。
それでも「知ること」をやめはしないだろうけど、「知ることの怖さ」を踏まえることは、大人の作法だから。

ずっと繋がっている円環のような、そして、とりあえず、いま、この気持ち、この季節を味わい、ちょっとだけ先の未来が楽しみになるような、甘すぎず、重すぎない、この「小市民シリーズ」の大団円、僕は好きです。
たぶん、もっと若い頃に読んでいたら、「なんか中途半端だなあ」と思ったはずですが、今の僕には、このくらいの控えめの甘さが、ちょうどいい。



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