琥珀色の戯言

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【読書感想】東京藝大ものがたり ☆☆☆☆

東京藝大ものがたり

東京藝大ものがたり

  • 作者:あららぎ菜名
  • 発売日: 2021/03/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


Kindle版もあります。

東京藝大ものがたり

東京藝大ものがたり

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イラストレーター・中村佑介さん大絶賛!!

「見よ!美大受験はこんなにも
地味で、壮絶で、美しい。」

noteから生まれた
感動の藝大受験ストーリー(すべて実話!)
待望のコミック化!!

東大より難しい?
東京藝術大学の受験って
他大学とどう違うの?

入試倍率40倍⁉
東京藝術大学の受験に
浪中の主人公が挑んだ結果とは?


 
 書店で見かけて購入。
 もとは、著者自身の藝大受験の体験を綴った『東京藝大受験ものがたり』がSNS上で話題になり、本作は『cakesクリエイターコンテスト2020』入選作なのだそうです。
 
 僕自身は、受験にそんなにドラマチックな思い出はないのですが(それはそれで幸せなことではあります)、「東大よりも遠い場所」である「東京藝大」受験について描かれたこの本は、僕の記憶のなかの「受験体験」と共通しているところもあり、「藝大というのはこんなに違うものなのか」と驚かされるところもありました。

 僕の周りには、藝大を受験する人はこれまでいなかったのですが、近年、「東京藝大の学生や先生たちの生態」を描いたノンフィクションはいくつか読みました。


 これなどは、その代表で、けっこう話題にもなり、マンガ化もされています。

fujipon.hatenadiary.com


 こんな常軌を逸した「超人」たちが集まる東京藝大なのですが、学生たちは、みんな難関の入試に合格しているわけで、逆に言えば、「合格するまでは、アートを生業にしようと決意した高校生(あるいは浪人生)」でしかないのです。

 著者のあららぎ菜名さんは、お父さんが藝大出身の陶芸家という、傍からみれば「サラブレッド」なのですが、それでも、東京藝大への道のりは甘くはありません。

『なぜ藝大を受験したのか』大学に入ってから同級生に聞いたことがある。

「受験した理由?」

「どうせやるなら、日本で一番の学校がいいから」

まさにプロ根性


 「アート」の世界は、「作品」がすべてで、学歴とかよりも、良い作品を描いて(造って)世に問えば、それで成功できるのが「正しい」のではないか、なんて僕は思っていたのですが、現実はそんなに簡単なものではないのです。
 
 そのジャンルに歴史や伝統があるほど、その「文脈」みたいなものに沿った作品や、それなりの師匠についていないと、評価されるのが難しい世界でもあるんですよね。

 そういえば、もう10年くらい前に、ゲーム音楽特集をしていたラジオ番組のなかで、「今は東京藝大を卒業して、『ゲーム音楽をつくりたい』とゲームメーカーに入ってくる人がいる」という話を聞きました。 
 僕がテレビゲームにはじめて触れた40年くらい前には、「ゲーム音楽は、スタッフの音楽好きな人や社員の知り合いがつくっている」ことが多かったのです。すぎやまこういち先生がエニックスのゲームの音楽をつくったときには「そんなビッグネームが『ゲーム音楽』をやるの?」と驚いたものでした。
 
 著者も大学1年生のとき、「漫画家を目指していた」という話がこの本の冒頭で出てくるのですが、「それ、わざわざ東京藝大に行かなくてもいいのでは?」とも思ったんですよね。結果的には、「東京藝大」を受けたことが、この素晴らしい作品につながっているのだから、大きなものを得た、ということになるのかな。

課題:バラ(白)と電球と任意のローマ字(A〜Z)大文字で3つを使い色彩構成しなさい。


藝大の入試では、こんな問題が出るのです。
僕には、問題の意味すらわからない。
藝大を受けると、こういう問題に対して、制限時間内に自分なりの作品で「答え」なければならないのです。
同じ「大学受験」でも、僕が受けたものとは、全然違うし、そこには「模範解答」は存在しない。自分で考えて、自分で手を動かさなくてはならない。
 そして、その作品が「採点」される。
(ちなみに、東京藝大の場合は、実技だけではなく、学科でもセンター試験で7割くらいは取らないと、よほど実技が圧倒的じゃないと厳しいそうです)

 東大を受けるのであれば、問題には(論文入試は別として)「模範解答」があるし、模試などで、ある程度「自分の現在の実力」と「長所や弱点」も把握できる。
 受かるかどうかはともかく、自分がいまの実力で合格できそうかどうか、というのは、ある程度予測できるし、実際にできるかどうかはさておき、「やるべきこと」はわかる。

 でも、藝大の場合は、「誰もが唸る凄い作品」と「箸にも棒にもかからない駄作」は見分けがつくとしても、「合格ラインギリギリのところでの合否」というのは、採点者の好みも大きいはずです。題材に対する受験する側の下準備や得意・不得意もあるでしょうし。
料理の鉄人』の冒頭で発表される「食材」が、「藝大の試験問題」みたいなものです。

 試験の内容が特殊なだけに、長時間かけて準備をすればするほど、「つぶし(他の学部の受験)がきかなくなる」というリスクもあります。

 読みながら、医学部にこだわりつづけている多浪生のことを考えていました。
 傍からみれば、模試の成績からして、無理なんじゃないか。それで万が一合格したとしても、医学部の勉強についていくのは難しそうだし、患者さんの命がかかっている仕事だし……
 しかしながら、本人にとっては「いまさら、ここまでかけてきた自分の時間と努力を『損切り』できない」のですよね。

 アート、という答えのない世界で試行錯誤をつづけていく著者の「成長」が丁寧に描かれていることに圧倒されるのと同時に、「ひらめき」みたいなものが結局訪れることがなかった「東京藝大をめざした若者たちの屍」、みたいなものにも思いを馳せずにはいられませんでした。彼らにとって、藝大を目指したことは「人生の誇り」なのか、それとも「挫折」なのだろうか……
 スポーツの世界なら、記録や相手に勝つことで存在を証明できるけれど、アートって、最後は「他人の評価」なのだよなあ。

 藝大を受けよう、という人はもちろんなのだけれど、「受験勉強なんてくだらない」と思っている、一般の大学を受ける学生たちにも、ぜひ読んでみてほしい。
 「自分で考え、創らなくてはいけない受験勉強」って、こんなにキツくて崇高なものなんだ。
 昔の僕にも、この本を読ませてみたかった。


note.com

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