琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】日々我人間3 ☆☆☆☆☆



Kindle版もあります。

週刊文春大人気連載「日々我人間」、待望の第三巻が発売に!
150回分の連載をたっぷり収録。

伊豆の山奥での独り暮らしも、いよいよ八年目に突入。
ムカデとの闘いに奮闘し、台風に備え、温泉でマナーの悪い客にムッとする。
そんな玉さんもついに還暦を迎え……。

本編「あとがき」では、二年前のクリスマスの日、「死を覚悟した」という衝撃体験を初告白。いったい玉さんの身に何が起きたのか……!
週刊文春エンタ!」掲載の番外編(スパイの回)も特別収録。


 連載がはじまったときには、「あの桜玉吉さんが、『週刊文春』で連載するのか!」と小学校時代の同級生がメジャーリーグに挑戦するような気持ちになったものですが、これでもう3巻め。玉吉さんもついに還暦になってしまいました。

 『ファミ通』で、『しあわせのかたち』を連載しはじめて、流行りのテレビゲームを題材にしていたのに、いつの間にか日記マンガになってしまった頃から読み続けている僕としては、「ああ、玉吉さんが還暦なんだから、僕も50歳とかになるよなあ」と感慨深いものがあるのです。
 玉吉さん自身も、『コミックビーム』などで、諸事情で休み休み作品を描き続けながらの還暦突入。
 あらためて考えてみると、「あの桜玉吉さんが『週刊文春』に!」というよりは、「僕のような桜玉吉さんの漫画をずっと読んできた世代が、『文春』読者のボリュームゾーンを形成するようになったから、玉吉さんが起用され、連載が続いている」ということなのでしょうね。

 玉吉さんの伊豆でのひとり暮らしも、もう8年になるのか……
 編集者とのエピソードや「ぱそみちゃん」とのやりとりなどを描いていた時期を思うと、絵柄も内容も「枯れてきた」とは言えるのかもしれませんが、玉吉さんは別に何かを悟ったという様子もなく、新型コロナ禍の中で、他県ナンバーであることの恐怖に怯えつつも、車で移動しないと生活できない環境で伊豆暮らしを続けているのです。

 こんなに長く、ひとりで生活しているにも関わらず、玉吉さんは「聖人」になることもなく、日々の楽しみ(風呂とか、コンビニでの買い物とか)を繰り返しながら生きている。

 もうダメだ、と精神的に落ち込み、空腹も重なってぐったりしているときに、『日々我人間2』の印税が振り込まれているのを確認して急に元気が出て、「この時思った。お金って免疫力上げる!」という回を読んで、「わかる!」と頷かざるをえませんでした。
 人生、お金じゃない、とは思いたいのだけれど、やっぱり給料日は僕も嬉しい。というか、嬉しすぎて、給料日になると「ああ、これで次の給料日まで、あと1ヶ月もあるのか……」と落ち込んでしまうこともあります。
 アニメの『ちびまる子ちゃん』で、マラソン大会が大嫌いなまる子が、マラソン大会の直前に「今年のマラソン大会が終わっても、来年になったらまた次のマラソン大会がある……」と、どんよりしていたエピソードを思い出すのです。

 コンビニでコーヒーを買ったときに、レジ打ちの途中で、店員さんに頼んでコーヒーマシーンにセットし、会計が終わるときには完成したコーヒーを手に入れる、というのも、「ああ、僕もこれ、できればやりたい!」のです。
 でも、伊豆でひとり暮らしをしていて、ムカデと戯れながら(虫対策はそんなに甘いものではないだろうけど)原稿を描く生活をしている玉吉さんが、そんなに「時間効率」みたいなものにこだわる必要性があるのかどうか。
 立体駐車場で、毎回、「混んでいる回よりも上の階のエレベーターからの距離が近い場所に停めて、「ひとつ上に行くだけで、こんなに歩く距離が短くなるのに、みんな大局的な思考が足りないな」なんて悦に入っている僕も同じだよなあ、と。
 競馬に大金を賭けながら、スーパーで「1円でも安いもの」を買おうとするのと同じような「不条理なこだわり」には、悲しい共感を抱かずにはいられないのです。

 玉吉さんは、これからいよいよ差し迫ってくる「老い」に対して、なんらかの人生設計を持っているのだろうか。
 伊豆の家は、高齢者がひとりで生活するには厳しい環境だよなあ。この巻では、車も使えなくなってしまっているし。
 日本全体の住宅事情としても、憧れのマイホームを郊外に建てた人たちが、老いと過疎化(地元で買い物ができる場所の減少など)で持ち家での生活が困難になり、駅に近いマンションやアパートでの生活に戻ってきている、というのが現実なんですよね。

 日常を繰り返しているうちに、いつの間にかこんな年齢になってしまった、のだろうか。
 そして、とりあえず、この生活ができるあいだは、これをなんとなく続けていくのか。
 ああ、僕もそんな感じで、ここまで来てしまったな。

 桜玉吉さんに関しては、もう、好きとか嫌いとか良いとか悪いというのではなく、同じ時代を生きてきた人間として、作品を描いてくれているかぎり、あるいは、僕が生きているかぎり、「見届けたい」というのが僕の気持ちです。他の作家に、こういうことを感じることはないのだけれど(筒井康隆さんや村上春樹さんは「仰ぎ見る存在」ですし)。

 桜玉吉という人生を見届けたい。でも、僕より先に死なないでほしい。ああ、人間って、めんどくさいよね。


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