琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

「新しい物語」の絶滅


「新しい物語」は本当に必要なのか? - Hopeless Homeless
↑はとても興味深いエントリでした。


ダ・ヴィンチ」(メディアファクトリー)2005年10月号で、恩田陸さんと鴻上尚史さんがこんな話をしておられました。

鴻上:たぶん、チェーホフは役者も選ぶんだよね。小津さんの映画と同じで。シェイクスピアは少々下手な役者がやってもそこそこ観られるものになるんだけど、小津作品もチェーホフも、名優たちがやんないと目も当てられないから(笑)。あ、今その話をしながら、今回ぜひ聞きたかったことを思い出したんだけど、恩田さんって、物語ることが好きなの?


恩田:好きというか、ストーリーというものに興味があるというか……。私には、ストーリーにオリジナルなんかないという持説があって。つまり、人間が聞いて気持ちいいストーリーというのは、ずっと昔からいくつかパターンが決まってて、それを演出を変えてやってるだけだと。でも、昔聞いて面白いと思ったストーリーは今でもやっぱり面白い。それが不思議で面白いから小説を書き続けている、という感じなんですよね。


鴻上:つまり、同じパターンなんだけど演出を変えるというところに今の作家の使命があると?


恩田:そうですね。だから、私は新しいことやってますという人は嫌いなんです。それはあなたが知らないだけで、絶対誰かが過去にやってるんだからと。以前、美内すずえさんのインタビューをTVで見ていたら、『ガラスの仮面』は映画の『王将』が下敷きになっていると。で、今なぜ自分は漫画を描いているかというと、小さい頃、一生懸命夢中になって観たり読んだりしたストーリーを追体験したいからだと。それは、すごく共感したんですよね。

これ、3年以上前に書かれたものなのですが、恩田陸さんは、僕が知っている日本の作家のなかでは、かなり幅広くて斬新な物語を書いている人ではないかと思うのです。
それでも、本人の意識としては、「黄金パターンをアレンジしているだけ」なんですね。
小説とか映画とかゲームとかって、数を経験すればするほど、「新しさ」を感じる機会が減っていきます。
家庭用ゲームのRPGなんて、延々と『ドラゴンクエスト』を焼き直し続けているようなもの。
(『ドラクエ』は、『ウィザードリィ』『ウルティマ』の良いとこどり、でもあるのですが)
逆に、『ドラゴンクエスト』を他のRPGと差別化しているものは何か?と考えると、それは堀井雄二さんの味のあるセリフ回しであったり(『ドラゴンクエスト』のストーリーそのものは、けっして「斬新」ではないです)、鳥山明先生のキャラクターやすぎやまこういち先生の音楽、そして、操作性の良さ(これ重要!)とゲームバランスの良さ、なんですよね。
でも、これは「新しさ」ではない。
ヘタに斬新であろうとして失敗すると、『抜忍伝説』になっちゃったりするわけです。

ノルウェイの森』に、

死後三十年を経ていない作家の本は原則として手にとろうとはしなかった。
そういう本しか俺は信用しない、と彼は言った。

という人物(永沢さん)が出てくるのですが、僕は最近「永沢さんは正しいのかもしれないな」と思うんですよ。
すでにこの世の中に出ている本、そのなかでも「読む価値がある本」だけでも、僕の人生100回分くらいの時間はつぶせるはずで、当たり外れ(というか「外れ」)が多い「新しい作品」を読むことに意味があるのだろうか?などということを考えてしまいます。
極端な話、「新作」の価値って、「発行年月日が新しいこと」「周りに読んでいる人が多いこと」以外に何があるのか?
本当に「物語」は時代とともに「進化」しているの?


「インターネット文学」の可能性について(琥珀色の戯言)
↑でも書いたのですが、これだけたくさんの人間が創作にかかわるようになった時代で、「新しいもの」であろうとすれば、それは「他と違うことだけを狙った作品」になってしまうことがほとんどです。
しかしながら、そういうのは、受け手にとっては、けっして「心地よいもの」ではない。
「新しいものが出てこない」のは、送り手にとっては「もう掘り起こされつくしている」からで、受け手は「斬新なだけの物語なんて求めていない」から。
となると、「骨組はそのままで、いまの時代に合わせて背景や人物造型を変えるだけの物語」が再生産され続けるだけではないのか?
そして、作家にとっての技量というのは、読者が心地よいような言葉の選び方や背景・人物の描きかただけなのではないのか?
「オリジナリティ」を追求するより、「ディテールの細かさ、たしかさ」「操作性の良さ」で勝負したほうが良いのではないのか?
(いまのミステリって、けっこうそんな感じですよね。そもそも、現代で「密室」なんてよっぽど特殊な状況じゃないとつくれないし)

小説や映画やゲームで、「これは本当に斬新だ、こんなの見たことない!」っていう体験って、最近したことありますか?

……でもなあ、やっぱりどこかに「新しいもの」があるのではないか、という希望は捨てきれないんですよね。
ルナアルという人に、「幸福とは、幸福をさがすことである」という言葉があるのですが、こうやって「新しいもの探し」ができる環境にいるというのは、たしかにすごく幸福なことなのかもしれません。
そう思いつつも、「なんだかすごく無駄なことをしている」ような気分にもなるのです。
この袋小路、どこかに出口があるのだろうか……

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