琥珀色の戯言

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【読書感想】太平天国――皇帝なき中国の挫折 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

「滅満興漢」を掲げて清朝打倒をめざし、皇帝制度を否定した太平天国。その鎮圧のために組織され、台頭する地方勢力の筆頭となった曽国藩の湘軍。血塗られた歴史をもたらした両者の戦いの詳細を丹念にたどり、中国近代化へと続く道に光をあてるとともに、皇帝支配という権威主義的統治のあり方を問い直す。


 世界史の授業で、「太平天国の乱」を「『滅満興漢』を掲げ、清朝の衰退と地方軍閥の伸張を招いた大規模な反乱」と習ったときの僕の率直な印象は「太平天国」とか、なんだか能天気な名前だな、というものでした。
 自分で「天国」とかいうところに、ロクな場所はなかろう、とも。
 
 僕の「太平天国」に対する知識は、高校の世界史レベルでずっととどまっていて(というか、時間とともにその世界史の記憶すら薄れてきていて)、ずっとアップデートされることはなかったのです。
 この本を見つけたときも、「最近の歴史関係の新書って、ネタ切れになってきているのか、マニアックな内容が多いんだよなあ……」という感じでした。
 ちょっと厚めの岩波新書だけど、評判がよさそうだし、そういえば「太平天国」って、名前のインパクトしか記憶になかったな、と思いつつ、Kindleで読みはじめました。


 著者は、冒頭でこう述べています。

 本書が取り上げるのは19世紀の半ばに中国で発生した太平天国である。それは洪秀全キリスト教の出会いがきっかけとなって生まれた。彼は皇帝の称号を神に対する冒涜として否定し、時の王朝であった清朝の打倒をめざした。太平天国は「上帝のもとでの大家族」という理想を掲げ、始皇帝以前の中国で見られた複数の王からなる復古主義的な政治体制を作ろうとした。
 むろん太平天国は中国が長くかかえてきた問題点を解決できたわけではなかった。むしろ太古の昔に範を求めた政策は現実とのギャップが大きく、内部分裂とヨーロッパ諸国を含む敵対勢力の攻勢によって破産してしまうからである。
 だが実のところ、近代を目の前にした中国にとって、皇帝を頂点とする硬直した統治体制をどのように変えていくかは重要な課題だった。それまで封建制度のもとで分権的な社会が続き、近代に入って中央集権化がめざされた日本やヨーロッパとはスタートラインが異なっていたのである。
 いま一度、私たちは近代の始まりに戻って、中国がかかえていた問題点を見直してみよう。そしてキリスト教との特異な出会いから始まった太平天国がどのような社会を構想し、いかなる過ちによって挫折したのかを見ることで、現在も中国社会が積み残している課題について考えてみたい。


 太平天国の宗教的指導者であった洪秀全は、難しいことで知られる当時の公務員登用試験「科挙」に挑んでいたものの、その地方試験にすら合格できずに悶々としていた日々を過ごしていたのですが、1843年にプロテスタントの伝道パンフレット『勧世良言』を読んで衝撃を受け、信仰にめざめたのです。

 科挙に失敗したのは偶像を拝んだ結果であり、偶像崇拝をやめて真の神を尊敬せよと説く『観世良言』の問いかけは、熱病に倒れるほどの挫折感を味わっていた洪秀全の心に突き刺さるものだった。これを読んだ洪秀全は幻夢のなかで会った「至尊の老人」こそは、キリスト教の神ヤハウエであったに違いないと確信した。そしてみずから水を頭からかぶって洗礼の儀式を行った。
 このとき面白いことに、洪秀全キリスト教が外国の宗教であり、その神ヤハウエが外来の神であるとは受けとめなかった。プロテスタントの宣教師たちは聖書を翻訳して伝道を進めるときに、中国の古典で最高神を意味する「上帝」という語を唯一神であるヤハウエの訳語にあてた。『観世良言』を読んで「上帝」の文字を見た洪秀全は、キリスト教こそ太古の中国で崇拝されていた宗教であり、いまその神を信じることは、中国古来のあるべき信仰に立ち返ることだと考えたのである。
 現代の私たちの目から見れば、洪秀全キリスト教理解は誤解としか映らない。だがヨーロッパ文化の受容にあたり、中国の歴史のなかにその原型となるものを探し出し、中国「起源」であるがゆえに価値があると見なす傾向は、近代中国の歴史でくり返し見られた。それは外国の文化を柔軟に取り入れることで自分たちの文化を形成してきた日本では考えられない、文明の民としての中国人のプライドがなせる業であった。


 後世から「太平天国」をみる僕からすると、「太平天国」って、清国の衰退や外国勢力の侵略などの社会不安と、生活苦という時勢に乗って、ものすごくうまくいってしまった「オウム真理教」のようにも感じたのです。
 
 ただ、食べる者にも困っていたり、清国の役人から搾取されていたりした当時の人々にとっては、「略奪を厳禁し、みんなに食べ物を平等に配給する」という太平天国は、「今の権力者たちよりはずっとマシな存在」でもあったようです。

 そんな太平天国も、「王」とされた権力者たちは豪華な宮殿に住み、民衆には「男女を隔離する」ことを求め、違反者には厳罰を加えていったにもかかわらず、王たちは中国の歴代皇帝のような後宮に多くの女性を住まわせていたのです。
 
 「上帝」のもとで、人々が平等に暮らすはずだったのに、結局、王たちの権力争いと、洪秀全が周りを信じられなくなり粛清を繰り返したことで弱体化した太平天国は、曽国藩をはじめとする地方軍閥と外国勢力に敗れ、滅亡してしまいました。
 
 この本のなかでは、そのプロセスが詳しく紹介されており、曽国藩は敗れて何度も自決しようとしていたことが紹介されています。
 「『封建王朝化』してしまった宗教集団による問題だらけの王国」ではあったけれど、太平天国が中国を統一する可能性も、それなりにはあったのです。
 こんな杜撰な王国でも、時流に乗ればここまで大きくなってしまうのか……

 続いて軍の統率について見ると、太平軍は上帝信仰によって部隊の結束を図った。石達開は「天父・天兄が大いに権能をあらわされる」と勝利への確信を力強く語り、臨機応変な指示を与えて部下を励ますことを忘れなかった。太平軍が攻撃に失敗したときも秩序立って撤退し、算を乱して敗走しないことを(曽国藩の)湘軍側は高く評価している。
 これに対して湘軍の陣地では羅沢南のように熱心な読書人が儒教の教典を兵士に暗唱させた。ただし湘軍兵士の信仰を集めたのは三国志の英雄で、武勇の神として名高い関帝関羽)だった。関帝が他の神々を引き連れて霊験をあらわし、太平軍を打ち破ったとする報告も遺っている。
 いまこうした現象に注目すれば、太平軍と湘軍の戦いはヨーロッパと中国という二つの文明間の観念戦争という様相を呈していた。ただし、太平天国自身は上帝を中国古来の神と認識しており、めざしていたのも「いにしえの中国」の復活だった。その論理に従えば、太平軍と湘軍は「大同」の理想実現による社会的な格差の解消か、それとも「礼教」すなわち神々に代表される社会秩序の維持かという、それ自体はきわめて中国的な価値観に基づいて争ったことになる。
 いずれにせよ両者は指導者がエリートであるか否かの違いを除けばライバルの関係にあり、中国の次の時代を担う後継者の座をかけて争ったと言えよう。


 太平軍と湘軍は、「反乱軍と鎮圧者」というイメージでみてしまうのですが、実際は、「清国」という大樹が枯れようとしているなかで、「次の時代の社会秩序は誰が担うのか」をめぐって、覇権を争っていたのです。
 そして、太平天国は、「キリスト教」を基盤にした教えを掲げていたけれど、内部の者たちは、きわめて「中国的な価値観」で動いていました。

 いま中国政府が台湾、香港にむけてとなえている「一国二制度」であれ、少数民族政策のなかで提起された「中華民族の多元一時構造」であれ、実際に強調されるのは「一国」「一体」であって、政治のレヴェルで多様性が確保されているようには見えない。
 だが中国には分権的な政治体制が生まれる可能性はなかったのだろうか。もしないとすれば、それはいかなる理由によって失われたのだろうか。もう少し長期的な視野に立った冷静な考察が必要だろう。
 こうした問題関心のもと、本書が取り上げるのは19世紀の半ばに中国で発生した太平天国である。それは洪秀全キリスト教の出会いがきっかけとなって生まれた。彼は皇帝の称号を神に対する冒瀆として否定し、時の王朝であった清朝の打倒をめざした。太平天国は「上帝のもとでの大家族」という理想を掲げ、始皇帝以前の中国で見られた複数の王からなる復古主義的な政治体制を作ろうとした。
 むろん太平天国は中国が長くかかえてきた問題点を解決できたわけではなかった。むしろ太古の昔に範を求めた政策は現実とのギャップが大きく、内部分裂とヨーロッパ諸国を含む敵対勢力の攻勢によって破産してしまうからである。
 だが実のところ、近代を目の前にした中国にとって、皇帝を頂点とする硬直した政治体制をどのように変えていくかは重要な課題だった。それまで封建制度のもとで分権的な社会が続き、近代に入って中央集権化がめざされた日本やヨーロッパとはスタートラインが異なっていたのである。
 いま一度、私たちは近代の始まりに戻って、中国がかかえていた問題点を見直してみよう。そしてキリスト教との特異な出会いから始まった太平天国がどのような社会を構想し、いかなる過ちによって挫折したのかを見ることで、現在も中国社会が積み残している課題について考えてみたい。


 現在の中国では民主化運動は挫折し、経済発展を背景に、共産党の独裁は揺るぎないようにみえます。
 新型コロナウイルスへの対応でも、「独裁的な政治の、危機対応能力の高さ」を認めざるをえないところもあるのです(それも、指導者次第、というところはありますが。「コロナは風邪」って言い張って感染を広げてしまったリーダーがいた国もありますし)。
 結局、中国のような巨大な人口をかかえる国は、皇帝独裁、のような政治形態じゃないと統治が難しいのではないか、と僕も考えていたのです。
 でも、本当にそうなのか?
 太平天国はいろんな面で「失敗した天国」だったわけですが、その失敗の原因を探ることは、「民主化地方分権化した中国への可能性」を考えることでもあります。
 太平天国の辿った道をこの本で知ると、「制度云々よりも、権力を握った『人』が変わってしまう」のが「民主化」の最大の難点ではないか、とも思うのです。


fujipon.hatenadiary.com

太平天国(一) (講談社文庫)

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さいはての中国(小学館新書)

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