琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【読書感想】あなたはなぜ誤解されるのか~「私」を演出する技術 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

115万部突破! 『人は見た目が9割』著者が自己プロデュースの極意を伝授。

「あの人、一言多いんだよな」「あの癖、イライラする」等々、他人の「残念な面」に私たちは敏感だ。あの振る舞いを直せばもっと良くなるだろうに――しかしここで我が身を振り返ってふと気づく。あれ? 私もそんな風に見られ、誤解されているんじゃないか……自分の「残念な面」をどう変えていくか。不可欠なのは「私」を演出する技術なのだ。


 『人は見た目が9割』という本、僕も読みました。
 若い頃は「人は見かけじゃない!」なんて叫んでいた僕も、いまは、「見た目がすべてじゃないけれど、見た目が良いに越したことはないよなあ」と思っているのです。そもそも、「中身」なんて知りようがないところがあるし、人は、どんどん変わっていくものでもありますし。


人は見た目が9割 (新潮新書)

人は見た目が9割 (新潮新書)

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 著者は44年間の舞台演出家としての経験をもとに、「うまく生きるために、自分を演出する方法」について語っています。
 「人生は舞台、人はみな役者」というのは、シェークスピアの喜劇『お気に召すまま』に出てくる言葉だそうなのですが、僕も50年近く生きてきて、「本当の自分」なんていうのは、存在しないか、表に出すとやっかいなものでしかなくて、どううまく「演じる」かが大事じゃないか、と思うようになりました。

 以前、松たか子さんが、あるラジオ番組で、「自然体」と周囲から言われることについて、こんなふうに話していたのを思い出しました。

 周りからは自然体といわれることもあるけれど、私にとっての自然体というのは、その場の雰囲気を読んで、それにあった、相手が自分に期待しているであろう行動をすることなんです。それが『自然体』と言われているだけで。


 これを口にできるのは、役者一家に育った松さんならでは、なのかもしれませんが、僕はこの言葉になんだか納得してしまって、今でも覚えているのです。

 人の「残念」はわかる。問題は自分の残念をどうするかである。
 人の残念を指摘する本はこれまでもあった。しかし、それをどうするかという提案は少ない。というのも自分は変えられるが、他人を変えることは至難の業だからだ。私は本書で「自分をちょっとだけ演出すれば、誤解や人間関係のストレスは大幅に減らせる」という提案をしたい。ちょっとだけ変えれば、人は付いてくる。ちょっとだけ変えれば、無駄な対立や軋轢を回避することができる。

 非言語シミュレーションを研究対象に選んで、24年が経った。
『人は見た目が9割』(新潮新書)を2005年に上梓して以来、非言語コミュニケーションの”伝道者”のような気持ちで、メディアの求めに応じてきたし、社員研修や就活の講演会など、普及活動も多数行ってきた。
 そうした活動も多少は貢献したのだろうか、非言語コミュニケーション、非言語情報という言葉は、相当知られるようになってきた。
 長い間「ささいなこと」に過ぎなかった非言語情報が、人間関係では、大きな役割を果たしていることに気付いた人も多いはずだ。


 人は、「自分のこと」って、案外わかっていないものなんですよね。自分が話しているのを録音・録画して確認すると、自覚していなかった口癖や単調な話しぶりに、「もう見たくない……」と落ち込むことばかりです。
 でも、結局のところ、そういう自分を客観的に評価し、演出できるのも「自分」しかいない場合がほとんどなんですよね。
 多くの人は、嫌われてまで他人の欠点をあげつらったりはしないし、芸能人みたいに演出家やマネージャーがついているわけでもないのです。
 そして、成功体験へのこだわりが、長い目でみるとマイナスになってしまうこともあります。

 私は64歳になった。大学のゼミで、自分が40代の頃には「冗談っぽく」話せば、学生は「冗談なのだ」と受け流してくれた。だが、近年は「自分は冗談っぽく話しているつもり」でも、真顔で「そうだったのですか?」と訊いてくる学生が増えてきた。わざわざ「冗談だよ」と加えなくてはならない。学生の理解力が低下したのではない。私の一言は、自分が思っているより重くなっていたのである。
 自分の振る舞いは、役職に応じて、年齢や立場に応じて、変化させなくてはならない。それには相手のリアクションで、自分がどう見えているか、察しながら対応を変えて行くのがよい。私たちは、先輩たちに対する若い人の反応をたくさん見てきた。私たちの脳のデータ・ベースには、若い人の反応に関する情報が膨大に入っている。


 「自分の演出のしかた」は、つねにアップデートしなければいけないのです。それも、ただ変えればいいというのではなくて、自分の年齢や立場にあわせて、適切な方向へ。
 でも、それは簡単なことではないのです。

 コミュニケーションに関しては、「心構え」とか「やる気」みたいなものが語られることが多いのですが、著者は、「知識」や「技術」、そして「練習」が必要なのだと繰り返しています。
 プレゼンテーションの名手だったスティーブ・ジョブズも、数々の「伝説のプレゼンテーション」の前には、入念なリハーサルをしていました。


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著者は、この新書のなかで、「最低限、知っておいたほうが良いこと」あるいは「知っているだけで、少しコミュニケーションがラクになること」をいくつか紹介しています。

 カラオケや結婚式のスピーチでマイクを使うことがある。
 しかし、マイクを口のどの辺りに持っていけばよいか、知っている人は少ないのではあるまいか。
 最近のマイクは性能がいいから、口からどれだけ離れてもそれほど問題はない。ピンマイクは胸辺りに付けるから、そのくらい離れていてもよいのだろうとも思える。
 しかし、発声の原理を考えると、最も適切な場所はある。
 声は「鼻から出る音」と「口から出る音」の合成音である。二つの「音」の合流地点は、口から約12センチメートル離れた場所にある。マイクは、そこに持つのがセオリーである。
 マイクをどこに持ってもよいと言われても、使い慣れていない人は困るものである。一応は「ここ」という場所を決めておくと、気持ちも落ち着きやすい。
 カラオケで、マイクを口に付くほど近づけている人もいる。見ている人も不潔だと感じるし、次に使う人のためにも、適正距離で使うのがよいだろう。


 こういうのって、知っているかどうか、なのです。そして、知っていれば、少なくとも不安に感じるポイントをひとつ潰すことができるのです。緊張しているときって、普段気にならないことで、ものすごく不安になりがちですし。
 新型コロナウイルスが収束していけば、大勢でカラオケに行く機会もまた増えるとは思いますが、口とマイクとの距離には、みんなコロナ前よりは敏感になるはずです。

 僕は長年、「自分はコミュニケーションが苦手だ」と思いながら生きてきたのですが、「できないこと」を嘆くばかりで、その状況を改善するための努力や工夫をほとんどしてこなかったのです。
 「性格」は変えられなくても、演技がもう少し上手にはなったはずなのに。

 「見た目、与える印象をよくする、少しでもマシにして他者と接する」というのは、その人の「気配りができる内面」を反映している、とも言えるのです。
 そう言うのは簡単で、実践することは難しいのは僕にもわかるのですが、案外、知っているだけで改善できるものもあるんですよ。マイクの距離の話みたいに。


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人は見た目が9割

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やっぱり見た目が9割 (新潮新書)

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