琥珀色の戯言

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【読書感想】年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

平均年収443万円――これでは“普通”に暮らすことができない国になってしまった。ジャーナリストが取材してわかった「厳しすぎる現実」。

昼食は必ず500円以内、スタバのフラペチーノを我慢、月1万5000円のお小遣いでやりくり、スマホの機種変で月5000円節約、ウーバーイーツの副業収入で成城石井に行ける、ラーメンが贅沢、サイゼリヤは神、子どもの教育費がとにかく心配……

「中間層」が完全崩壊した日本社会の「本当の危機」とは?


 平均年収443万円。
 この数字を見て、僕は「まあ、そのくらいあったら、あんまり贅沢はできなくても『普通の暮らし』はできるのではないか、と思ったのです。
 実際は、これはあくまでも「平均値」なのです。

 年収443万──。
 これは、1年間を通じて働いたこの国の給与所得者の平均年収の金額だ。
 国税庁が毎年発表する「民間給与実態統計調査」では、2021年の給与所得者の平均年収が443万円で、平均年齢は46.9歳だった。この年齢は、ちょうど就職氷河期世代と重なる。正社員と正社員以外それぞれの平均年収を見ると、正社員は508万円、正社員以外は198万円だった。
 就職氷河期世代を中心に広がった非正規雇用で働く側からすれば、平均年収443万円は、夢のまた夢だ。「中間層」が崩壊するなか、正社員以外からの「年収が400万円もあったら、安心して暮らしていける」との声は多い。しかし、現実はちょっと違うようだ。
 平均年収443万円というのは、あくまで平均値。中央値は思いのほか低い。年収の分布を見ると、最も多いのが「300万円超400万円以下」で、全体の17.4%を占めている。3番目に多いのが「200万円超300万円以下」の14.8%で、3人に1人が200万〜400万円の間の収入となる。ここ何年も、その傾向は変わっていない。
 それに加え、働き盛りの男性の収入は減っている。
 国税庁の調査から、金融不安が起こった1997年と直近データである2021年の40代男性の年収を比べてみたい。40〜44歳では645万円から584万円となって年間61万円減、45〜49歳も695万円から630万円になって年間65万円減っている。
 さらに、社会保険料の引き上げなどによって可処分所得も減少。物価は上昇している。もらえる年金は先細りが予想され、老後の資金が何千万円も必要かもしれない。そうした状況の中、平均年収であることで、どんな生活ができるのだろうか。


 以前、この本を読んで驚いたのです。

fujipon.hatenadiary.com


 僕が若い頃、2000年くらいまでは、日本は「外国人旅行者にとっては物価が高い国」だと言われていた記憶があります。
 ところが、今の日本は、いつの間にか、「物価が安く、良質のサービスが低価格で受けられる国」になってしまっていたのです。
 ビッグマックも、ディズニーランドの入場料も、世界で最も割安な国。
 最近、日本でもさまざまな商品が値上げされてきているのですが、世界各国では、物価の上昇以上に給料も上がってきました。
 ところが、日本では、年収は上がるどころか下がってきているし、正規、非正規の格差も大きい。
 これまでは、物価の安さでなんとかやりくりできていた人たちを値上げが直撃しているのです。

 この本の前半では、そんな「それなりの年収を得ているように見えるけれど、実際の生活は厳しい人たち」への取材結果が紹介されています。
 ただ、正直なところ、彼らの声を読んでいると、以前、NHKの番組で採り上げられたものの、「生活が苦しいと言っていたけれど、推しのグッズとかを買うお金はあるじゃないか」とネットで大バッシングされた若者のことを思い出さすにはいられませんでした。


 35歳の自治体職員で年収348万円(世帯年収1000万円)の人への取材から。

 板チョコ1枚が350円かぁ。しかも、税抜き。あー、ダメ、ダメ。買えないです。買えないです。つい先日、買い物途中でお菓子を眺めていたら、ちょっと身震いしてしまいました。意外と、欲しいものって買えないんだなって。
 私は生まれも育ちも東京23区内で、実家の近くに2年前に家を買って、娘と息子がいて、両親が近くに住んでいて、姉の家族も近くに住んでいるので、姪っ子と私の子どもが遊べて、すごく良い環境で暮らしていると思うんです。
 そして、1年更新だけど、自分が好きな仕事ができている。夫と私の収入を合わせれば1000万円くらいになるんですよ。そこそこ「良い家庭」のはずだけど、なんだか不自由に感じるんです。
 さっきの板チョコですけど、フェアトレードで有名な「ピープルツリー」のチョコなんです。だから、板チョコが1枚350円もするんです。税込みだと388円かと思うと、買えないなぁ。
 板チョコでしょ? と思うと、「明治」や「ロッテ」の板チョコでいいじゃん、それも、安いスーパーで、88円で買わないと、消費税がつくと、もっと高くなるし、「底値」とか「得シール」(お買い得)がついていないと買えないです。
 私、結構、意識が高いほうだと思ってきたのに、いざとなると板チョコ1枚が買えないんです。高いと思って。
 それもそのはずですよ、世帯年収が1000万円あったって、私の仕事は不安定だし、夫の収入は、おおげさにいえば、乱高下する。うっかり贅沢なんてしていられないんです。


44歳会社員、年収260万円(世帯年収1000万円)の人の話。

 世帯年収は900〜1000万円で、夫の稼ぎで家計は回っています。貯金はさほどできないし、もし夫に何かあったらどうしよう。
 自分の収入では育てられないと思うと、どうにかしないと、私たち夫婦の老後だって、2000万円くらい貯金がないとやっていけないでしょう。
 入るお金がそのまま出ていく。夫婦で月に50〜60万円の収入になりますが、出産を機に買った一戸建てのローンは35年も続き、月15万円が消えていきます。食費が月に10万円、雑費や子どもとの娯楽費が月7〜8万円。子どもの学費や塾代も用意しないといけないから、学資保険にも入っています。これだけで月々ほぼ赤字。ボーナスで補填します。
 住んでいる地域は中学受験の志向が強く、私は公立で良いと思っていますが、夫は受験させたいみたい。
 でも、娘が小学校に入って思うのは、もうちょっと何とかならないの? ということなんです。教員は子どもたちを従わせるだけ。子どもたちに考えさせる授業をしていないと感じるんです。うちの子は勉強が好きでないから、よけいに勉強が嫌になる。
 私でも、もう少し面白く教えられるのに、教員がちゃんと考えて教えているように見えないんです。だったら、公立中も期待できないのかなとも感じてしまって。


 この本の前半、第1部の「平均年収でもつらいよ」に出てくるのは、こんな人たちが多いのです。


 ……煽ってるのか?

 こんなの「読まされるほうもつらいよ」。

 本人たちは、たしかに「危機感を抱いている」のかもしれませんが、一人目は「板チョコが買えない」というよりは、「割高だ(コスパが悪い)と思っているから、そのブランドの板チョコを買わない」だけで、「つらい」というよりは「単なる倹約家」だとしか思えません。
 二人目も、「ああ、この人は、何にでも不安や不満を抱いてしまう性格なんだなあ」と。
「私でも、もう少し面白く教えられるのに」って、こんなことを言う親の子どもの担任になる先生に同情せざるをえませんし、なんでこんな発言をあえて本に収録したのか僕には理解できないのです。「生の声」ということなのでしょうか、それとも、「ネットで話題になるには、こういう『叩かれやすい要素』を採り入れておいたほうがいい」という、販売戦略的なものなのか。

 最近のネットでの「貧困」とか「結婚」に関する記事って、あえて、「叩かれそうな被取材者」を選んで、炎上を狙っているようなものが多いと感じます。PV(ページビュー)を手っ取り早く稼ぐには、炎上上等、ということなのかもしれませんが。


 もちろん、被取材者はこんな人たちばかりじゃありません。第2部の「平均以下の年収」の人たちの話には、「ああ、これはキツイよなあ」と感じるものもたくさんありました。
 大学の非常勤講師・年収200万円の56歳男性の話。

 私はちょうど「ポストドクター」問題の世代に当たります。1990年代に大学院の定員が大幅に増えたことで博士課程に進む人も増えたのに就職先が限られ、キャリアパスが描けないまま不安定な立場に置かれるという問題です。


(中略)


 今年の春学期の4月から7月までの平均月収は15万〜16万円。1年前の年収は235万円でした。今年は持っていた授業が2コマ減ってしまうので痛手が大きくて、2コマなくなることで月6万円、年収で50万円から70万円減ってしまいます。今年度、専門学校で2ヵ月間の集中講義の仕事があったことで入る32万円は、自分にとっては、とても大きいんですよね。
 新型コロナウイルスの感染拡大で授業がオンライン講義になると、負担が増しました。対面授業ならなくてもいいレジメの作成や動画の収録、学生からの質問にメールで答える。普段の2〜3倍の仕事量になり、「サービス残業」が増えました。
 パソコンだって自前です。非常勤講師にはオンライン授業に対する大学からの補填はまったくないんです。パソコンの使いすぎて壊れてしまって自腹で新しいものを購入するしかなく、15〜16万円の出費は痛すぎました。


 この方は、認知症のお母さんの介護もされているということで、「お金も時間も、未来への希望もない」という状況に絶望しているのです。
 自分自身や家族の病気や失業なんていうのは、誰にでも起こりうるリスクではありますよね。
 とはいえ、「世帯年収1000万円で、不安や不満ばかり言っている人たち」に共感するのは難しい。

 雇用をはじめとした規制緩和は、着実に収入の差を作り出した。国税庁の調査から2000年と2021年の年収を比べると、年収200万円以下は824万7000人(構成比18.4%)から1126万2000人(同21.4%)へと増えている。定年延長や高齢の労働者が増えていることも一因となるだろうが、低所得者は確実に増えている。
 一方、年収2000万円以上の呼応額所得者を比べると、17万8000人(同0.4%)から30万2000人(同0.6%)へと増えている。この格差を当たり前のように受け入れてしまって、いいのだろうか。


 アメリカでは「普通に働き、普通に暮らせていた中間層」の喪失が、人々の分断を深め、トランプ政権を生んだと言われています。
 でも、それは日本にとって、すでに他人事ではなくなっているのです。

 前澤社長のような、お金を出して宇宙に行ったり、「お金配り」ができるほどの大金持ちが「平均年収」を押し上げているけれど、年収の「中央値」は、平均値よりも低くなっています。

career-theory.net


 僕が子どもだった頃、1970年代の日本にはパソコンもスマホもなかったし、「牛肉」というだけでご馳走、というイメージだったのです。吉野家の牛丼にも「牛肉がこの価格で食べられるのか!」という驚きがありました(近くに『吉野家」はなかったので、実際に食べたのはずっと後のことですが)。
 でも、あの頃は、自分が知っている範囲では、どこの家も似たような経済状況だったし、「この先の日本は、もっと発展していく。自分も頑張ろう」という空気が満ちていたような気がするのです。
 今は、ネットで富裕層の世界を見せつけられるし、日本は少子高齢化で人口が減っていきます。

 格差が広がっていくのも、年収が上がらないのもつらいけど、将来に希望が持てない、というのが最大の悲劇なのかもしれません。
 これは僕が歳をとっただけ、という可能性も高いのですが、労働者の平均年齢は46.9歳、なんて聞くと、50歳の僕でもまだ平均よりちょっと上くらいなのか、自分ではそろそろ隠居かな、と思っていたのに……と愕然としてしまうのです。


fujipon.hatenablog.com

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