- 作者: 渡辺誠
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2009/01/09
- メディア: 文庫
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内容(「BOOK」データベースより)
二十六年間の宮内庁勤務のなかで一番印象深い、昭和天皇の下での十八年間の記録の一部をお伝えしたかったのです。両陛下のお人柄が社会に正しく伝わりにくいこともありました。そこで大膳の一職員としてお仕えしてきた私の視点から、その生活の一端をできるだけ正確に伝えるべく、時の一部分を取り出しました。
僕は「食べ物に関する本」に目がないので、この本も書店で見つけたときに即買いしました。
221ページとそんなに厚くはない本ですし、もっと料理の写真が載っていたらいいのになあ、とは感じたのですが、それでも、「皇室の人たちは、ふだんどんなものを食べているのか」そして、「どういう人たちが、どんなふうにその料理をつくっているのか」が窺える貴重な資料であるのと同時に、「皇室」を少し身近に感じることができる本でもありました。
「天皇陛下のお食事」というと、毎晩豪華絢爛なフランス料理のフルコースや満漢全席のような「宮廷料理」が毎晩並ぶのかと思いきや、この本を読んでみると、他国のVIPを招待しての晩餐会などでなければ、「普通の家庭でも食べられる料理」ばかりなんですね。
ちなみに著者は、1984年に昭和天皇が召し上がられたすべてのメニューの記録を所持されていて、そのなかで、登場回数が多いものベスト3は、
(和食の主菜)
第1位:鰻蒲焼 16回
第1位:公魚空揚(わかさぎのからあげ) 16回
第3位:二見焼鶉(うずらのたたき肉の付け焼き) 15回
(洋食の主菜)
第1位:牛フィレ肉のロースト 12回
第2位:家鴨酒煮(合鴨の赤ワイン煮) 8回
第2位:虹鱒のバターソテー 8回
(そのほか)
第1位:うどん 15回
第2位:炒飯 13回
第2位:酢豚 13回
となっているそうです。まあ、「一般家庭の『ちょっとしたごちそう』が毎晩品を変えて並ぶくらい、という感じ」でしょうか。
ただ、この本を読んで僕が驚かされたのは、「ありふれた料理をつくるための、皇室の料理人たちの手間のかけかた」でした。
例えば、キャベツを切るときにはどうするか。家庭ならばまず一個を半分に切り、切り目を下にして、半円型の状態でその端から薄く切っていくでしょう。しかし、このやり方だと、三角形の部分も出るし、芯の部分の厚いところもあるし、薄い部分も出て、同じ大きさに切り揃わない。
ですから、大膳(天皇陛下の食事をしつらえる部署)では、キャベツは半分に切らないで、最初にキャベツのシンを大きく切り取り、やわらかい部分の葉だけを一枚か二枚抜いて、それをスライスするという贅沢極まりない切り方をします。タマネギもキュウリもニンジンも、ありとあらゆるものをこのやりかたで切り揃える、これが大膳の流儀でした。
国賓を迎える晩餐会のみならず、日常のお食事を作るときも例外ではありません。むしろ普段のほうがうるさいぐらいでした。ホテル出身でスピード第一と考えていた私は、よく中島副主厨長から「すごいねえ、ナベは。野菜を全部違う大きさに切ってある。すごいなあ」と、からかわれたものです。
お米を炊くときも、世間とはやり方が違います。お米を研ぎ、ザルに上げて一度乾燥させます。大きな天板にその米を広げて、一人もしくは二人のスタッフが、異物がないか、黒い部分が混じっていないかを見ながら、菜箸で米一粒ずつ選り分けていきます。
こういう具合に大膳では手間と時間を惜しまずに料理を作ります。献立にはごく日常的な食材が使われていますが、料理は必ずしもシンプルではありません。むしと複雑な料理法で作られるものが多いと思います。
漫画『美味しんぼ』で、海原雄山がこの「米を一粒一粒選り分けて、粒をそろえたご飯」で山岡士郎をやりこめる話があったのを僕は思い出しました。大膳では、毎日それをやっているのか……
超一流の料理人たちが「手間をいとわずに作る家庭料理」には、食材や料理そのものが「豪華な料理」よりも、はるかに「凄味」を感じます。
人を使えるっていうのが、やはり、最高の贅沢なのかもしれませんね。
単においしそうな料理の話だけではなく、「日本人にとっての『皇室』とは?」「食の伝統の保護者としての『皇室』の役割」なども考えさせられる、とても興味深い本でした。