琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】人間晩年図巻 2000―03年 ☆☆☆☆

同時代人への哀惜をこめ、感傷に流れず過去を検証する。著者畢生の「晩年図巻」シリーズ待望の続編は、〈ミレニアム〉に湧き立った二〇〇〇年から、誰もが言葉を失った二〇一一年三月一一日まで、平成中期に世を去った八〇人の晩年を描き出す。本巻には元祖『人間臨終図巻』の山田風太郎古今亭志ん朝、張学良、ナンシー関らを収録。


 関川夏央さんの『人間晩年図巻』シリーズ、2016年に1990〜1999年が単行本で2巻に分けて刊行されています。
 今回のシリーズは、2000年から2011年に亡くなった人たちが3つの巻に分けて描かれており、これは2000〜2003年に亡くなった方々の巻です。

 有名人の「死にざま」を集めた本としては、山田風太郎さんの『人間臨終図巻』が世に知られているのです。
 僕も読みましたが、人間というのは、どんな人でも死ぬし、若くして命を落とす人も、長寿の末に大往生する人もいる、そして、死に至る理由というのも色々あるのだな、と考えさせられました。
 『人間臨終図巻』は、亡くなった年齢順に書かれています。
 若い頃に読んだので、「今の自分の年齢より若くして亡くなった人」については、とくに印象深いものが多かった記憶があります。

 歴史に残るようなことを成し遂げて、短い一生を終えるのと、何も偉業は達成できないけれど、それなりに長生きして日常を謳歌できるのと、どちらが「幸せ」なのだろうか。

 「死に際」だけをクローズアップしてみると、どんな偉人でもみんな死んでしまう。
 悪党に対して「あんな奴はいい死に方はしない」なんて言いますが、善い人がみんな愛する人に看取られて大往生、とか、苦しまずに眠るように逝ったというわけでもないのです。
 「畳の上で安らかに死んだ残酷な独裁者」なんていうのも歴史上はたくさんいるわけで。
 もちろん、確率的には、人に恨みを買うようなことをすれば、安らかに死ぬ確率は少しは下がるのだとは思いますが。


 さて、この「人間晩年図巻」なのですが、選ばれている人たちの顔ぶれが多彩というか、かなり著者の趣味が色濃く反映されているようです。
 誰もが知っている有名人、というよりは、著者の思い入れが強かったり、一時期ものすごく話題になったものの「その後の人生」はあまり知られていなかったり、サブカルチャーの世界では熱烈なファンが多かったり、というような人が多く含まれているのです。
 僕にとっては、パチプロの田山幸憲さん(舌がん・享年54歳)や、ナンシー関さん(虚血性心疾患・享年39歳)は、「よくぞ採り上げてくれた!」と言いたい存在です。
 僕は田山さんやナンシーさんの「晩年」を田山さんの『パチプロ日記』やナンシー関さんの評伝で読んでいますので、ちょっと物足りなく感じるところもあるのですけどね。この本では、「有名すぎる人」はあえて少なくして「知る人ぞ知る」存在にスポットを当てているようなので、晩年に興味が湧いた人がいれば、その人に関連した作品に触れてみると良いかもしれません。

 この本を読んでいると、「一発屋」というか、「大きな事件などで有名になった人」も、その後、人生は続いているし、「あの人は今」で期待されているような「栄光からの転落」を見せてくれる人ばかりではない、ということもわかります。

 1980年に「1億円を拾った男」として話題になった大貫久男さんのことは、記憶に残っている人も多いはずです。
 僕も子どもの頃、あのニュースを見て、足元をちゃんと見て歩くようになりました。ほんの一時期だけで、また本を読みながら帰るようになりましたが。
 でも、「落とし主が現れずに、拾った1億円をもらった」大貫さんが、その後どうなったか、ご存じでしょうか?

 一時所得と見做された1億円のうち、税金3400万円を一度に収めた。拾得翌々年に買った墨田区の3LDKマンションが3690万円、これも現金で支払った。残る3000万円から家族5人分の保険を一括前払いした。
 そんな1億円の使い道と、「今でもあの1億円は、コツコツとマジメに働いていた、わたしへの”天からの恵み”だと思っています」という本人のコメントは、それぞれ1991年、95年、98年、2000年に取材された別々の週刊誌で、ほとんど一字一句違えず繰り返されている。偶然得た大金は、必ずや人生の失敗につながるはずだというマスコミの「期待」は裏切られた。取材が間遠になったのはそのせいだろう。
 1981年に生まれた初孫の女の子は後年、吉本興業所属のお笑い芸人「タカダ・コーポレーション」の「大貫さん」の芸名で活動した。小学校時代の彼女が、おじいさんは1億円拾った人だと旧友に自慢してもまったくウケなかったのに、芸人になったのちは、客の年齢が高い浅草などではびっくりするほどウケた。その時はじめて彼女は、おじいさんはエラかったんだなあ、と思った。
 還暦を過ぎてからの週刊誌取材で大貫久男は、こんなふうに語っている。
 すでに3人の子どもは独立して妻と2人暮らし、借金が生来嫌いで現金主義、株、不動産投資はプロ野球の江川、桑田、歌手の千昌夫を反面教師として手を出さない。趣味のテニスは区営コートの月5000円の会員となって、区のレベルでだがシニアクラスの強豪のひとりだ。好きな海釣りを月1、2回。60歳で定年を迎えたが、社長に体力を買われていまも現役だ。1億円のうちからまとめ払いした個人年金が年120万円くるが、厚生年金と国民年金はまだもらっていない──。


 大貫さんは、1億円拾ったことで周囲があわただしくなり、働いていた運送会社を辞めなければならなくなったそうですが、騒ぎが治ってからは、近くの別の運送会社でドライバーの仕事を続けていたそうです。

 宝くじの高額当選で急に大金を得た人は、金銭感覚が狂ってしまったり、周囲の人の態度が変わり、お金目当ての人がたくさん寄ってきたりと、「かえって不幸になる」ことが少なくないと言われています。宝くじを施行している側もそれを知っていて、「高額当選した人のための小冊子」も用意されているそうです(残念ながら、僕がそれを目にする機会はこれまでありませんでしたが)。
 スポーツ選手や芸能人も、成功して大金持ちになったものの、浪費や事業の失敗などで、後半生に落ちぶれてしまう人が少なくないのです。
 また、そういう「転落劇」をメディアや世間の人々は期待しているところもあるです(もちろん僕もそういう「黒い期待」をしてしまう人間のひとりです)。
 しかしながら、大貫さんのように「面白くもなんともない、堅実な後半生」を送る人もいる。
「楽あれば苦あり」とか、「そんな良いことばかり続かないさ」なんていうのは、うまくいかない人間たちの願望でしかない。

 ただ、大貫さんは、当時としては比較的若い年齢で亡くなられています。
 これも「長い間苦しまないで逝けたのだから羨ましい」とか、「幸運の反動がこういう形で現れたのではないか」とか、色々「解釈」したくはなるものですね。


 『人間臨終図巻』の著者である、山田風太郎さんの「晩年」も紹介されています。

 九百二十余人の今わの際の言葉で最大の傑作は、と山田風太郎に尋ねたことがある。すると、勝海舟の「コレデオシマイ」、と間髪を入れず返ってきた。
 1899(明治32)年、76歳で死んだ勝海舟の最後の言葉「コレデオシマイ」は、「猛烈の機尽きて慈恩の相現われ、あたかも仙客に対する」ごとき死に顔のかたわらに坐していた「頭巾をいただける老媼」から、旧幕臣の文学者・戸川残花が聞いたのである。老婦人は海舟の妹順子で、佐久間象山に嫁し、1864(元治元)ねんに象山が暗殺されて以来35年の長きを寡婦として過ごした人であった。
 もっとも身につまされた最後の言葉は、という問いには、近松門左衛門だなあ、と山田風太郎はいった。
 67歳で『心中天網島』、69歳で『女殺油地獄』を書いた近松は1724ねん(享保九)年、自らの画像に賛をして、こう記した。
「隠に似て隠にあらず、賢に似て賢ならず、物知りに似て何も知らず」「口にまかせ筆に走らせ一生を囀りちらし、今わの際に言うべき思うべき真の一大事は一字半言もなき倒惑」
 自分は大近松の足元にもおよばないが、物語を「口にまかせ筆に走らせ」てきたのは同じだから、この言葉は痛切に感じられる、と山田風太郎は言った。
 「明治もの」を終えたあと、山田風太郎は『室町少年倶楽部』(1989年)等で、やはり善悪混迷の室町時代をえがき、69歳で江戸初期を舞台にとった『柳生十兵衛死す』(1991年)を書いたが、そこで小説の筆を擱いた。
「自分はウソ八百の奇譚、妖説しか書いていない。そんなものなら年齢に関係なく、いくらでも出てくる」、そう思っていたのだが、それが出てこなくなった。この「天才老人」にして加齢には勝てなかったのである。


 さまざまな人の「死」「臨終」について調べ、書いてきた山田風太郎さんでも、「悟れない」のが「死」というものなのかもしれません。僕からすると、70歳くらいまで「ウソ八百の奇譚」が出てくるってすごいな、と感心するばかりなのですが。僕の場合、年齢とともに、「新しいこと」や「突飛な発想」って、浮かんでこなくなってきたので。


 これまでよく知らなかった人でも、ここに書かれている「生きざま、死にざま」を読むと、「こんな人がいたのか」と興味が湧いてくるほんでした。
 あと、落語家の項は、似たような名前が多くて、あまり詳しくない僕にはけっこう辛かった。リチャードとルイばっかり出てくるヨーロッパ中世史を読んでいるみたいで。
 日本の戦国時代とかを外国の人が学ぼうとするときも、きっと多くの人が「なんでみんな似たような名前にするんだよ!」って思うのだろうなあ。


fujipon.hatenadiary.com

アクセスカウンター