琥珀色の戯言

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【読書感想】戦争の地政学 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

そもそも「地政学」とは何か?
地理的条件は世界をどう動かしてきたのか?
「そもそも」「なぜ」から根本的に問いなおし、激動世界のしくみを深く読み解く「地政学入門」の決定版!

現代人の必須教養「地政学」の二つの世界観を理解することで、17世紀ヨーロッパの国際情勢から第二次大戦前後の日本、冷戦、ロシア・ウクライナ戦争まで、約500年間に起きた戦争と激動世界の「構造を視る力」をゼロから身につける!


 人間の行動は、その地理的・気候的な条件に左右されるのです。
 21世紀も20年以上が過ぎて、情報の障壁はインターネットでかなり低くはなりましたが、日本のなかでも、豪雪地帯で生活している人は冬の活動は制限されるし、海に面していない県には、「海を見たことがない人」もいます。
 それは人間の集まりである「国家」に関しても同じで、国家の活動方針も、その地理的な条件に大きな影響を受けることになります。
 内陸国海上貿易で利益を得ることは難しいし、日本のような海に囲まれた国だと、「守りやすいが、侵略はしにくい」わけです。
 もちろん、圧倒的な国力の違いがあれば、そういう地理的条件だけでいざといときに守り切れる、というものではないのですが。

 日本では、地政学は、太平洋戦争時の「生存圏の確保」とか「海外侵略の理論的根拠」と結びつけられ、敗戦後、忌避されがちでした。
 しかしながら、ウクライナ戦争や中国の台頭で、「地政学」があらためて注目されるようになってきているのです。

 この本は、その「入門書」として上梓されているのですが、読んでみた印象としては、「内容は、僕のような『地政学』初心者向けなのですが、世界史や地理の基礎知識は必要、文章も硬質で、読みやすいとは言えない」というものでした。
 「地政学」にはこれまでの流れはあるけれど、いまだ定説は存在しないし、それぞれの国や地域の置かれた立場によって、さまざまな考え方があるのです。そして、地理的な条件は重要な要素であっても、それだけですべてが決まる、というわけではありません。

 一般に地政学と呼ばれているものには、二つの全く異なる伝統がある。「英米地政学」と「大陸系地政学」と呼ばれている伝統だ。両者の相違は、一般には、二つの地政学の違いのようなものだと説明される。
 しかし、両者は、地政学の中の学派的な相違というよりも、実はもっと大きな根源的な世界観の対立を示すものだ。しかもそれは政策面の違いにも行きつく。たとえば海を重視する英米地政学は、分散的に存在する独立主体のネットワーク型の結びつきを重視する戦略に行きつく。大陸系地政学は、圏域思想をその特徴とし、影響が及ぶ範囲の確保と拡張にこだわる。

 著者は、地理学者のハートフォードマッキンダーが1904年に発表した論文「歴史の地理的回転軸」を地政学が生まれたターニングポイントと指摘しています(マッキンダーは、自身の仕事を「地政学」とは呼ばず、「地政学者」と呼ばれることも拒絶していたそうです)。

 1904年の論文「歴史の地理的回転軸」において、詳細かつ洞察に満ちた地理的条件の説明をこえて、マッキンダーが行った魅力的な洞察の第一は、ユーラシア大陸の中央部に「ハートランド」と呼ぶべき特別な地域がある、ということであった。
ハートランド」は、北極という無人地域を後背に持つ点で、特別な性格を持っている。つまりハートランドは事実上、北方からの侵略者の脅威を持たない。これはハートランドに位置する政治共同体に大きな優位を与える地理的条件であろう。
 ただしハートランドには、不利に働く地理的条件も課せられている。それは、大洋に通じる河川を持たない、という弱点と言ってもいい特徴である。つまりハートランドは、大海へのアクセスを持っていない。

 大陸中央部のハートランドを典型とする大陸の要素を持つ国家は、ランド・パワーとして特徴づけられる。このランド・パワーとは全く反対の地理的条件を持つのが、大陸に属さない島嶼群である。周囲を大海に囲まれた島嶼に存在する政治共同体は、大陸国家の全く反対の地理的条件を持っているがゆえに、ランド・パワーとは全く異なる行動の傾向を持つだろう。マッキンダーがシー・パワーと規定した島嶼国家群は、大陸に向かって膨張政策をとるようなことはしない。すでに大海へのアクセスは持っており、貿易などを通じた利益を求める場合であっても、大陸の奥深く政治的勢力を広げる必要はないからである。ただし、ハートランドのランド・パワーが膨張政策を完成させ、シー・パワーの大陸へのアクセスそのものを遮断するのであれば、それはシー・パワーにとっても大きな脅威である。したがってシー・パワーは、ほぼ歴史法則的に、拡張主義をとるランド・パワーの膨張を封じ込めるための政策をとる傾向を持つ。
 ランド・パワーの雄であるロシアの膨張主義を、シー・パワー群が封じ込める。このほぼ必然的なランド・パワーとシー・パワーの行動の傾向は、言うまでもなく、19世紀を通じてロシアとイギリスの間で展開されたグレート・ゲームの構図を強く意識したものであった。

 シー・パワーの国だったイギリスと日本が、ランド・パワーの代表的な国であるロシアと戦ったのが日露戦争であり、マッキンダーは、まさにその時代を生きていたわけです。

 そして、いま、2022年にはじまったウクライナ戦争でも、ロシアの膨張主義に、アメリカを中心としたシー・パワーの国々が対抗しているのです。

 マッキンダーは、ランド・パワーとシー・パワーの境界(あるいは接点)であるユーラシア大陸の外周部分を「インナー・クレセント(内側の半円弧)」、その外側の島嶼地域を「アウター・クレセント(外側の半円弧)」と規定しています。
 この「アウター・クレセント」が、イギリス、日本、カナダ、オーストラリアなどの有力なシー・パワー国家の海上交通路として開かれている地域なのです。
 シー・パワーとランド・パワーの力関係は基本的には拮抗しているのですが、両者の中間に位置する「インナー・クレセント」の地域は、双方からの圧力にさらされます。

 マッキンダーによれば、「インナー・クレセント」に位置するインド半島朝鮮半島などの半島部分は、「橋頭堡(Bridge Head)」と呼ばれる重要地域である。大陸から突き出した橋頭保へのアクセス確保を、シー・パワー諸国は、非常に重視する。それは、橋頭保を押さえて大陸へのアクセスを確保すれば、ランド・パワーの膨張を牽制していくことができるからである。もっともランド・パワー側から見れば、橋頭堡を押さえ込んでしまえば、シー・パワーの大陸へのアクセスを拒絶することができる。こうして橋頭堡である半島周辺は、歴史の地理的回転軸がもたらす傾向として、ランド・パワーとシー・パワーの間の激しいせめぎあいが生まれる地域となる。


 「歴史は繰り返す」とは言いますが、ウクライナ戦争というのは、ランド・パワーの雄であるロシアは隣国であるウクライナを、自分たちの安全のためには譲れない「生存圏」とみなしていたのだと思われます。
 そこにミサイルが配備されたり、NATOに加盟したりすることへの危機感は非常に大きかったのだけれど、シー・パワーの国であるアメリカやイギリスは、その「ロシアの危機意識」を小さく見積もってしまったのかもしれません。
 ウクライナNATO加盟に対して加盟国が消極的なのは「その判断がロシアに与える影響」を危惧していたからなのでしょう。
 とはいえ、独立国であるウクライナの自国についての決断に、他国が干渉することはできない。「他の国のために緩衝地帯になってくれ」とは言えないですよね。思っていたとしても。
 結局のところ、「地政学」の現状での問題点というのは「侵略戦争の背景を合理的に説明することはできるのだけれど、侵略戦争を予防するための役に立っているとは言えないこと」なのかもしれません。

 中国とは、地政学の観点から見て、どのような国家か。この問いは現代世界において決定的な重要性を持っている。
 ところが意外にも簡単には答えられない。ある者は、ランド・パワーの雄だと言う。大陸系地政学の観点からは、アジアの覇権国という位置づけになるかもしれない。
 だがたとえばスパイクマンの理論を参照するならば、中国は「両生類(Amphibia)」である。中国は、大陸に圧倒的な存在感を持って存在している一方で、遠大な大洋に通ずる沿岸部を持っている。中国は、歴史上、大陸中央部からの勢力による侵略と、海洋での海賊等も含めた勢力による侵食の双方に、悩まされてきた、「両生類」として生きる運命を持っている国家だとも言える。

 大国化した中国は、これまでの「ランド・パワー」と「シー・パワー」の概念を変える存在になっていくのかもしれません。
 インターネットを介した情報戦や、宇宙が舞台になっていくことによって、これまでの「国とその領域」の範囲も、異なるものになっていくはずです。

 「地政学」は万能ではない、ということも含めて、「地政学」の大まかな流れを知ることができる新書らしい本だと思います。


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