琥珀色の戯言

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【読書感想】国際線機長の危機対応力 何が起きても動じない人材の育て方 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
乗客・乗員の命という重責を背負う機長は、飛行機の操縦、運航をどのようにマネジメントしているのか。コックピット内で副操縦士と何を話し、日ごろの訓練で若者をどう評価し、育てているのか。予測を超えた天候や飛行条件の変化に備え、自動化・AIなど時代の先端技術と向き合い、長時間にわたり正確な判断力を求められる国際線機長。限界状況での仕事ぶりは、われわれの働き方や生活に多くの示唆を与えてくれる。「いま起こっている事象を見て、それに対処するだけの人間は、決してパイロットにはなれない。兆しの段階でそれを捕まえ、それがいかなるものに発展するかを見極め、対処するために様々な対応を行なっておく。そのため、困った事態は何も起こらず、起こった事態はすでに予測済みのものであり、あらかじめ対策がすでに打ってある。これがパイロットの理想の姿である」。未来を変えるために、将来を予測していま行動するプロフェッショナルの哲学。


 国際線のパイロットといえば、憧れの職業のひとつですよね。
 僕は乗り物全般が苦手ではありますが、木村拓哉さんが主演していたパイロット養成のドラマは、けっこう毎週楽しみにしていました。
 その一方で、たしかに、乗客の命を預かる、大変な仕事ではあるけれど、最近は自動運転システムとかが発達してきて、昔よりラクになってきているのでは、とも思っていたのです。

 この本、現役の国際線機長が、「パイロットというのは、こんな仕事なんですよ」と、飛行機好きの素人たちにわかりやすく語ってくれる、やわらかい本、なのかと思いきや、読んでみてちょっと驚きました。
 これは、「教官、あるいは指導担当の機長が、副機長や訓練生を指導するための基本的な心構えとノウハウが書かれたマニュアル」であり、学校の先生や研修医の指導を担当する医師など、多くの、失敗が許されない仕事で、どんなふうに自分を律し、後輩(生徒)を指導していけば良いのか、が書かれた本なのです。
 文章はかなり「堅い」し、読みやすいわけではないのですが、それは、読む側にも「覚悟」を求めているため、のように思われます。

 「失敗してはならない仕事」を担当する人、そして、その人をサポートする立場の人は、どうふるまえば良いのか。
 上司の顔色や機嫌ばかりをうかがって、本当に大事なこと、自分の役割を忘れていることが多いのではないか。

 いま起こっている事象を見て、それに対応するだけの人間は、決してパイロットにはなれない。
 まだ事実が事実としての実態を持たない、兆しの段階でそれを捕まえ、その兆しがいかなるものに発展するかを見極め、その兆しに対応するために様々な対応を行っておく。
 そのため、困った事態は何も起こらず、起こった事態はすでに予測済みのものであり、あらかじめ対策がすでに打ってある。これがパイロットの理想の姿である。
 ゆえに、理想のパイロットのフライトには何も起こらない。それはあたかもついている人間の周りによいことだけが起こり、悪いことが全く起こらないのと似ている。しかしながら、パイロットの場合はその「つき」を自らの判断力と呼び力で引き起こしているところに大きな違いがある。
 飛行機の操縦では将来、自分が困らないようにいま対処しておくのが基本である。何かが起こってからそれに対処しようとする者は、その時点で一歩も二歩も遅れを取っていることになる。


 とんでもないトラブルに見舞われても、なんとか危機を脱するのが凄い人なのだと思われがちなのだけれど、本当に凄い人というのは、細心の注意でそのトラブルを避ける能力が高いため、「何も起こらない、ツイている人のように見えることがあるのです。
 もちろん、トラブルというのは起こるものではあるので、対応力も持っていなければならないのですが。

 この本では、「人の命を預かる」飛行機を運行するスタッフを束ねる立場としての「機長」の役割が、噛んで含めるように丁寧に語られています。
 こんな事例も紹介されているのです。

事例3:1972年12月29日 イースタン航空401便


 この事例では、イースタン航空401便の着陸前に前脚が出たことを知らせる緑のランプが点灯しなかった。パイロットがランプの故障に対処している間に飛行機は高度が下がった。管制官はレーダーを見て高度が下がったのに気づいた。


 アプローチコントロールイースタン、えー401 そちらはどうなってる?」

 パイロットは、管制官が心配しているのは高度のこととは全く思わず、前脚のことだと思った。

 パイロット「OKだ。方向を変えて飛行場に戻りたい」

 管制官は「OK」を聞いて「パイロットは高度のことはわかっているのだ」と安心して、要求どおり方向の指示をした。その後、管制官はほかの飛行機に注意を移してしまった。401便の高度は下がり続け、事故が起き、176人中101人が死亡した。

 あなたは、この事故の「原因」は何だと思いますか?
 もちろん、何かひとつだけが「原因」というわけではありません。


 著者は、こう続けています。

 この事故の最大の原因は、コックピットにいる二人のパイロットが同時にライトの故障に関わってしまったことである。このような場合、機長はまずタスクの配分をしなければならない。自分が飛行機の操縦と管制官との連絡を受け持って、副操縦士航空機関士にライトの対処をさせてもよいし、その逆に副操縦士に飛行機の操縦と管制官との連絡を任せ、自分がトラブルシューティングに当たってもよかった。機長の責任として、誰が操縦しているのかをはっきりさせなければならなかった。
 二番目の原因が、自動操縦装置(オートパイロット)に対する過度の信頼である。自分が自動操縦装置を入れて、高度を維持するモードに入れたから、高度を守り続けてくれているだろうという過度の信頼である。自動操縦装置も機械である以上、必ずしも自分が思ったとおりには動いてはくれない。パイロットは自動操縦装置を使っているからといって、計器のモニターをしなくてよいということにはならない。
 もう一つの原因が、中途半端なコミュニケーションである。もしも管制官が「イースタン、えー401、高度が下がっているがそちらはどうなってる?」と聞いていたら、パイロットも気づいて高度を上昇させ、事故にはならなかったかもしれない。
 中途半端なコミュニケーションは、お互いをわかった気にさせ、安心させてしまう効果しかない。


 僕はこの「中途半端なコミュニケーション」というのをやりがちだよなあ、と、これを読んで反省したのです。
 「あの患者さん、だいじょうぶだった?」と研修医に確認するとき、僕が思い浮かべている「あの患者さん」と、相手が思い浮かべている人は、別人かもしれないのです。こういうことから生じる誤解って、少なくない。自分がわかっていて、相手も「わかっているはず」のことでも、しつこいくらいに確認しておくことが、大事なのです。

 フライトには一つ一つのフライトごとにテーマがある。すべてのフライトで安全が最も優先するのは言うまでもない。安全の次に何を重視するかは、フライトごとに違う。
 ビジネスマンが多い早朝または深夜のフライトでは、時間が重要である。伊丹にある大阪空港では、午後9時までにスポットに入れないような場合には大阪空港への着陸が認められず、関西空港に行かなければならない。大阪空港への最終便は時間がテーマとなる。
 また、夏休みで子供が多いような場合や、リゾート路線の場合は、揺れが少ないことがテーマとなる。
 機長はフライトごとのテーマを考えて、それに合わせてフライトを組み立てなければならない。一つのフライトの中で矛盾したようなテーマをいくつも掲げて飛ぶことは望ましくない。

 私が飛行機の性能や空力について教えていただいている前出恒夫さんは、自衛隊の輸送機であるC−1を設計し、さらには日本人でありながら、ボーイング767の設計を主幹した方である。
 ある時、前出さんに「なぜ767は747に比べてあんなに揺れるんですか?」という、767の設計者に対して非常に不躾な質問をしたことがある。前出さんが嫌な顔もせず返してきた答えは「そう設計したから」というものだった。前出さん曰く、「767はオイルショック後に設計された最初の機体です。それまでは、燃費のことなど誰も気にせずに飛行機を設計していました。これに反して767のメインテーマは、少しでも燃費をよくすることです。そのために767では、翼面過重を小さくし、テーパー比を大きくし、後退角を少なくしました。このどれもが燃費を向上させるのですが、その半面、同じ空気の擾乱に対してより揺れるようになります」という話であった。
 私が長年、操縦したボーイング747は非常によい飛行機だった。空力的にはいまでも最高の旅客機だと信じている。ところが世界情勢の変化により、747は世界の空からどんどん消えている。


 この本を読んでいると、機長の仕事、リーダーの仕事というのは、ものごとの「優先順位を決める」ことなのだとあらためて思い知らされます。
 飛行機の場合、とにかく「安全」が第一であることは譲れないのですが、乗っているお客さんが求めているものやコストの問題、時代の変遷によって、「テーマ」を決めなくてはなりません。
 定刻厳守か、揺れを少なくすることか、燃費をよくすることか。
 もちろん、すべてを満たせればそれにこしたことはないのですが、そうはいかない状況になった場合、「何を優先するか」「何を捨てるか」。
 そういうことを意識すると、いま、何をやるべきかが見えてくる。

 チームのリーダーになる人、後輩を指導する立場にある人は、ぜひ、読んでみてください。
 ピンチにすごいパフォーマンスをみせる人よりも、ピンチをつくらない人のほうが「凄い」のです。


fujipon.hatenadiary.com

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