琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】日本の構造 50の統計データで読む国のかたち ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

50の項目で、日本の「いま」を総点検!
この不安な時代に必要な、すべての議論の土台となる一冊。

Q 日本で10年以上同じ企業に勤続している人の割合は?
(『データブック国際労働比較』2019年)
A ア:75% イ:60% ウ:45%

Q 日本よりも長時間働いている国は?(OECD調査、2019年)
A ア:イタリア イ:イギリス ウ:ドイツ

・男女間、役職者と一般社員、正規と非正規、大卒と高卒……、賃金格差は?
・なぜ日本の開廃業率は他国の3分の1しかないのか?
・高年収家庭は低年収家庭の3倍、学校外教育費に支出
・60代後半の就業率、男性は50%超、女性は30%超
社会保障給付、高齢者・遺族への給付が51・2%
・なぜ日本では必要な人の10~20%しか生活保護を申請しないのか?
・資産額5億円以上は8・7万世帯
・東京の地方税収入は長崎県の2・3倍
・学力調査トップは秋田県と北陸3県……

数字からいまの日本が浮かび上がる!


 イメージと現実の乖離、あるいは、古い時代の情報がいつまでもアップデートされないまま、というのは、よくあることですよね。
 よく知られているものでは、「最近の世の中は怖い、若者の凶悪犯罪が増えてきている」と思っている人は多いけれども、統計的には、若者の犯罪は太平洋戦争後の混乱期をピークに、どんどん減ってきている、というのがあります。
 若者の凶悪事件は、マスメディアで大きく、長時間にわたって採りあげられるため、印象に強く残りがちなのです。


 この本、日本版『FACTFULNESS』という印象を受けました。

fujipon.hatenadiary.com

 われわれの思い込みに対して、実際のデータで、「事実」を紹介し、議論の下敷きになる情報を共有するための本。

 「世界全体」に関して書かれた『FACTFULNESS』を読むと、「人々は思っている以上に豊かになってきて、教育も充実してきているのだな」と、光明が見えた気分になるんですよ。

 ところが、この『日本の構造』を読むと、日本の諸データは、悪い意味での「想定通り」のものがほとんどなのです。

 例えばどのような項目が調査されているか。いくつかの例を記しておこう。企業と労働者の生産性、企業の開業率と廃業率、人々はどの産業で働いているのか、労働者は一企業に何年勤めるのか、定年制の実態はどうか、賃金や所得をどれだけ受け取っているか、女性の労働の実態はどのようなものか、日本人は幸福な生活を送っているか、そして何を生きがいにして生活しているのか、など多種多様な点がわかるように記述して、日本の企業と人々がどういう状況にいつかを知ることができるようにしている。


 僕が若い頃、1990年くらいの日本はバブル景気に浮かれ、日本全体の地価で、アメリカ全土が買える、なんて言われていました。
 その一方で、日本人は勤勉で、働きすぎだと諸外国から批判されている、という話もよく耳にしました。

 日本人は、太平洋戦争後から1960年頃までの日本人は、敗戦による荒廃からの復興、少しでも豊かな生活をしたい、という欲求から、長時間労働を労働者の側も積極的にやっていたのです。当時は、年に2400時間を超す長時間、日本人は働いていました。
 それが、経済成長や生活の安定とともに、1960年頃から減少傾向となり、1975年から90年くらいまでは横ばいでした。この期間は、日本にとっては安定成長期でした。

 1990(平成2)年あたりから再び労働時間は減少した。それもかなりの減少率である。日本人は働き過ぎという外からの批判と、内からの反省が、労働時間減少を促進したと考えてよい。この頃から日本人が働く以外のことに関心を持ち出したこともある。
 では日本人は本当に働き過ぎか検証してみよう。OECD経済協力開発機構)が各国の労働者一人あたりの年間労働時間の統計(2019<令和元>年)に注目して公表しており、主要国を掲げてみる。

 韓国:1967(時間) アメリカ:1779 イタリア:1718 カナダ:1670 日本:1644 イギリス:1538 フランス:1505 スウェーデン:1452 デンマーク 1380 ドイツ:1386


 韓国人やアメリカ人は日本人よりも長時間働いている。逆にドイツと北欧諸国の特に短い労働時間は特筆に値する。G7のなかでは日本は中位にあたる。働き過ぎでも遊び過ぎ(?)でもない。
 労働時間にはいろいろな論点がある。もっとも重要な論点は、法定労働時間と呼ばれるもので、原則として1日に8時間、1週間に40時間を超えて働くのは禁止されている。この法定労働時間は戦後減少する傾向にあった。この法定労働時間を超えても、労使の合意があれば時間外労働(残業)をしてもよいが、1時間あたりの賃金を割増しせねばならない。日本は25%増であるが、ヨーロッパの50%増と比較すればまだ低い。


 このデータをみると、「もはや、日本人は『働き過ぎ』ではない」みたいです。


 では、働く時間が短くなった代わりに、「生産性」が上がったのか?

 1995(平成7)年と2000(平成12)年にはなんと世界第1位という労働生産性の高さを誇っていた。この時期は為替相場において円高だったため、ドル表示の額は高くなるので多少割引く必要があるが、それにしても高い労働生産性であった。この少し前の時代には「Japan as No.1」と称されたほどの経済の強さを誇っていた日本であった。
 しかし、その後徐々に順位を下げ、2005(平成17)年には8位、2010(平成22)年には11位、2016(平成28)年には15位にまで低下した。激しい凋落ぶりである。
 なぜ順位をこうも落としたのか。ちなみに2018(平成30)年は16位だった。日本の労働生産性では、ごく最近の低下を除くと多少の増加傾向を示しているが、それ以上に、他の国が劇的に労働生産性を高めたので、日本の比較優位がなくなったのである。
 例えば最大の競争国であるアメリカは、2000年に7万8583ドルだったのが2016年には14万205ドルに上昇しており、1.78倍の増加率である。それに対して、日本は8万5182ドルから9万9215ドルへと、わずか1.16倍の増加率にすぎない。他の先進国も高い増加率(例えばスウェーデン1.71倍、デンマーク2.34倍、ベルギー1.79倍)であることがわかる。この低い労働生産性こそが日本経済低迷の最大の理由とみなしてよい。


 労働時間は短くなり、生産性も他国の伸びに比べると上がっていない、というのが、この30年の日本の現実なのです。
 著者は、この生産性の停滞の原因として、(1)企業が設備投資を怠ったこと、(2)非物質的な投資(研究開発や特許、ブランド、独自の業務スキルなどへの投資)の遅れが目立ったこと、(3)日本の教育、とくに大学教育に欠陥があったこと、の3つを指摘しています。
 日本の場合、生産性が停滞している一方で、人々の「格差」はどんどん広がっていっているのです。
 「みんなそこそこの生活ができている、日本に生まれて幸せだ」という実感は、失われつつあります。
 いや、本当はすでに失われているのだけれど、中高年層は、まだ「豊かだった日本」の幻影にとりつかれているのかもしれません。


 「年収と結婚、交際経験」についての、こんなデータも紹介されています。

 まず男性に注目してみよう。
 年収300万円未満では、既婚者は10%を切る比率しかない。もっと衝撃的なのは、恋人なしが38.6%、女性との交際経験なしが33.6%の高い比率だということである。年収が300万円未満の男性は、70%ほどが女性と縁のない人生を送っているという悲惨な状況にいる。もっとも、中には女性に興味がないという男性もいることを認識しておこう。その比率は不明だが、とても小さいと予想できる。
 年収が増加すると、既婚者の比率が増えて、600万円以上という高所得者だと既婚者は40%弱に達する。しかし、恋人なしと交際経験なしが合計で40%近くもいる。これらの男性は意図的に結婚しないのか、それとも努力はしているが成功していないか、のどちらかである。残念ながらこの表からは、その比率を読み取れない。
 年収が400万円から600万円未満という中間層は、既婚者、女性との交際経験なしの双方に関して、300万円未満と600万円以上の男性の中間にいることがわかる。
 もう一つ興味のある事実は、恋人ありと恋人なしのそれぞれは、どの所得階級を通じても20%前後と30%前後と、共通の比率にある点だ。恋愛は表面的には結婚とは直接関係のない現象なので、所得の影響はそれほどない。逆に言えば、結婚するか、しないか、あるいはできないかは、所得の影響がある程度大きいのである。


 ちなみに女性の場合は、「既婚者の割合が一番多いのが300万円未満の人で、他の所得階級間では差はあまり見られない」そうです。あと、女性で600万円以上の高所得者は、既婚率が16%とかなり低いそうです(「恋人あり」は40%近くもいます)。
 
 お金というのは、無いと結婚する踏ん切りがつかないけれど、それなりにたくさんあると、かえって家庭に縛られない自由な生活を望むようになるのかもしれませんね。
 いずれにしても、「結婚しなければならない」というプレッシャーが減り、価値観の多様性が認められてきている社会では、結婚とか家族というものは、流行らなくなっていくような気がします。
 その一方で、超高齢化社会を迎える日本では、介護に「家族の関与」が期待されているのです。


 『FACTFULNESS』と比べると、日本の現実を示すデータは「意外性があまりなく、やっぱり気が滅入るようなもの」ではありました。
 とはいえ、現実を知らずに「Japan was No.1」に浸っていても未来に希望は見いだせないのです。


fujipon.hatenadiary.com

アクセスカウンター