琥珀色の戯言

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ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。 ☆☆☆☆☆


ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。 (100周年書き下ろし)

ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。 (100周年書き下ろし)

内容(「BOOK」データベースより)
“30歳”という岐路の年齢に立つ、かつて幼馴染だった二人の女性。都会でフリーライターとして活躍しながら幸せな結婚生活をも手に入れたみずほと、地元企業で契約社員として勤め、両親と暮らす未婚のOLチエミ。少しずつ隔たってきた互いの人生が、重なることはもうないと思っていた。あの“殺人事件”が起こるまでは…。辻村深月が29歳の“いま”だからこそ描く、感動の長編書き下ろし作品。


この本、昨年末にいろいろ出ていた「今年のベスト本」的な企画で、けっこう名前が挙がっていたんですよね。
しかも、直木賞候補にもなりました(受賞には至りませんでしたが)。
ただ、ちょっと気になったのは、書評でこの作品を褒めていた人たちは、みんな女性だったんですよ。
感想も「アラサー女性のリアルな気持ちを描いている」という紹介が多くて、男である僕が読んでも理解できるような小説なのだろうか?と、不安ではありました。
その危惧は、半分当たっていて、半分外れていた、という感じなのですが、少なくとも、この小説に出てくる女性たちの「オンナの友情」とか「恋愛観」みたいなものは、僕にはちょっと理解できませんでした。もちろん、理解できないものを知るというのも読書の面白さではあるのですが。
でも、この小説の主人公・神宮司みずほが感じている、地方都市で、「ちょっといいとこの子供」として育ち、中途半端なエリートとして進学校から大学に進んでしまった哀しみ、地元では「ああ、勉強できたもんね」と「違う人種」扱いされる一方で、「エリートたちの世界」で力比べをするほどの気概も能力もないという、「自分の居場所が無い、せつなさ」に、僕はシンクロせずにはいられなかったんですよ。

 中学までは、特に意識しなかった。周りの友達とどの程度話が通じるかなんて。友達の愚痴や恋愛話、堅い話題はせいぜい学校の勉強について。高校に入ってからは、大学入試の論文や面接に絡むせいで、新聞を読むこと、ニュースに関心を払うことは義務のようになり、大学に入れば、それらは当たり前の日常知識として私の生活に溶け込んでいた。私は結局フリーの道を選んだけれど、企業に就職を考える友人たちは特にアンテナを高くしていたし、互いの話す内容がわからなければバカにされてしまう。そういう種類の無言の圧力を感じていた。
 公立の中学校から先の高校や大学は、自分で選んだ進学先だけあって、私と同じ程度の志向の、似た種類の人間が集まる。学力はもちろん、生活力、考える力までが釣り合っていたように思う。
 山梨に戻って、チエミたちと再会したとき、驚かされたのは、彼女たちの圧倒的な関心のなさ、考える力のなさだった。驚かされた、というよりは、思い出した、というべきか。中学校の頃と同じく、自分の身の回りの範囲と芸能ニュースにしか興味がないのだ。
 県議会議員国会議員の区別がつかず、選挙があってたとえ投票しても、自分が今投じた票が、何を決めるための選挙なのかがわからない。不況だ、不況だ。景気が悪い、と現状を嘆いていてもその原因がどこからくるのかは興味がない。不況の煽りを食って勤めている会社が傾いているかどうかもわからない。倒産したとき初めて会社の文句をいうというイベントを経て、別の同じような勤め先を探すだけ。
 それで、生きていけてしまうのだ。何も困らずに。
 私が気を張ってアンテナを高くしていることが滑稽に思えるように、周りの時間はゆっくりと淀むように流れていた。

なんというか、辻村さん、思い切ったことを書いてるなあ、と。
たぶん、ここで「関心がない、考える力がない」と言われている人たちは、この小説を手にとることもないのだろうけど……

僕がいくら「みんなと同じなのに!」と言ってみても、地元では「別の世界に行ってしまった人」でしかないし、小中学校の同級生には、いきなり敬語で話しかけられてしまう。
周囲の「地元と恋愛のことしか考えていない連中」には馴染めず、東大とか京大に行ってしまうような、天下国家を語るバリバリのエリートには気おくれしてしまい……これって、辻村さんの実体験が反映されている作品なのかなあ。千葉大学教育学部卒、という辻村さんの略歴をみて、そんな邪推をしてしまったのだけれども。

その一方で、この作品を読んでいると、チエミが抱えている「閉塞感」に比べると、みずほの「良い子っぷり」が、けっこう感じ悪かったりもするんですよ。
なんのかんの言っても、みずほは現実にはそんなに傷ついていないというか、けっこう幸せそうで、チエミへのこだわりも、「憐憫の情」のようにも思えます。
地元の「自分の周囲のことしか見ようとしない同級生たち」を内心嘲りつつも、「本物のエリート」に対しては、その「弱者への冷酷さ」に憤る。
お前はいったい、どっちなんだ?
……これは、僕自身もそう問われていたような気がしてなりませんでした。

読みながら、角田光代さんの『対岸の彼女』を思い出していたのですが、この『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』は、『対岸の彼女』ほど圧倒的な完成度の作品ではありません。
いわゆる「ミステリとしての謎解きの面白さ、意外性」にも乏しい。
しかしながら、この作品には、ある種の「身を削って言葉にしている生々しさ」を感じるのです。

ちょっと読者を選ぶ作品かもしれませんが、僕の感想で興味を持たれた方は、ぜひ読んでみてください。
「何そのスイーツ小説?」って思われた方は、たぶんやめておいたほうがいいです。

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