琥珀色の戯言

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【読書感想】知らないと恥をかく世界の大問題15 21世紀も「戦争の世紀」 となるのか? ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

世界が脅える“トランプ再選”。アメリカの分断が世界に飛び火

ウクライナ戦争、ガザ戦争――混沌と化す2つの戦争。歩み寄れない世界は力による支配での衝突が続く。2024年秋の米大統領選挙はバイデン対トランプの再対決となる。“もしトラ”に世界が脅え備える中、新たなリーダーはこの混乱を打開することができるのか? リーダーの決断の行方と世界への影響を考える。世界、そして日本が抱える大問題を、歴史的な背景を交えながらわかりやすく解説していく池上彰の人気新書「知ら恥」シリーズ最新第15弾。大転換の時代に必読のニュース解説本だ。


 この『知らないと恥をかく世界の大問題』シリーズも、もう15冊目なんですね。
 池上彰さんは「忙しいビジネスマンが、乗り物での移動中の数時間で世界の現状を大まかに理解できる本」を意識して作っているそうなのですが、近年は、そんなに忙しくなく、ビジネスマンでもない僕も、「もう前巻から1年経ったのか……」と時間経過の早さに驚きながら読んでいます。
 1950年生まれの池上さんも、もう70代半ば。ご本人も「もうすぐ後期高齢者」と仰っておられます。

「十年一昔」といいますが、15年前、2009年発行の第1弾にはどんなことが書いてあったのかパラパラと読み返してみると、ちょうど前年の2008年は、アメリカでリーマン・ショックが起きた年だったのですね。「100年に1度の金融危機が起きた」と、リーマン・ショックの解説をしています。
 2023年11月、週刊誌『AERA』(朝日新聞出版)の企画で『人新生(ひとしんせい)の「資本論」』の著者・斎藤幸平さんと対談しました。
 彼によれば、世界的には1990年代から2008年まではグレート・モデレーション(大いなる安定)の時代だった、といいます。「世界規模の戦争もなく、経済の動きも穏やかだった時代。あの頃、うまく機能していた社会のシステムはリーマン・ショック以降、各所で綻びを見せ始め、コロナをきっかけに完全に破綻した」というのです。
 リーマン・ショックは、20世紀の覇権国家アメリカを転落させるきっかけとなった出来事でもあったように思えます。
「環境問題、パンデミック、戦争、インフレといった複合危機の時代に、社会をだんだんと良くしていけばいい、という思想は通用しない」(斎藤氏)。残念ながら、その通りでしょう。
 いまになって思えば、『知らないと恥をかく世界の大問題』がスタートした15年前は、世界がそんな危機に向かう入り口の年だったのです。


 すぐに思い浮かぶだけでも、1995年には地下鉄サリン事件阪神・淡路大震災が起こり、2001年9月11日には、ニューヨーク同時多発テロが発生したじゃないか、とも思ったのです。日本経済の停滞がはじまった時期でもあります。
 しかし、あのリーマン・ショックから15年くらいで、「投資は正義!(とくにインデックス投資)」「世界経済は長い目でみれば右肩上がりなのだから、長期積立投資なら大丈夫!」みたいな人が増えてきているというのも不思議なものではありますね。

 われわれがエルフや火の鳥ならともかく、人間の寿命だと、リーマン・ショック一撃で再起不能になり、立ち直る時間もない、という事態も想定すべきだし、急に大きなお金が必要になるかもしれません。

 子どもの頃に、なろうと思った職業で、やりたかった仕事をして生きている人の割合を想像すると、未来なんて、不確定要素が多すぎる。


 このシリーズ、最初の頃、僕は「こんな知っていることばかりまとめた本を読んでもなあ、商売上手だよなあ」なんて斜に構えていたのです。
 でも、年々、僕自身の記憶力も落ちてきましたし、「本当に知っていること」と「自分では知っているつもりのこと」には、深い溝がある、ということもわかってきました。どこまで自分がいまの世界について知っているかを短時間で確認できる、まとまった新書というのは、けっこう貴重なのです。

 Amazonの新書ランキングで上位に入っている本の中には、「なんか偏っているな」と感じるものが少なからずあるのですが、池上さんの本は、池上さんなりの思想や切り口があり、まったく中立ではないものの、僕には読みやすく感じます。

 そういえば、イランはシーア派の国なんだよなあ、などということを、毎年読みながら再確認しています。
 そのくらいのことでも、「ちゃんと覚えていない」のは情けないのですが、人は、忘れる生き物です。
 忘れたとき、記憶に確信が持てないときは、手元のスマートフォンで検索すれば、確度が高い答えが得られるのがわかっていても、多くの人は、検索することを忘れて、あるいは面倒くさがってしまう。


 僕自身は、太平洋戦争が終わってしばらくしてから生まれ、これまで戦場に行ったことはありません。
 自分にとっては、それが「普通」だったので、なんとなく、それが「あたりまえのこと」だと思っていたのだけれど、ウクライナパレスチナでの戦争を考えると、戦争の時代の市民たちも、今の僕のように、あまり実感がないまま他人事として戦争がはじまり、気がついたときには、もう戦うしかない状況に陥っていたのかもしれません。

 2024年11月には、アメリカの大統領選挙が行われます。
 現職のバイデン大統領(民主党)と、トランプ前大統領の対決となったのですが、なんというか、「どっちかを選ばなければならないのか、アメリカの人たちも大変だな」と。
 僕としては、それでも、トランプ大統領の復活よりは、バイデン続投のほうがマシなんじゃないか、そもそも、差別主義者・陰謀論者にしか見えない(本人はわかっていて、あえてそれを演じている可能性もありますが)トランプ前大統領がまた候補になっているなんて、アメリカ人どうなっているの?と感じます。

 もともと共和党民主党のどちらが勝つか決まっている州が多く、トランプ大統領にはキリスト教福音派のような「絶対的な支持基盤」もあり、バイデン大統領はイスラエルでの戦争への対応への評価が分かれていることから、どちらが次の4年の大統領になるのか、現時点では予想が困難です。

 トランプに振り回されているアメリカ人って、おかしいんじゃない?
 僕はそう思っていましたし、リベラル寄りで、民主党支持者が多い日本のマスメディアでは、トランプ前大統領の言動が揶揄されがちです。

 でも、アメリカで暮らしている人々は、「理想」を語る前に、今、目の前で起こっている日常生活の危機をなんとかしてほしい、という切実な気持ちがあるのです。

 ニューヨーク州のエリック・アダムス市長(民主党)は、ホテルを次々に借り上げて不法移民受け入れ施設(通称シェルター)にしました。ちょうどコロナ禍でホテルがガラガラだったため、ニューヨーク市が借り上げて、不法移民を受け入れたのです。
 不法移民にしてみれば、メキシコやベネズエラなどの中南米では、住む場所もなかったり命の危険すらあったりしたのに、アメリカへ行けばニューヨークでホテル住まいができるんだと、ますます国境を越えるようになりました。
 結果、ニューヨーク州は、不法移民の受け入れにとてつもないお金がかかり、財政が破綻しそうになって、不法移民を輸送した貸し切りバス会社を訴えました。
 それまでニューヨークに住む多くの民主党の支持者たちは、テキサス州に対して、「なんで移民を受け入れないんだ」と他人事のように非難をしていたのですが、実際に移民が大量に入ってくると、宿泊代から何から面倒を見なければならなくなり、負担が自分たちにかかってきた。結果的に、不法移民を州同士で押し付け合うような形になったのです。
 治安も悪化しました。ニューヨークのタイムズスクエア周辺のホテルもシェルターになっていて、そこで中南米からの不法移民がドラッグの売買を始めたのです。
 ニューヨーク市警の警察官2人が1人を移動させようとしたら、仲間が十数人で警官に襲いかかり殴る蹴るの暴行をしたのです。防犯カメラに写ったその映像を、アメリカのテレビが大々的に取り上げたことで、不法移民の印象が悪くなります。

 一方、カリフォルニア州の治安の悪化も深刻です。こちらは万引きによって、ドラッグストアやスーパーマーケットが次々に閉店しています。 カリフォルニア州は、「950ドル(日本円でおよそ14万円)以下の盗みは軽犯罪」としています。軽犯罪ならさっさと釈放すればいいということにしたのです。
 その結果、警察は「捕まえたところで、どうせすぐ釈放だろ」とやる気を失い、見て見ぬフリ、万引きやり放題です。
 あまりに治安が悪くなり、ウォルマートまでが中心地から撤退し荒廃しています。カリフォルニア州知事は民主党の知事なので、不法移民に寛容で出て行けとは言いません。
 トランプは、自分が大統領になれば「入り込んできた不法移民を全員、強制的に国外退去させる」と宣言しています。
「バイデンだからこんなことになったんだ。俺のときを見ろ。不法移民はこんなに入ってこなかったぞ」。それを争点にして、大統領に返り咲こうとしているのですね。


 不法移民であっても「人権」を重視し、丁寧に扱うべきだ、という理想は美しいのだけれど、それを実行すると、さまざまな問題が生じてくるのです。
 不法移民は全員が悪人ではないし、彼らも生きるためにやっていることなのですが、こうして自分たちが納めた税金でホテル住まいをしていたり、万引きが蔓延して店がなくなっていったりすれば「ずっとここに住んできた自分たちより、不法移民のほうが大事なのか!」と言いたくもなりますよね。
 トランプ前大統領は「過激で独善的で無茶ばかりやる」人ではあるのだけれど、だからこそ、「このような不法移民問題に、容赦なく強硬手段をとれるのではないか」と期待される面もあるのです。

 いわゆる「グローバル化」が進んでいくほど、世界は「きれいごと」では済まなくなってきている、そんなことを考えながら読みました。


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