Kindle版もあります。
内容紹介
2020年2月3日のアイオワ州党員集会を皮切りにスタートする大統領選。トランプ再選はテキサスの動向で決まる?
候補者が乱立する民主党に勝機はあるか?
争点となるのは「中国」ではなく同性婚、中絶問題?本書では、選挙に精通した日経政治記者が、
精緻な現地取材を重ねつつ、
移民増加により大きな変容に立たされている大国の現状を
大統領選を通じてルポする。ハリウッド映画やスポーツにも浸透している二大政党の影響など、
日本人が意外と知らないアメリカの実像が明らかに!
2016年のアメリカ大統領選挙、ヒラリー・クリントン候補の優勢が予想されていたのですが、勝ったのは、ドナルド・トランプ現大統領でした。
あんな無茶なことばかり言っている人が、世界唯一の大国(近年は中国の台頭で、そうも言えなくなってきましたが)の舵取りをし、核兵器のボタンを持つことになるなんて……
世界の終わりが近づいてきたような、そんなトランプ大統領の就任だったのですが、蓋をあけてみれば、なんとかここまで3年間、大きな戦争がはじまることもなく、アメリカの経済は好調のまま過ぎてきました。
トランプ大統領が、先入観よりも「まとも」だったのか、アメリカの政治の仕組みが、暴走を食い止めたのか、さまざまな幸運に恵まれたのかはさておき、2020年の11月3日には、次の大統領を決める選挙が行われます。
この新書のタイトルは『アメリカ大統領選 勝負の分かれ目』なのですが、内容は「2020年、あるいは近い将来、アメリカの社会はどうなっていくのかを予測するレポート」です。
2020年は共和党のトランプ候補が勝ったけれど、総得票数はヒラリー・クリントン候補のほうが多かったのです。
アメリカでは政党のシンボルカラーになぞらえて、共和党が地盤とする州を「レッド・ステート」、民主党が強い州を「ブルー・ステート」と呼ぶ。この色分けにどうして注目が集まるのかといえば、米大統領選は州ごとに選挙人を総取りする仕組みだからだ。トランプ大統領の支持率が上がった、下がったという報道は相変わらず多いが、アメリカ全体での世論調査の趨勢を追いかけるのはあまり意味がない。州ごとの優劣をきちんと分析しなければ勝敗を読むことはできない。
選挙のたびに勝敗が行ったり来たりする州を「スイング・ステート」(揺れる州)とか、「トス・アップ・ステート」(コイン投げと同じく運命に委ねるしかない州)とか呼ぶ。しいていえばどちらかに傾いているという場合はどうするのか。やや共和党寄りは「リーン・レッド」(赤に傾いている)というのが、いちばんよくある書き方だが、地図ではやや薄い赤にして「ピンク・ステート」と表記することもある。やや民主党寄りは薄い青を意味する「ターコイズ・ステート」である。
なぜ、メキシコ国境沿いの州がレッドからブルーに変わりつつあるのか。1州だけならば、特殊事情ということもあるが、これだけまとまって起きたのには理由がある。すでにお気付きだろうが、ヒスパニック(中南米系)の移民が急増しているからだ。
トランプ大統領は選挙戦の最中から「メキシコ人は強姦魔だ」とヒスパニックを徹底的に蔑視してきた。CNNテレビの出口調査によれば、ヒスパニックの66%が民主党のヒラリー・クリントン候補に投票した。黒人の89%には及ばないものの、ヒスパニック人口が増えるほど、民主党に有利になることは想像に難くない。
トランプ候補は、なんで有権者に嫌われるようなことを言うのだろう?と僕は思っていたのですが、著者は、「新しい移民を敵視することで、白人を強く団結させ、ヒスパニックやイスラム教徒の票をすべて失っても、ギリギリの多数を得ようとする戦略だった」と述べています。
結果的には、それが功を奏して、トランプ大統領が誕生したわけですが、ヒスパニックの人口はその後もどんどん増え続けており、これからの時代は、急増しているヒスパニック票を取れないと、いくら白人票を固めても、共和党は大統領選挙に勝つことはできない、と共和党自身が分析しているそうです。
2016年のトランプ候補の戦略は、ある意味、イチかバチかの賭けというか、とにかくこの選挙に勝てれば儲けもの、という焦土戦術のようなものだったわけです。
ダルビッシュ投手がテキサス・レンジャーズに移籍した際、日本人選手は(日本人にとって)生活しやすい西海岸のチーム(ドジャースやマリナーズなど)か東海岸の名門チームを選ぶことが多いのに、珍しい選択をしたな、と思った記憶があります。
その「白人王国」だったテキサスも、急速に変わってきているのです。
アメリカでは、二大政党が、選挙に勝つために、さまざまな戦略を駆使していることがこの本のなかで紹介されています。
なるべくヒスパニック系を投票所に行かせたくないため、投票資格に免許証などの身分証明書を求める共和党と、それに反対する民主党。より多くの人に投票してもらおう、というのではなくて、いかに自分と所属政党に有利な状況をつくるかが重要視されています。
「景気が上向きのときの現職大統領が負けることはない」
大統領選について、こうした解説を聞いたことがあるのではなかろうか。間違いではないが、実際の選挙戦に接すると、遊説や討論会で経済が論争の的になることは、日本メディアが報道するほどは多くない。
日本メディアは日本の読者のために記事を書いているので、アメリカの大統領選における最も重要なテーマは「選挙結果は日本人の暮らしにどんな変化をもたらすのか」である。保護貿易を推し進める政権ができ、日本の自動車製品に高い関税を課すかもしれない、といったニュースは、輸出依存型の日本企業には死活問題である。自分もそうした報道を多くしてきた。
ただ、日本絡みにだけとらわれていると、選挙戦の全体像を見誤る。討論会などでしばしば激論になるのは、人工妊娠中絶や同性婚の是非などソーシャル・モラリティー(社会的道徳)と呼ばれる話題である。米国民の最大の関心事を脇に置いて、「トランプは再選されるのか」を論じるのは無理がある。
どこの国でも同じなのかもしれませんが、アメリカの人たちが選挙の際に「争点」にしているのは、経済政策よりも、こういう身近な問題なのです。
減税みたいにわかりやすいものでなければ、経済政策は、何が正しいのか以前に、その内容を理解するのがけっこう難しいものなあ。
日本では同性婚とか夫婦別姓が話題になることはありますが、一部の極端な議員を除いては、それを選挙の際に持ち出すことはほとんどないと思います。
また、アメリカのいまの選挙運動について、こんな話も紹介されています。
アメリカでは日本以上にテレビ離れが進んでおり、地上波だけでなく、ケーブルテレビも影響力が著しく下がっている。原爆を連想させるテレビ広告1本で、共和党のタカ派候補が好戦主義であるかのように印象付けて圧勝した、などという成功譚はすっかり昔話である。
ツイッターですら文字しかないと読まれなくなり、動画添付が必須になっている。
この戦略がいちばん有効なのはヒスパニックだという解説もなされていた。いまの学校は問題の提出をスマホ経由でさせることは多いので、スマホを買えない貧しい生徒にはひとり1台支給する自治体が増えている。その結果、最下層のヒスパニックの家族はテレビもパソコンも持っていないが、スマホだけは持っているので、そこに動画を送り込むわけだ。世代によって英語の習得度に差があるヒスパニックの場合、英語版、スペイン語版、ちゃんぽんなどさまざまなバージョンをつくり分けるのが有効であり、ワン・メッセージごとに、最低でも60通り以上の作りわけがマストという説明だった。
アメリカでは「ツイッターですら文字しかないと読まれない」のか……
そして、ここに書かれているような事情で、「テレビもパソコンもないけれど、スマートフォンだけはある家庭」が少なからずあって、そこからどのようにして1票を獲得するか、というのが、いまのアメリカの選挙の勝負所になっているのです。
結局のところ、これからのアメリカ社会は、「ヒスパニックの割合が増えることによる、人口構成の変化」といかに向き合っていくか、なんですよね。
もしかしたら、トランプ大統領は、「最後の共和党からの大統領」になるかもしれないのです。