- 作者: 鈴木みそ
- 出版社/メーカー: 徳間書店
- 発売日: 2012/03/02
- メディア: コミック
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内容紹介
2011年3月11日。この日の衝撃は、実際に被災地に身を置いていた人たちばかりではなく、その被害映像を目にした世界中の人間たちの心をはげしく振るわせた。ドキュメンタリーコミックの第一人者である鈴木みそが、まずは自分の周りから取材を広げていきながら、今回の震災が浮き彫りにした現代日本の「日常」を描き出していく。 「都市被災編」「書籍流通編」「先端科学編」「日本経済編」「食品汚染編」「東北取材編」の6編に加え、ガイガーカウンターの利用方法をまとめた漫画「放射線の正しい測り方」2編も収録。
僕にとっては、『ファミコン通信』の『あんたっちゃぶる』からずっと読みつづけている鈴木みそさん。
コミックビームの『銭』も印象的でした。
この本のオビには、「ルポコミックの名匠」と書かれているのですが、「みそさんも、ここまで来てしまったのだなあ(悪い意味じゃなくて、ですよ)」と感慨深かったです。
いまでも、収財対象に対するフットワークがすごく軽くて、あくまでも「ひとりの人間・鈴木みその視点」は失われていません。
「ルポルタージュ」を描いている人にありがちな、「無知な読者に教えてやる」というのではなく、「自分がわからなかったことを調べてみたら、こんなふうになっていたんだよ」というのが、みそさんの持ち味なのです。
この『僕と日本が震えた日』の冒頭には、東日本大震災の日、鈴木家に起こった出来事が書かれていました。
みそさんの中3の娘さんは、あの日、東京ディズニーシーに行かれていたそうです(サポっていたわけではなく、試験の代休で)。
書道教室の講師をされていた奥様は、着物のまま家まで16キロも歩き、ようやく帰宅。
家族が再会する場面では、読んでいた僕もホッとしました。
翌日の夜、娘さんはなんとか帰宅することができたのですが、鈴木家に起こった出来事というのは、今回の大震災のなかでは「そのくらいですんでよかったね」と思われるものでしょう。
そして、こんな家族にとっては不安極まりない体験が、「そのくらいですんで」ということは、被災地で、直接の被害を受けた人たちにあの日起こったことは……
このルポルタージュは、被災地のことを直接描いたり、原発事故に対する東電の責任を追及したりするものではありません。
みそさん自身が「手に届く範囲」で、心配なこと、気になっていることを、「いま、どうすればいいのか」不安を抱きつつ取材したものです。
そして、だからこそ、同じように直接の被災地から少し離れて生きている人たちにとって「本当に知りたいこと」が描かれているのです。
この本のなかに、「放射線の正しい測り方」という章があります。
KEK(高エネルギー加速器研究機構)の野尻美保子教授をはじめとするスタッフ、「放射線のプロ」たちが、みそざんの質問に答えているのですが、そのなかでは、こんなやりとりがなされています。
質問に答えておられるのは、野尻教授とKEK広報室長の森田准教授です。
「それで、こちらは放射線のプロということですが」
「はい」
「現在相当量の放射性物質が撒き散らされたと言われていますが、住んでいて大丈夫なんですか、って聞かれますよね?」
「聴かれます。でも、私たちは放射線のプロですけども、長期間にわたる低線量被ばくが人に与える影響は『わからない』としか言えません」
「そうですよね…」
「ではセシウム汚染牛なんですけど、食っちゃえばいいじゃん、ってぼくは思ってるんだけど」
「自分でも調べてはいますが、食料から入る内部被ばくに対する危険性も専門ではないので」
「ヨウ素のついた野菜は冷凍して数ヶ月たって食えばいいって話がありましたね」
「ヨウ素に関してはね」
「ヨウ素は90日経てば2200万分の1に減りますから安全です」
「じゃ、牛肉も冷凍しちゃえば」
「それはダメ」
「あっそうか、冷凍しても、30年で半分か」
「肉にしないで生かしておけばいいの」
「汚染された餌を与えさえしなければ、セシウムはだんだんに排泄されていきますね」
「なるほど、専門外のことも科学的に正しい考え方をするってことが大事なんですね」
「その通りです」
この本のなかでは、「科学的に正しい考え方をすることの重要性」が繰り返し語られています。
「具体的な数字」も、その解釈のしかたによって、ずいぶんその意味は変わってきます。
食品の放射能を測定している施設で、みそさんが持ち込んだ「福島の路地モノのリンゴ」から、「20ベクレル」という数字が検出されました。
ところが、大阪大学の菊池誠教授は、そのリンゴを平然と食べてみせます。
「あの…それ20ベクレル出たリンゴですけど、きくまこ先生も気にしない人ですか?」
「1キログラム当たり20ベクレルでしょ?」
「あ、そうか。ひとかけらは100グラムもないから 2ベクレルか……」
「じゃあ、この165ベクレル出た銀杏も、150グラムだから…6分の1以下か。カラつきの数字だから、全部食べるわけじゃないし」
ちなみに、この銀杏は70粒あり「一粒あたり、0.1ベクレル」だったそうです。
菊池先生は、最後にこうおっしゃっています。
「気にする、気にしない以前に、単位は正確にね」
「具体的な数字」であるからこそ、こういう勘違いというか、不安を過剰に評価しがちな面もあるのです。
本当に「単位を正確に」って、大事なことだよなあ。
この本で紹介されている「正しい放射線の測り方」のなかで、野尻教授は、こう仰っておられます。
放射線の線量を正確に測るということは、かなり面倒なことで、体温計で熱を測るようにはいきません。
一定の確率でランダムに起きる核の崩壊によって放射線は出るので、1分間で50個出ることもあれば、10個しか出ないこともある。
大きな検出器を使うか、長い時間計測することでしか、正しく測定できません。
なので、私たちはよくこう言っています。
「放射線測定に近道なし!」
テレビ番組で食品に線量計を当てて測っているシーンを見かけますが、「そんなものでは測れませんし、根本的に間違っている」のだそうです。
地面から出て空中を飛ぶガンマ線に比べて、食品から出る放射能は微々たる量で、「あたりを飛んでいる放射線をすべてブロックすること、精度の高い測定器を使うこと」が必要です。
「食品を測るときに大切なことは、1に遮蔽、2に遮蔽」
ニュースで記者が線量計を食品にあてて「計測」して、「こんなに高い値が!」なんてやっているのは、「いいかげんな測定」でしかないのです。
彼らは、「正しい測り方」を知っているはずなのに……
僕は、この本を読んで、「放射線の影響を過小評価しようとする人たち」がいる一方で、「放射線の恐怖を過剰に煽ろうとする人たち」もいるのだということを、あらためて思い知らされました。
「長期間にわたる低線量被ばくが人に与える影響は『わからない』としか言えません」
100ミリシーベルトで、ガンになるリスクが上がる(0.5%の人がガンになる)と言われていますが、もともと、日本人の4割がガンになるのです。
このマンガによると、「0.5%ってことは、200人のうち、別の要因でガンになるのが80人いて、1人だけ放射線が原因でガンになるという確率」。
もちろん、0.5%というのは無視できる数字ではないし、ガンになるリスクは低いにこしたことはないのですが、「それを気にするあまり、放射線を避けるためだけの人生」になってしまうのも、どうかな、という感じです。
(ただし、子どもの場合は、リスクが上がる可能性はあります。これは、この本のなかにも描かれています)
あの地震から、1年。
いまの日本で生きている「直接被災したわけではないけど、なんとなく不安な人たち」を、少し安心させてくれる「知識」と「考え方」が、たくさん詰まっている本です。
読みやすいし、みんなが本当に知りたいことを、みそさんが専門家に訊いてくれています。
「わからないこと」はまだまだたくさんあるのだけれども、「わかっていること」「科学的に予測できていること」もたくさんあるのです。
590円+税で買える「安心」。