琥珀色の戯言

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【読書感想】マトリ 厚労省麻薬取締官 ☆☆☆☆

マトリ 厚労省麻薬取締官 (新潮新書)

マトリ 厚労省麻薬取締官 (新潮新書)

  • 作者:瀬戸 晴海
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2020/01/16
  • メディア: 新書


Kindle版もあります。

マトリ―厚労省麻薬取締官―(新潮新書)

マトリ―厚労省麻薬取締官―(新潮新書)

  • 作者:瀬戸晴海
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2020/01/24
  • メディア: Kindle

内容(「BOOK」データベースより)
「俺たちは、猟犬だ!」激増する薬物犯罪に敢然と立ち向かうのが厚生労働省麻薬取締官、通称「マトリ」だ。麻薬、覚醒剤など人間を地獄に陥れる違法薬物の摘発、密輸組織との熾烈な攻防、「運び屋」にされた女性の裏事情、親から相談された薬物依存の子供の救済、ネット密売人の正体の猛追、危険ドラッグ店の壊滅…約四十年間も第一線で戦ってきた元麻薬取締部部長が薬物事犯と捜査のすべてを明かす。本邦初の稀少な記録。


 大物芸能人Aの薬物での逮捕に向けて、「マトリ」が動いているらしい、というような記事をゴシップ系のスポーツ新聞や週刊誌の表紙で見かけることは多いですよね。
 そのたびに、「誰だろう?」なんて、あれこれ想像してみるのですが、「マトリが動く」というのはどういうことなのか、あまり考えたことはなかったのです。
 さまざまな情報から下調べをして、証拠がそろった時点で家に踏み込んで決定的な証拠(薬物そのものや注射器など)を押収し、麻薬使用者を逮捕するのが仕事、だとは思うのだけれど、「マトリ」は、「警察官」とはどう違うのか?
 職名はよく聞くけれど、その実態についてはほとんど知られていない「マトリ」こと「厚生省麻薬取締官」の実際の仕事の内容について、元取締官が紹介しているのがこの本です。

 マトリには、約300名の麻薬取締官が存在している。麻薬取締官は薬物犯罪捜査と医療麻薬等のコントロールに特化した専門家で、半数以上を薬剤師が占めている。おそらく世界最小の捜査機関である。名前は知っていても、その実態を認知している人は少ないだろう。

 では、麻薬取締官にはどのような人がなるのか。
 具体的には、(1)薬剤師又は薬剤師国家試験合格見込み者(薬剤師免許の取得が採用条件)、そして、(2)国家公務員一般職試験合格者 のうちから面接採用している。私は薬科大学を卒業し、(1)からこの道を選んだ。薬剤師を採用するのは、麻薬取締官の業務を進めるうえで、薬物の作用機序(生体に効果を及ぼす仕組み)、体内代謝、または薬物の化学分析に関する専門知識が必要となるからだ。現在、規制薬物は2000物質を超え、しかも年々増加する一方である。信薬物の調査、分析のために一定数の薬剤師を配置する必要がある。無論、薬剤師でも厳しい捜査現場に出ることは間違いなく、昇進などにおいて特別扱いされることは一切ない。
 薬剤師と一般職との割合は、現状では薬剤師が約65%、一般職が約35%、司法業務に携わるため、一般職採用では法律専攻者が多い。語学、経済学・電子工学の専攻者も存在しており、それぞれが専門知識を存分に発揮している。近年では女性取締官も増加していて、全体の約2割を占めている。

 
 麻薬取締官って、全国に300人しかいない、専門知識と高度なトレーニングを受けた集団なのです。
 薬剤師が65%、というのはちょっと驚きました。
 仕事の内容を考えると、薬物や化学の基礎知識は必要だとは思うのですが(危険ドラッグが流行していたときには、次から次へと、新しい「まだ規制されていないドラッグ」が生まれていて、それを取り締まる側は、その危険性を確認していかなければならず、大変だったそうです)、薬剤師といえば、十分稼げる資格であり、捜査官になろうと思って薬学部に入る人は少ないと思われます。
 暴力団とか半グレ集団と相対することも多いので、警察官のような訓練も受けているのです。
 やりがいのある仕事だとは思うけれど、「薬剤師」から「マトリ」の一員になるというのは、かなり劇的な人生の変化ではなかろうか。


 マトリは、さまざまな現場で、麻薬の売人たちを逮捕し、末端の店を潰しているのです。わずか300人で、八面六臂の大活躍。もっとマトリの人数がいたほうが良いのでは、とも思うのですが、専門性が高く、リスクもある仕事ですし、そんなに多くの人を採用できないのかもしれませんね。

 一昔前は、暴力団や半グレ、イラン人をはじめとする外国人密売人、あるいは高額な報酬目当てに手伝っている人を末端で抑えればよかったのですが、インターネットの普及によって、麻薬は「一般人でも手軽に、誰にも会わずに買える」ものになってしまったのです。この本のなかにも、興味本位で手を出して、人生を狂わせてしまった大学生が紹介されています。
 なんのかんの言っても、「売人」に会って「取引」するのに抵抗がある人は多いはずです。暴力団とかだったら、かかわったら、後で脅迫されるのも怖い。
 でも、ネットで買えて、中身のわからない小包で送られてくるのなら、ハードルはだいぶ下がります。


 ネット通販の普及は、「売る側」にも劇的な変化をもたらしました。

 危ない橋をわざわざ渡る必要もなければ、客や仕入先と顔を合わせる必要もない。それゆえ、多くのネット密売人は罪の意識とは無縁である。そこで思い出すのが、プロ級のIT知識を有し、3ヵ国語を解する20代のエリート青年だ。彼もまたマトリに逮捕され、取り調べに対してこう述べている。
「一体、どこにミスがあって発覚したのかわかりません。ネットで集めた仲間とはお互いに顔を合わせたこともないし、飛ばしの携帯を使って”消えるSNS”でやり取りしていた。僕自身は家も持たず、ホテルを転々としていたし、出掛ける時はいつもサングラスに帽子、マスクをつけていた。ブツは殆どが外国産で、決裁は仮想通貨。うーん、どう考えても足がつかないはずなのに、どこでミスを犯したんだろう……。刑務所でゆっくりと分析してきます。次は完璧を目指しますよ」


 こういう人が、仲間や客と顔を合わせることもなく、「売人」になれるのがインターネット社会なのです。
 相手の顔がみえなければ、罪の意識というのも軽くはなるのでしょうし(客に対して罪を感じるような人は、こういう商売はあまりやりそうもないですが)。

 近年は、麻薬取締官もITの勉強をして、このようなネット経由の売買に眼を光らせているそうですが、ネットで行われている取引を隅々まで把握するというのは不可能です。
 取締官は300人、日本で麻薬を売る人、買う人は、その何百倍もいるのだし。
 どんな有名芸能人が捕まって大バッシングされても、やる人はやる。依存症になったら、やめたくてもやめられない。


 アメリカの一部の州での大麻の合法化を踏まえて、日本国内でも「大麻解禁論」を主張する人が出てきています。「大麻は無害だ」と。それに対して、著者は、こう述べています。

 大麻は、「gateway drug(門戸開放薬)と言われる。大麻の使用が、他の違法薬物の使用に繋がる重要なステップになるということだ。
大麻使用者の26%が、他の違法薬物を使い始めた」という米国の研究結果もある。現場捜査員の感覚からしても、この指摘は的を射ているように思う。
 近年、麻薬取締部が検挙した大麻事件では、約20%が他の薬物を所持したり、実際に使用したりしていたと供述。大麻使用者が同時に所持していた薬物は、覚醒剤が半数を占め、次いでコカイン、LSD、危険ドラッグが挙げられる。また、大麻事件での検挙者は、覚醒剤事犯の検挙者と比較して初犯者が多く、暴力団員が少ないのが特徴で、年齢層も30代以下が約半数を占める。こうした実情を踏まえても、大麻は若者が手を出し易い「gateway drug」と言えるだろう。
 2017年に国立精神・神経医療研究センターが実施した「薬物使用に関する全国住民調査」で興味深い結果が示されている。
大麻の生涯経験率が上昇し、モニタリング期間中、最も高い数値となった。大麻の推計使用人口は133万人(覚醒剤は50万人、危険ドラッグ22万人)。10〜30代で大麻使用を容認する考えを持つ者が増加。国内で大麻が最も乱用される薬物となったと言える。大麻使用者の増加が一時的なものか、或いは大麻を中心とする欧米型への構造的な変化と言えるのか、今後、モニタリングを継続しながら判断していく必要がある」
 我々世代の「gateway drug」といえばシンナーなどの有機溶剤だった。読者も「シンナー遊び」という言葉を記憶しているのではないだろうか。これが時代の流れのなかで変化を遂げ、現在は大麻なのである。


 こういう話を知ると、「仮に大麻が害の少ない薬物であっても、解禁は危険だ」と思いますよね。
 嗜好品というのは、より効果の強いものに引かれて行く人が、少なからず出てくるものですし。
 長年の中島らもファンの僕は、「大麻は嫌いでも、らもさんは嫌いになれないよなあ」なんて考えてしまうのですが、らもさんの作品への愛着で、大麻を甘くみてはいけないな、と思い知らされました。
 
 ただ、麻薬というのは、医療の世界においては、末期がんの苦痛を和らげたり、外科手術を安全に行うために必要不可欠なものであるのも事実です。
 だからこそ、麻薬取締官を管轄するのは厚生労働省になっているのです。

 「マトリ」の名前は知っていても、その正体を知らなかった僕には、とても興味深い内容でしたし、覚醒剤をはじめとする薬物依存者のエピソードには心底怖くなりました。
 大麻くらいなら良いんじゃない?とか、「自分は意志が固いから、依存なんてするわけがない」と思っている人、ぜひ、この本を読んでみてください。


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〈麻薬〉のすべて (講談社現代新書)

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【カラー版】アヘン王国潜入記 (集英社文庫)

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アマニタ・パンセリナ (集英社文庫)

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