内容(「BOOK」データベースより)
高校生限定のマッチングアプリ「オルタネート」が必須となった現代。東京のとある高校を舞台に、若者たちの運命が、鮮やかに加速していく。全国配信の料理コンテストで巻き起こった“悲劇”の後遺症に思い悩む蓉。母との軋轢により、“絶対真実の愛”を求め続ける「オルタネート」信奉者の凪津。高校を中退し、“亡霊の街”から逃れるように、音楽家の集うシェアハウスへと潜り込んだ尚志。恋とは、友情とは、家族とは。そして、人と“繋がる”とは何か。デジタルな世界と未分化な感情が織りなす物語の果てに、三人を待ち受ける未来とは一体―。“あの頃”の煌めき、そして新たな旅立ちを端正かつエモーショナルな筆致で紡ぐ、新時代の青春小説。
「2021年ひとり本屋大賞」9冊め。
NEWSの加藤シゲアキさんの作品、ということで、良くも悪くも話題になっている作品です。
とはいえ、加藤さんはもう10年くらい作家としての活動を続けていて、この『オルタネート』は、吉川英治文学新人賞も受賞しているんですよね。
受賞は逃したものの、直木賞の候補作にもなり、本屋大賞にもノミネート。
僕は正直、ジャニーズパワーで「底上げ」されていると思っていたのですが、こうして長年作品を書き続け、支持され続けているというのは凄いことではありますよね。
この『オルタネート』、ジャニーズの人気グループの人が書いた、高校生のSNSをテーマにした作品、ということで、なんかもう、「流行ものというか、現代っぽい要素てんこもりの売れ線小説」みたいなイメージを持っていました。
というか、「若者とSNS」を舞台にした作品としては、朝井リョウさんの『何者』を読んでおけば事足りるんじゃない?と思っていたんですよね。
SNSで周りに見せようとしている「キラキラとした自分」と、裏アカウントでの「どす黒い思考」のギャップというのは、すでに、さんざん言い尽くされているような気がします。
「高校生限定のSNS」とか「遺伝子による相性のマッチング」「『料理の鉄人』風のネットで配信される番組」「同性愛」……
良く言えば「時代を取り入れている」し、嫌味な言い方をすれば、「50代、60代くらいの、ネットをある程度使えるけれど、いまの若者の考え方や文化に疎い中高年層」が「自分に理解可能なくらいの新鮮さ」を感じられるテーマを「全部入り」にしているんですよね。
高校生の群像劇ではあるけれど、その群像劇であることにあまり意味を感じないというか、ひとりひとりだとちょっと長篇にはならないようなエピソードを3人分入れて、この分量にしているような。
発見だったのは、それが間違いなくマコさんの音楽だということだ。初めて聴いたホルンの音色だから、他の人のものと比較はできない。なのにこの音にはマコさんの持つ性格がちゃんと反映されていた。優しくて丁寧で、弱さを肯定するような、そんな音色だった。
正直、こういう表現を読むと、僕は「うーむ」とか思うんですよ。加藤さんの書く文章って、かなり説明的で、そのわりには何も説明できていないというか、その「優しくて丁寧で、弱さを肯定するような、そんな音色」を、「そういう説明的で具体性が何も無い言葉」を使わずに表現するのが「文学」ってやつじゃないのか?ライトノベルかよ!と。
ライトノベルを馬鹿にしているわけじゃなくて、ライトノベルっていうのは、キャラクターを活かすのがメインで、テンポよく読めることが大事なジャンル。主人公がこんなにいいやつで前向きなのは「もともとそういう人間だった」という設定で許されているのだと僕は考えています。
ただ、こういう表現が若者たちに受け入れられていること、「NEWSなのに、こんなに立派な小説が書ける」作者の存在そのものが、この作品の魅力を底上げてしていること、をスルーすることもできないよなあ、とも思うんですよ。
結局のところ「作者がどんな人か」に読者は興味があるし、それは作品への評価に影響を与えざるをえない要素なのです。
作者のキャラクターも含めて、「作品」なんですよね。
百田尚樹さんとか、作品を読むとき、どんなに振り払っても「作者の顔」が浮かんでくるようになってしまいましたし。
「HLAの話、あくまで仮説の域を出ないと私は思うけどな」
「でも実験で証明されてますよ。Tシャツの」
「変な実験よね」
1995年、スイスの動物学者が、四十四人の男性に二日間同じTシャツを着てもらい、それを四十九人の女性に嗅がせて反応を調べるという実験を行った。その結果、ほとんどの女性がいいと感じたものはもっとも自分とかけ離れたHLAを保有する男性のもので、それは近親交配を避けるために生物学的に備わったシステムだという。
こういう「読むとちょっと得したような気分になれる雑学」も散りばめられていて、サービス精神も旺盛なんですよね。
剥き出しの情欲とか斬新だけれど読みにくい文体だとかよりも、Wikipediaのような「ちょっと賢くなった気がする」文学。
それが、狙ったものなのかどうかはわからないのだけれど、この作品には、『何者』の時代のような「SNSの闇」みたいな、中高年層に喜ばれそうな否定的な視点ではなく、「SNSにも、テクノロジーにも、メリットがあればデメリットもあって、使い方、使う人の状況次第」というフラットさも感じるんですよね。
わかりやすい「テーマ」を熱く語るのではなく、登場人物たちの「状況」を淡々と語っているのは、「誰でも主役になれるし、誰も本当の主役にはなれない時代」そのものを描いているのかもしれません。
個人的には「こういう機会がないと、わざわざ買ってまでは読まない小説」だったのですが、これがきっかけで、「本を読む」ということに興味を持ってくれる人が増えるのは、ありがたいことだと思うのです。
加藤さんの多才には、「天は二物を与えず」って、やっぱりウソだよな、とため息混じりに呟かずにはいられないところもあるのですけど。
- 作者:加藤 シゲアキ
- 発売日: 2014/02/25
- メディア: 文庫