琥珀色の戯言

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【読書感想】日本アニメの革新 歴史の転換点となった変化の構造分析 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

いかにして“国民的文化”となったのか。アニメ研究の第一人者が徹底解説!

なぜ大ヒットを連発できるのか。アニメ・特撮研究の第一人者が、日本のアニメ産業に起こった「革新」を徹底解説。『宇宙戦艦ヤマト』から新海誠監督作品まで、アニメの歴史に不可欠な作品を取り上げ、子ども向けの「卒業するべきもの」を脱し、大人も魅了する「国民的文化」となり、世界中にファンを生み出す理由を明らかにする。


【目次】
第1章 日本アニメ史の”構造”
第2章 『宇宙戦艦ヤマト』の旅立ち
第3章 『機動戦士ガンダム』が起こした革新
第4章 スタジオジブリとアニメ受容の国民化
第5章 『AKIRA』と『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊
第6章 『新世紀エヴァンゲリオン』による拡大 ――アニメブーム再来、新時代の招来
第7章 『君の名は。』の衝撃 ――デジタル世代の台頭と新たな作家性


 1970年代のはじめに生まれた僕にとっては、現在(2023年)のように「大人がアニメを堂々と観ることができる時代」になったことには、喜びとともに驚きもあるのです。
 子どもの頃は、「アニメは大人になったら『卒業』するもの」だというのが世間一般の考え方でしたし、中学生くらいになると、アニメを観ているのは「おたく」であり、クラスの片隅で同好の士と小さなグループを作っている薄気味悪い連中、だというクラスメイトの視線にさらされてきたのです。

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 連続幼女誘拐殺人事件の犯人がアニメ好きだった、ということで、アニメファンはかなり白眼視されていましたし、宅八郎さんのイメージも強かった。
 今となっては、なぜあの頃のアニメファンは、あんなに排斥されていたのだろう、とも思うのですが。


 アニメ・特撮の研究を続けてきた(というか、最初は一人のアニメファンとして、ファンクラブを作ったり、アニメ雑誌の企画に参加したりしていたのが高じて、いつの間にかアニメ研究の第一人者となった)著者は、一冊の新書のなかで、日本のアニメ作品が辿ってきた「表現の進化」を、その転換点となる作品を題材にして紹介しています。

 本書は日本アニメ史の重要と考えられる”転換点”をプロットすることで、”流れ”をとらえる試みです。1958年公開の映画『白蛇伝』以後、商業制作が定番化した60年余りに起きた重要な”変化の構造”を探ります。ことに1970年代中盤、「アニメーション」が略語「アニメ」となって子ども向けを脱することができた理由、さらに「漫画」の従属物ではなく「アニメなりの独自性」を獲得し、日本語(略語)のまま「ANIME」として世界へ出たプロセスを検証します。


 著者は冒頭で、「昭和までのアニメ映画の歴史を3作に絞って語る試み」を行なっています。

 歴史年表は”転換点(変化点)”のリストと換言できます。ですが羅列すればするほど、流れが見えづらくなる。では、どこまで絞り込めるのか? そこで映画祭では「昭和末期までに日本の独自性が出来た」と仮定してみました。さらにそれを明確化するため、「わずか3本の映画上映による総括」を試みたのです(映画祭なのでテレビアニメは入りません)。
 その3本とは『白蛇伝』(1958)、『劇場版 エースをねらえ』(79)、『AKIRA』(88)です。基準は「派生を多く生んだ”転換点”の代表」です。


 なぜこの3本なのか、について興味がある方は、ぜひこの新書を読んでみてください。
 僕は『AKIRA』だけしか観たことはないのですが、映画『AKIRA』が「昭和」だったことに、もうそんなに時間が経ってしまったのか、と感慨深いものがありました。
 中学生の頃、友達の家で、『AKIRA』の漫画を読み、カルチャー・クラブの曲を聴かせてもらって、「世の中には、こんな漫画や音楽があるのか……」と感じたのだよなあ。

 著者は、『宇宙戦艦ヤマト』『機動戦士ガンダム』『スタジオジブリの諸作品』『AKIRA』『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』『新世紀エヴァンゲリオン』『君の名は。』を「日本アニメの転換点となった作品」として語っているのですが、これらの作品が、それぞれの時代で革新的だったところを、丁寧に言語化して解説しているのです。

 メインタイトル”宇宙戦艦ヤマト”がキャラクターの代わりで「主役」だとすれば、その行動は旅であり戦闘であり、「あらすじ」として成立するかもしれません。ところが「ヤマトの骨子」は、次のたった3枚のビジュアルでも説明可能なのです。

・赤く焼けただれて滅亡に瀕した地球
・干上がった海底にたたずむ赤錆びた戦艦大和
・地下都市で宇宙戦艦に改造されかけたヤマトの船尾

 ここには人間どころかヤマトの全体像さえ出てきません。実際に第1話には”宇宙戦艦としてのヤマト”は登場せず、主役抜きで物語が進んでいく。それで成立するのです。
 では、何がキャラクターよりも優先度が高いのか? それが「世界観」です。それも個人レベルでは到底とらえきれない、星雲を跨いだ「巨視的な世界観」です。「世界観」を人物よりも前景化し、主役級の役割をあたえた。そこが最大のエポックメイキングであり、後の日本アニメ文化の方向性を大きく決定づけたものなのです。ですから、以下の章でも「日本のアニメは”世界観主義”が高度化させた」との仮定のもと、話を進めます。


機動戦士ガンダム』について。

 弾薬やエネルギーが尽きて使用不能になったり、破損箇所を予備パーツで修復し、ホワイトベース全体の備蓄が乏しく補給の緊急性が生じたりするなど「不便な描写」は画期的でした。戦局に応じた「運用思想」と「ロジスティクス兵站(へいたん))」の概念が描かれ、リアリティを高めているのです。ここの細部がリアルかどうかよりトータルで「作者が作品世界をどう観ているか」の点で「世界観」が宿り、そこに「見立て」を発見した視聴者は作品世界から目が離せなくなる。リアリズム的な発想が貫かれた「世界観主義」だからこそ、過去に無いヒットをした上に、長期人気が持続したのです。
 富野由悠季は、参考にした書籍の一つに軍事学者クラウゼヴィッツの「戦争論」を挙げています。さらに戦前に書かれた石原莞爾の「最終戦争論」を読むと、ガンダムの描写や事件に近い発想が多数書かれていて驚かされます。この種の「戦争の教養」がバックにあって、軍事的リテラシーに基づく分厚いリアリズムで作品世界が固められている。これもひとつの「世界観」です。それによって「オモチャ」のはずのガンダムが、「信じられるもの」に高まった。筆者はそう考えています。
 この「ひとつのウソを信じてもらうため、残りすべては”本当らしいこと”で固めていく手法」は、やがて「ロボットアニメ」の範疇を超えて日本のサブカルチャー全体に浸透します。日本製アニメの「世界観主義」がステップアップした結果でした。
 ただし後に台頭する「個人の願望が世界全体を改変してしまう作品群」(通常「セカイ系」や「秘めた願望や実力が叶えられる都合のいい世界に生まれ変わる(通称「異世界転生もの」「なろう系」)とは、決定的な違いもある。それは「個人」と「世界」の間に集団が構築した「社会」が介在して軋轢を生むことです。


 これを読みながら、僕の人生には『銀河英雄伝説』の影響が大きいなあ、と思っていたのです。
 『銀英伝』の2人の主人公のひとり、自由惑星同盟ヤン・ウェンリー提督は、しばしば、戦争における、ロジスティクス(補給、兵站)の重要性や艦隊を意のままに動かすこと(艦隊運用)の巧拙が戦局を左右することに言及しているのです。
 おかげで、僕も病院での事務方の重要性を意識するようになりました。前線で働いていると、つい「事務方は現場のことがわかっていない」と言いたくなるのだけれど、人や資材をうまく配分したり、きちんと利益を上げられるようなコスト意識を徹底したりする人たちがいないと、組織を保ち、安定したサービスを続けることは難しい。
 東日本大震災のとき、大量の支援物資を、それを必要とする現場に届けるための「ロジスティクス」が話題になりましたよね。
 新型コロナ禍においても、ロジスティクスの重要性を再認識させられました。

 富野由悠季さん、宮崎駿さん、庵野秀明さんらが「世界観」をつくれるのは、さまざまなことを勉強して、ものすごい基礎知識を持っているから、でもあるのです。手塚治虫先生は「漫画だけを読んで漫画を描いてはいけない」と仰っていたそうですし、藤子・F・不二雄先生は『ドラえもん』の背景の「雑草」を描く時さえ、きちんと調べて、漫画の時代や場所に矛盾しない、実在する植物を描いていたと聞きました。

 新海誠さんの作品についての項では、新海作品が生まれた背景として、これまでは大規模なスタジオでしかできなかった「撮影」が、デジタル化によって、低コスト、少人数で、やり直しも簡単になった、という「技術的な革新」の影響についても紹介されています。
 僕は、新海さんの映画は「好きだし、心地よいとは思うけれど、ちょっと御都合主義だよな」と思っていたのですが、この本を読んで、『君の名は。』『天気の子』『すずめの戸締まり』をもう一度観てみようと思いました。『エヴァンゲリオン』のテレビ版の最後の2話と旧劇場版も。

 あくまでも「俯瞰すれば」という話ではありますし、コンテンツにおいては、しばしば「神は細部に宿る」のですが、「歴史を変えたと言われる作品は、なぜ、どこが凄いのか」わかったという気分にしてくれる本でした。


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