琥珀色の戯言

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【読書感想】もうひとつの浅草キッド ☆☆☆☆☆

もうひとつの浅草キッド

もうひとつの浅草キッド


Kindle版もあります。

もうひとつの浅草キッド

もうひとつの浅草キッド

内容(「BOOK」データベースより)
カネなし客なしコネもなし…凸凹コンビが掴んだ奇跡。ちょっと神経質そうな顔をしたそいつは、こちらを振り返るでもなく、目線だけを軽くこちらに向けて、ちらっと頭を下げた。それが相方たけしとの出会いだった―。ビートたけし大絶賛!!


「ツービート」を知っていますか?
 当たり前だろ!って言われそうではあるのですが、今の若者には、ビートたけしさんが昔は漫才をやっていた、という知識があっても、そのステージを見たことはない、という人が多いのではないでしょうか。
 この本、「ツービート」で、たけしさんの相方だった、ビートきよしさんが、二人の漫才師時代のことを書いた本です。
 これを読むと、「まだ何者でもなかったビートたけし」の才能と鬱屈した姿、そして、たけしさんの実力を評価し、支えた人たちの姿が見えてくるのです。
 どんなにすごい才能でも、環境に恵まれないと、うまく開花したかどうかわからない。
 そういう意味では、たけしさんは幸運だったのかもしれません。


 著者のビートきよしさんは、浅草のストリップ劇場・フランス座で前座・幕間のコントをやって修業していたのですが、そこに後輩としてやってきたのが、たけしさんだったのです。
 たけしさんは無口で愛想の悪いエレベータ—ボーイで、言葉を交わすこともほとんど無かったのだとか。

 相方がエレベーターボーイを始めてから3、4ヵ月ほど経った頃だったろうか、相方の初舞台は突然やって来た。
「おいタケ、お前すぐに楽屋に上がってこい!」
 その日来るはずの助っ人の芸人が突如来れなくなり、その代わりに急遽呼ばれたのが相方だった。
「お前、舞台やりたいんだろ?」
 相方を楽屋に呼びつけた深見師匠が聞く。どうやら相方はエレベーターボーイをやりながら、ずっと深見師匠に「弟子にしてください!」と頼み込んでいたらしい。
「もう時間がねえんだ、お前出ろ!」
 それにしても、見るからに神経質そうで、暗い感じがするこいつが芸人になんかなれるの? 師匠に怒鳴られて、どうせすぐ逃げ出すんじゃないの?……当時の相方を見たオレはそう思っていた。


 そんなたけしさんだったのですが、舞台に慣れてくると自信を持ち、アドリブをどんどん繰り出すようになったのです。
 アドリブが止まらなくなり、持ち時間をこえることもしばしばだったたけしさんと、基本的に「台本どおりやる」きよしさん。
 だからこそ、コンビとしては、相性が良かったのかもしれません。

 仕事はさっぱりだったけど、相方とコンビを組んで以来、漫才の稽古は毎日のようにしていた。ちゃんとした稽古場なんてもちろんないから、フランス座の屋上で、ほぼ毎日2〜3時間ぐらいずっと2人で稽古していた。それはツービートになってからも続いた。
 もともと相方はフランス座にいた頃から稽古熱心だった。劇場の営業が終わって、みんなが帰った後も、誰もいなくなった劇場のステージに立って1人黙々とコントの稽古をしていた。いい加減そうに見えて、実はいつも芸のことしか考えていないヤツなのだ。
 そんな真面目な相方だけど、キャバレーの営業に関しては不真面目もいいところ。しょっちゅう仕事をすっぽかしてはオレが渡した交通費で酒飲んじゃうわ、仕事場に来たら来たで、たいてい酔っ払ってベロベロだった。

「二郎さん、悪ぃな…」
 トラブルを起してはいつもそう謝る相方。たぶん真面目だからこそ、キャバレーみたいな言葉が嫌だったんだろう。ステージに上がっても誰もウチらの漫才なんて聞いてやしない。キャバレー側もショーチャージを取るために「なんかやってればいい」っていう感覚。漫才がウケようがウケまいがそんなもの関係ない。そもそもツービートじゃなくたって、その辺の誰が出たって同じなのだ。


(中略)


 もっとも隣にいるオレはたまったもんじゃない。相方の暴走に毎回ヒヤヒヤもんだった。演芸場に出たときも相方はハチャメチャだった。
「あれ、あいつどこ行った?」
 見ると、自分の出番でもないのに、人の舞台に出てる。
「何やってんだ、あいつは」
 他の芸人が舞台やってるときに、いきなり舞台袖からケツ出してみたり。他のコンビが漫才やってるときに、その後ろをポコチン出してスッポンポンで走ったり.もうやりたい放題、無茶苦茶なことばっかり。しかも打ち合わせもなしに突然やり出すから手に負えない。お客さんもただビックリして見てるだけ。そりゃまあ漫才やってる後ろをいきなりポコチン出したヤツが走っていったらビックリもするよ。
「まったく、しょうがねーな…」
 そんなハチャメチャな暴走する相方をオレは止めなかった。それが相方の個性なんだから好きなようにやらせていた。もっともオレが「やめろ」と言ったところで、「はい、わかりました」なんて聞くようなヤツじゃないけど。


 芸人としての才能は、たけしさんには遠く及ばなかったのかもしれないけれど、鬱屈し、トラブルメーカーだった時代のたけしさんを庇護していたのは、きよしさんだったのです。


 その後、ツービートは若者を中心に爆発的な人気を得るのですが、当時のネタ、今から考えると、よくこれをテレビで放送できていたな、というものばかりでした。

『お笑い大集合』をきっかけにテレビ出演が増え、次第にツービートが注目されるようになった頃、当時大ウケしたネタに“標語ネタ”がある。
「やっぱりね、最近は交通事故が多いですからね」
「車が多いですから」
「危ないですからね。事故起さないように、ちゃんと交通標語を覚えてくださいよ」
「いろいろありますからね、交通標語も」
「注意一秒ケガ一生、クルマに飛び込め元気な子」
「そんなのあるかよ!」
「あるんだよ!」
「ないよ! そんなの」
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」
「怖いよ!」
「赤信号、バアさん盾に渡りましょう」
「危ないよ! おバアさん死んじゃうじゃねーか」
「気にするな、どうせバアさん先はない」
「やめなさいよ! お前はそんなことばっかり言って」
「バアさんがタンポン買ってミエを張り」
「関係ねーだろ!」
「うるせーな! いいんだよ」
「標語でも何でもないじゃねーか」
「ひとりひとりの協力で、なくそう事故とおバアさん」
 ——標語ネタはツービートのギャグの中でも抜群にウケた。


 ステージでのツービートの、たけしさんの早口での言葉の圧力みたいなものは、文字だけではないと伝わらないと思うのですが、いま、これをテレビで放送するのは難しいだろうなあ。


 その後、漫才ブームも下火となり、司会業やタレントとしての仕事などが増えていった相方と、きよしさんは疎遠になっていきます。

「お前らってさ、凄いよな」
「何が凄いんですか?」
「お互いに相方の悪口も言わないし。普通のコンビだったら悪口言うのに、言わないよね、お前たちは」
 お互い別々のピンでの仕事が増えた頃、いろんな人からそう言われた。
 コンビで別々の仕事が増えてくると、よくあるのが相方の悪口を言うこと。特に一方が売れっ子になって、もう一方は仕事が少なかったりすると、相手を僻んだり妬んだりして文句を言ったりするようになる。
 その点、ウチらは一切そういうことはなかった。


 この本のなかに、ツービートの「最後の営業」のときに、きよしさんがたけしさんと二人きりで食事をしたときのことが書かれています。
 僕は電車の中でこの本を読んでいたのですが、この場面を読んでいて、涙が止まらなくなってしまいました。
 機会があったら、ぜひ、読んでみてください。


 面白くて、ツービートのネタが懐かしくて、「コンビを組んでステージに立つこと」の難しさと素晴らしさが伝わってくる、そんな本です。