琥珀色の戯言

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【読書感想】押井守の映画50年50本 ☆☆☆☆

押井守の映画50年50本 (立東舎)

押井守の映画50年50本 (立東舎)

  • 作者:押井 守
  • 発売日: 2020/08/12
  • メディア: 単行本


Kindle版もあります。

押井守の映画50年50本 (立東舎)

押井守の映画50年50本 (立東舎)

押井守が高校生だった1968年から始まる、極私的映画史50年。

「1年に1本のみ」という縛りで選ばれた、
50本の映画解析。
キューブリックタランティーノポン・ジュノからデル・トロまで
押井守の映画半世紀!

「前書き」より
そんな映画まみれの男にその映画人生を回顧させつつ、昔はものを思はざりけり(権中納言敦忠)の高校時代から現在に至るまで、その年ごとに公開された映画の中から1本の映画を選ばせて(思い出させて)語らせたら、映画マニアあるいはシネフィルと呼ばれる読者になにがしか益するところがあるのではないか。あわよくば高度経済成長からバブルを経て昨今のヘタレた日本の戦後史の一部を、映画を通じてフレームアップできるのではないか--と、企画者および編集者は考えたのでしょう(確信的推論)。


 1968年『2001年宇宙の旅』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』から、2017年の『シェイプ・オブ・ウォーター』まで。
 映画監督の押井守さんが、高校時代から現在まで観てきた映画を「1年に1本」だけ選んで語っている本です(1968年だけ、この本の「基本方針」を明示するために、2つの作品が出てきます)。
 

「前書き」で、押井さんは、こんな話をされています。

 「映画を見ること」と「見た映画について語ること」は別の経験に見えて、その実は全く同一の経験である──いや、より正確に言うなら「映画を見ること」は「見た映画について語ること」によってしか成就しない、「映画は語られることによってしか存在し得ない」のだとして、しかし振り返ってみればその「語られた映画」と「見られた映画」は、実は依然として全く別に存在するものなのだ、という不可思議さこそが「映画を見る」という行為の真相なのです。ややこしい言い方をして恐縮ですが、50本の映画を語った後で思うことは、実はそのことだけでした。
 思い起こした時間の先にある映画、思い起こされた映画は、実は思い起こすという行為がそうであるように、常に現在ただいまの映画としてしか存在し得ないのではないか。


 うーむ、正直、僕がこの言葉の意味を正しく理解できている自信はないのですけど、この本での押井さんは、徹頭徹尾「自分にとっての、この映画」を語り続けているのです。映画史における意義とか、世間での評価を「解説」するのではなく。
 僕は押井監督の映画も文章も「流行ったものはチェックしている」というくらいの観客であり、押井監督がこの本のなかで再三嘆いておられる「お前は『パトレイバー』と『攻殻機動隊』だけ作っていればいいんだ、と、それ以外の実写作品などを否定する人々」の一員ではあるのですが(『イノセンス』と『スカイ・クロラ』はすごく好きです)。
 押井さんの50年間の回想に並走していくと、『パトレイバー』みたいな作品ばかり作ろうとしたら、『パトレイバー』は作れない、ということもなんとなく理解できました。
 そして、押井さんの「映画語り」は、きわめて私的なもので、こんなのファン以外は喜ばないんじゃないか、と思いながら読んでいくうちに、「この本は、私的であるがゆえに、ものすごく面白いし、意義があるのではないか」という気がしてきたのです。
 
 映画監督としての視点で語られているところもたくさんあるのです。


 1979年の『ウォリアーズ』(ウォルター・ヒル監督)より。

──この年の1本は『ルパン三世 カリオストロの城』か『エイリアン』だろうと思っていました。


押井守いや、ウォルター・ヒルの『ウォリアーズ』を選びたい。公開当時めちゃくちゃ気になって、見たらとても面白かった。そして初めて実写映画に挑戦する際にとても参考になった。


──千葉繁さん主演の『赤い眼鏡』ですね。


押井:紅い眼鏡』は、声優界の名だたる人間が総出演しているけども、一般的には、すくなくとも当時の世間的には、ほぼ全員無名に近い。『ウォリアーズ』もスターは1人も出ていない。だから親近感をおぼえた。自主映画でアクションをやる際の参考になると思ったんだよね。殴り合いはあるけども、ほとんど走りまわっているだけ。しかも夜のシーンばかり。『紅い眼鏡』が夜のシーンばかりになったのはこれの影響もある。夜のシーンは、撮影的にさまざまな問題を解決しやすい。まずエキストラが要らない。夜のシーンであれば、通行人が出てこなくても違和感はないわけだ。あとは照明でシネマティックな効果を出しやすい。極端な照明にして、あとは道路に水を撒けば雰囲気が出てくる。この映画がまさにそうなんだけど、安い映画であることがわかりにくくなっている。とても参考になった。ただ問題があって、『紅い眼鏡』は『ウォリアーズ』をめざしたんだけど、思うように衣装を揃えることができなかった。


 1982年の『ブレードランナー』より。

押井:SF映画って、いかに予算と闘って最大の効果を出すか、そのために何をするかっていう、その引き出しの多さで決まる。『ブレードランナー』は名シーンが多い。ある意味で言えば、すべていいシーンなんだけど、冷静に見ると実はあちこちへこんでいるんだよ。初見のときはシビれっぱなしで気づかないんだけど。たとえばアジア系の博士が冷凍室で人造人間の目玉を製造しているシーン。あそこのセット、スカスカだよね。


──気づきませんでした。


押井:『エイリアン』の「ものすごい嵐だ」と同じ。冷凍室という設定にすることで全体を凍ったように白くして、博士に毛皮を着せてボリューム感を出して、そうやって画面のスカスカ感をごまかしている。だから『ブレードランナー』も、けっこうへこんでいるところはあるんだよ。だけど、どのシーンを盛って、どのシーンをごまかすかは、実写だけじゃなくてアニメでも、どんな映画でも必ずある。映画作りは常に一事が万事で、限られた予算と時間のなかで、演出的にどこをどうかわして、それを逆手にとって何を表現するか? 映画監督の仕事って実はこれに尽きるんだよ。


 40本も監督をやってきた人が、こういう話を率直にしてくれるのです。
 映画は予算が多ければいい、名優が大勢出演していればいい、というわけじゃなくて、そのテーマにふさわしいスケール感というのがある、ヒット作の続編は、お金がかけられるようになってダメになってしまうことがある、というのは、映画を観続け、撮り続けてきた人だからこその実感だと思うのです。


 個人的には、1988年に『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』が挙げられていたのが、なんだかとても嬉しかったのです。
 この映画、僕は高校時代に映画館で観たのですが、当時は「なんで『Zガンダム』でせっかく和解したアムロとシャアをこんな目に遭わせるんだよ……しかも、シャアはあまりに『懲りない男』すぎるだろ……しかもあのエンディング、僕の『ガンダム』を返せ!」って思ったのです。

 でも、今になって思い出すと、ああいう形で「幕引き」が行われたのも、それなりに悪くなかったのかな、という気がするのです。
 こういうのが、「映画は、いまの自分がその作品について語ることでしか成立しない」ということなのだろうか。

押井:シチュエーションだけではなく、台詞にもケレン味がある。「人類を粛正してやる」なんて台詞は、ほかの監督が使ったら「何様だよ!」って話になるし、「思い上がるな!」と思うんだけど、富野さんが使うと、ものすごくナチュラル。


──ナチュラル(笑)。


押井:ずっとロボットアニメをやってきた富野さんだから許される台詞であり、納得できる台詞なんだよ。


──なるほど。そうですよね。


押井:富野さんのアニメは、延々としゃべっているからね。アクションしながら議論している。僕どころじゃないよ(笑)。「押井映画は台詞が多すぎる」ってしょっちゅう言われるけどさ、「だったら、なんで富野さんのことを誰も文句を言わないわけ?」って話だよね。


──恨んでいるんですね(笑)。


押井:恨んでないよ。共感しているんだよ。僕は富野さんのことが好きなんだよ。実は宮さん(宮崎駿)も富野さんのことが大好きなんだよ。宮さん、よく富野さんに電話しておしゃべりしていたからね。宮さんと富野さんって実は仲良しなんだよ。


 押井監督が語っている映画、とくに最近のものは、僕も観た作品がけっこう多いのですが、『ウォッチメン』とか『ゼロ・ダーク・サーティ』とか、僕にとってはあまり印象に残らなかった作品も、この本を読むと、もう一度観直してみたくなるのです。
 「紹介しているのは、自分にとって語るべき1本であって、その年のベストというわけじゃない」と押井監督は何度も仰ってはいるのですが。

 押井監督に全く興味がない人には手に取りづらいかもしれませんが、むしろ、そういう「押井守をよく知らない映画ファン」が読むと、世界が広がる本ではないか、と思います。
 極めて個人的なことを語っているからこそ、唯一無二の貴重な「公の財産」になっている、そんな一冊です。


fujipon.hatenadiary.com

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