琥珀色の戯言

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【読書感想】奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語 ☆☆☆☆

奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語

奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語


Kindle版もあります。

奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語

奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語

内容紹介
本書で紹介する奇書とは、数“奇”な運命をたどった“書”物です。

「かつて当たり前に読まれていたが、いま読むとトンデモない本」
「かつて悪書として虐げられたが、いま読めば偉大な名著」

1冊の本を「昔」と「今」の両面から見ると、時代の流れに伴う価値観の「変化」と「差分」が浮かび上がります。
過去の人々は、私たちと比べ、「どこまで偉大だったか」「どこまで愚かだったか」――。
これらから得られる「教訓」は、私たちに未来への示唆を与えてくれるでしょう。


【目次】
魔女に与える鉄槌
 ~10万人を焼き尽くした、魔女狩りについての大ベストセラー
台湾誌
 ~稀代のペテン師が妄想で書き上げた「嘘の国の歩き方」
ヴォイニッチ手稿
 ~万能薬のレシピか? へんな植物図鑑か? 未だ判らない謎の書
野球と其害毒
 ~明治の偉人たちが吠える「最近の若者けしからん論」
穏健なる提案
 ~妖精の国に突き付けられた、不穏な国家再建案
天体の回転について
 ~偉人たちの知のリレーが、地球を動かした
非現実の王国で
 ~大人になりたくない男の、ネバーエンディングストーリー
フラーレンによる52Kでの超伝導
 ~物理学界のカリスマがやらかした“神の手”
軟膏を拭うスポンジ / そのスポンジを絞り上げる
 ~奇妙な医療にまつわる、奇妙な論争
物の本質について
 ~世界で最初の快楽主義者は、この世の真理を語る
サンゴルスキーの「ルバイヤート
 ~読めば酒に溺れたくなる、水難の書物
椿井文書
 ~いまも地域に根差す、江戸時代の偽歴史書
ビリティスの歌
 ~古代ギリシャ女流詩人が紡ぐ、赤裸々な愛の独白
月世界旅行
 ~1つの創作が科学へ導く、壮大なムーンショット


 この本の冒頭でも言及されているのですが、夢野久作ドグラ・マグラ』、小栗虫太郎黒死館殺人事件』、中井英夫『虚無への供物』が「日本三大奇書」として知られています。
 この「三大奇書」から受ける「奇書」のイメージは、僕にとっては怪奇、猟奇、あるいは奇妙さ、というものなのですが、ここでは、時代の変化や時間の経過によって人々の受け止め方が変わってしまった、数奇な運命をたどった本、というコンセプトでさまざまなジャンルの作品が集められているのです。
 
 ああ、こういう仕事って、一昔前は『と学会』の人たちがやっていたんだよなあ……と思いながら読みました。
 
www.togakkai.com


 『と学会』は現在も活動中なんですけどね。


 『魔女に与える鉄槌』の項より。

 『魔女に与える鉄槌』と題されるこの本は、魔女の危険性を訴えるだけのものではありませんでした。クラーメルが異端審問官として培った、

「魔女を見つけだす技術」
「魔女を自白させるための効果的な拷問法」
「処刑のための教義的に正当な方法」

 などが事細かに記されていたのです。まさに魔女狩りのためのハウ・ツーです。
  本書には次のような一節があります。

 女はその迷信、欲情、欺瞞、軽薄さにおいてはるかに男をしのいでおり、体力の無さを悪魔と結託することで補い、復讐を遂げる。妖術に頼り、執念深いみだらな欲情を満足させようとするのだ。
     「ユリイカ」(1994年2月号、青土社)より引用


 この文章からも分かるように、クラーメルの女性に対する不信感は並々ならぬものがあったと推察されます。
 実際、「魔女」とされてはいるものの、当時、魔術を使うとされた人間は必ずしも女性に限ったものではありませんでした。しかし、クラーメルはとりわけ女性に対する記述を多く記しています。


 2019年の日本で生きている人間の感覚としては、「なんなんだこれは……」としか言いようがないのですが、これを「ハウ・ツー本」として多くの人が参考にしていた時代があったのです。
 そして、この本が社会に大きな影響を与えた背景には、活版印刷術の普及がありました。
 印刷術によってたくさんの本が短期間で刷られ、当時、まだ珍しかった「本」に書かれている、というだけで、人々はそれが権威であり、正しいもののように感じやすかったのです。
 それは別にこの時代に限ったことではなくて、インターネットが普及しはじめのとき、「ネットには本やメディアには書けない『真実』が書かれている」と思い込んでいた人が少なからずいたんですよね。
 テクノロジーは必ずしも人を幸福に導くとはかぎらない。
 全体としては、プラスになることが多いのだとしても。


 著者は、『魔女に与える鉄槌』について、こう述べています。

 本書は全編にわたり、特定の宗教・宗派を批判する意図は一切ありません。かつてキリスト教の一部の思想を拠り所として行われた魔女狩りですが、これは時代や場所が変われば別の宗教や主義主張のもとでも行われています。たとえば、アステカ王モクテソマ2世は、メキシコ中の魔術師とその家族を虐殺した記録が残っています。また16世紀のアンゴラでは、旱魃を起こした疑いで「天候を操る」とされた人々が殺害されました。こうして歴史を眺めてみると、「鉄槌」に類する主義主張が数多く見つかります。
 この本を「良書」と呼ぶか「悪書」と呼ぶかを判断するのなら、多くの人は「悪書」と断ずるでしょう。しかしそれは、現代の価値観に基づいたものにすぎません。かつてはこの本が(局地的ではあったにせよ)「良書」として扱われた時代があったことを忘れてはならないのです。


 たしかに、この本が最初に世に出た1486年から17世紀半ばくらいまでのキリスト教徒に同じ質問をすれば「良書」という答えがほとんどだったのではないでしょうか。

 いまの世の中で「正しい」と思われていることにも、未来の人からすれば「あいつらは、なんであんなことを信じていたんだ?」と呆れられるものがたくさんあるのではないかと思います。
 ただ、こうして「本」や「記録」が残っているということによって、後世の人たちが検証できるようにはなったのです。

 たとえば料理中に刃物で負傷したとします。そのとき私たちは傷口に薬を塗ったり、絆創膏を巻いたりと、早く治すための処置を行います。
 一方、「武器軟膏」(weapon salve)は傷口には塗りません。刃物や武器で負傷した際、傷を負わせた武器や刃物に軟膏を塗ることで、その傷口を治療できるというのです。17世紀に英訳された魔術の手引書『Archidoxes of Magic』によると、軟膏は人の脂、ミイラ、人の血液、野ざらしの人骨に生えたコケなどから生成すると紹介しています。製法や用途を知れば、迷信や魔術の類にしか思えません。しかし当時、医者をはじめとする知識人たちは、この治療法について大真面目に研究をしていたのです。
 武器軟膏が一般的に知られるようになったのは、『Archidoxes of Magic』の著者でもある、パラケルススこと、テオフラストゥス・フォン・ホーエンハイムによります。


 これを読んで、ほとんどの人は「そんなの効くわけないだろ、RPGの回復呪文じゃあるまいし……」と呆れたのではないでしょうか。僕もそうでした。
 ところが、ケネルム・ディグビーという人は、この武器軟膏についての対照実験を行い、武器軟膏に効果があったことを報告しているのです。

 負傷した兵士を無作為に2つのグループに分け、一方には当時一般的に使われていた傷薬を、もう一方には武器軟膏での治療を行いました。その結果、「武器軟膏」で治療を行った兵士のほうが、明らかに傷の治りが早かったのです。


 そんなことがあるはずないだろ、この実験結果は「捏造」じゃないの?
 僕はそう思ったのです。
 でも、そうではありませんでした。
 こういう結果が出た理由についても、この本に書かれていますので、興味を持った方は、ぜひ手にとってみてください。

 ネットでも「ソースを出せ!」と言う人は多いけれど、その「ソース」が妥当なものか自分で分析できる人というのは、かなり少ないのです。
 
 ヘンリー・ダーガーから、論文捏造、タイタニックとともに沈んだ「呪われた本」まで、さまざまな「奇書」が紹介されています。
 それと同時に、ジュール・ヴェルヌが描いた『月世界旅行』というフィクションに魅せられた人々が、月に人間を到達させた、という「本、あるいは物語のプラスの力」も書かれているのです。

 本好きにはたまらない、そして、本を読む姿勢について、あらためて考えさせられる一冊だと思います。
 

と学会25thイヤーズ!

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ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で

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