琥珀色の戯言

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【読書感想】ツール・ド・フランス ☆☆☆☆

ツール・ド・フランス (講談社現代新書)

ツール・ド・フランス (講談社現代新書)


Kindle版もあります。

ツール・ド・フランス (講談社現代新書)

ツール・ド・フランス (講談社現代新書)

内容紹介
ここ数年、ヘルシー志向の高まりやエコの観点から、自転車に乗るサイクリストたちが急増、自転車ブームが到来している。実は、これが日本におけるブームの3度目で、高度経済成長期において青春を満喫する「銀輪サイクリングブーム」が最初、1985年にNHKが特集で放送したことがきっかけで「ロードレーサーブーム」が起きたのが2回目である。
その2回目のブームを巻き起こした放送というのが、世界最大の自転車レース「ツール・ド・フランス」である。「ツール」とは「一周する」という意味のフランス語で、文字どおりフランス全土を約3週間にわたって自転車で一周する。途中、数々の名場面の舞台となったアルプスやピレネーの山々を駆け上ったりし、総距離はじつに3600kmにも及ぶ。
そんな壮絶なレースのはじまりは、1903年。スポーツ新聞の拡販キャンペーンとして実施されたことに由来する。以後、二度の世界大戦による中断をはさんだものの、今年2013年6月29日から開幕する大会でちょうど100回目を数える。
本書では、100回を数えるまで歴史を積み重ねてきたツール・ド・フランスのスポーツとしての魅力を、これまでの名勝負・名選手にまつわるエピソードから抽出し、同時に、歴史を育んできたフランス、ひいては欧州文化の土壌を紹介する。
近年、南米や東欧の選手たちの躍進が目覚ましいなか、日本人選手の活躍も記憶に新しい。アームストロングのドーピングによる7連覇剥奪といった事件もあったが、新たな世紀に突入するツール・ド・フランスの魅力を一冊に。


内容(「BOOK」データベースより)
欧州の歴史と文化が形成していったツール・ド・フランスは、先にも述べたが経済や社交、娯楽やピュアスポーツが渾然一体となって進行していく。しかし最も本質的な部分は「勝った、負けた」の競技であり、本書ではこの大会の骨格と言うべきその部分に絞って紹介している。


今年(2013年)6月29日から、「ツール・ド・フランス」の第100回大会が開幕します。
僕は自転車競技には疎いのですが(競輪場にも1回しか行ったことないですし)、1990年代の前半、この「ツール・ド・フランス」が夜中に毎日中継されていた時期には、けっこう楽しみにみていた記憶があります。
当時は、ミゲール・インデュライン選手の全盛期でした。


そして、癌から奇跡の復活を遂げ、前人未到の7連覇を達成した、アメリカのランス・アームストロング選手。
僕は彼の不屈の精神に感動しましたし、『ただ、マイヨ・ジョーヌのためでなく』という著書を読んで涙しました。
……まさか、こんなこと(アームストロング選手のドーピングによる永久資格停止とこれまでの記録の剥奪)になろうとは……
この新書を読んでいると、著者の「汚れた英雄」に対する苦々しい思いが伝わってきます。
抑えた筆致で書かれているだけに、なおさら。
いま、アームストロングさんが「1着入線」した1999年から、2005年のツール・ド・フランスの公式記録は「優勝者が空欄」になっています。
「2位以下の選手の繰り上げはしない」ことに決まったそうです。
その一方で、ドーピング、あるいはその疑惑が取り沙汰されていたのは、彼だけではないのも事実です。
僕自身、ランス・アームストロングさんについては、「あのときの感動を返せ!」という気持ちと、「どうせだったら、あのまま騙し続けてほしかった、かも……」という気持ちが半ばしているのです。
僕みたいな「ツール・ド・フランスのときだけ、ちょっと自転車競技が気になる」人間でさえこんな感じなのですから、長年自転車競技を愛し、応援してきた人は、ほんとうにやりきれないだろうなあ……


「自転車に乗っている」ために、そんなにキツくなさそうに思えてしまう「ツール・ド・フランス」なのですが、見た目よりもはるかに過酷な競技なのです。

 近年におけるツール・ド・フランスの1ステージは平均するとおよそ200km。プロ選手はこれを平均時速40km超で走るので、1日4〜5時間にわたってハイレベルな有酸素運動をこなしている。
 サイクリングは脂肪を燃焼させる効率が最もよいとされる運動なだけに、プロ選手体脂肪率はのきなみ1ケタ台。体重が軽いほうが有利な山岳コースをにらんでさらにダイエットすれば体脂肪率5%などという驚異的な数値になる。スポーツをしていなければこれは異常な値で、感染症などウイルスへの抵抗力が落ちるので風邪をひきやすいなどのデメリットもある。ただし、鍛え抜かれた彼らの身体は強靭だ。
 毎年、開幕前に出場全選手は健康診断を受けるが、1分間の心拍数が30回を切る選手も少なからずいる。有酸素運動を継続的に行うことで心臓が1回の鼓動で送り出す血液量が多くなる、規格外の肉体を有するのである。
 陸上競技のマラソン選手と体型や運動能力は通じるところがある。フルマラソンツール・ド・フランスの1ステージを走るエネルギー消費量はほぼ同じだ。マラソンのトップ選手がシーズンで数回しかレースに出場できないのに対し、自転車選手はなぜ23日間も走り続けられるのかと言えば、路面からの衝撃で体を痛めることが少なく、自らの体重もペダル、ハンドル、サドルに分散でき、ストレスが一部に集中しないことが理由のひとつだ。だからサイクリングはだれでも無理なく継続することが可能で、そのためフィットネスに最適だと言われている。

ひとつのステージがフルマラソンと同じエネルギー消費量だというのですから、本当に過酷なスポーツです。
それを23日間、ですからねえ。
ツール・ド・フランス」の場合は、ロードレースということもあり、事故や転倒による怪我も珍しくありません。
山岳コースでは、ひとつ間違えれば谷底に落ちてしまいそうなところを、なるべく早く走らなければなりません。
実際に死亡事故も起こっています。
しかしながら、こういう過酷な競技は「だからこそ面白い」のも事実なわけで。


ちなみに、ツール・ド・フランスは、フランスのスポーツ紙「レキップ」が宣伝のためにはじめたもので、第1回大会は1903年。
最初は、自転車そのものがまだ普及しておらず、いまよりももっと長い距離を、長い時間をかけて走破するものだったそうです。
ひとつのステージが長いため、夜も走らなければならなかったのだとか。


第2回大会では、こんな話もあったそうです。

 パワーアップした第2回大会ではあったが、当時のルールはと言えば、現在のように厳密に設定されていたとは言い難く、コミッセールとよばれる審判団が全選手をきちんと監視するという態勢にはほど遠かった。
 とはいえ、社会的に認知されたこともあって、多少なりとも厳格化され、第1回大会では許可された「自分の選んだ区間だけを走る」という部分参加が廃止された。しかし、審判長のルフェーブルも、選手が闇夜にまぎれて列車に乗って移動するという不正行為までは監視できなかった。
 ガランは全日程を終えて総合2位の選手を大きく引き離して2連覇を達成したかに見えた。しかし、不正移動の疑惑が浮上する。4ヵ月を要した調査の結果、ガランを含む複数の選手による鉄道移動が明らかになった。

電車ワープって、『24時間テレビ』のマラソンかよ!
いまから考えれば、牧歌的な時代だった、ような気もしますけどね。


このレースが大きな存在になっていくとともに、勝者となることへの渇望や周囲からのプレッシャーから、ドーピングや「ルールギリギリのラインでの強化策」も横行していくようになりました。

 過去には興奮剤などが服用されたようだが、近年は自らの血液を抜き取って冷凍保存し、ここぞと決めた勝負どころを前にして体内に戻す血液ドーピングが蔓延していたと言われている。これなら旧来の尿検査では発覚しない。
 さらには、EPOとよばれる血液ドーピングへ。赤血球の産生を促進するホルモン、エリスロポエチンを正当な医療行為ではなしに注入する。血液中の赤血球値が増えれば、酸素がそれだけ多く体内に循環するので、有酸素系スポーツは有利になる。しかも過渡期の検査ではそれが自然に体内で増えたのか、故意なのか判別しにくかった。
 パフォーマンス向上の代償として、身体への悪影響も懸念される、たとればこんな話がある。選手が宿泊しているはずの隣の部屋から、未明に室内ローラーをこぐ音が聞こえる。怪談なんかではない。赤血球容積率が増えることで血液がドロドロになり、安静時に心拍数が低下すると心臓停止に陥る危険が増すのだ。そのため、選手は下限値をアラーム設定した心拍モニターを胸につけてベッドに入り、アラームが鳴るとあわてて自転車をこいで心拍数を高めたという。

そこまでやるのか……
まさに「命懸け」で、勝とうとする選手たち。
ここまでくると、なんというか、健康的なスポーツという観点からかけ離れてしまっているのではないか、としか言いようがありませんが……


「暗部」の話ばかり採り上げてしまったのですが、この新書の多くは、これまでの「ツール・ド・フランス」での名選手、名勝負をピックアップした「列伝」に割かれています。
マニアにとっては「そんなこと知っているよ」っていうエピソードばかりなのかもしれませんが、エースとアシストとの関係とか(それがレース中に逆転したりすることもあるんですよ、「ツール・ド・フランス」では)、ベルナール・イノー、ローラン・フィニョン、グレッグ・レモンのライバル対決とか、「山岳賞」をめぐる物語とか、すごく読みごたえがあるんですよ。
自転車レースがなぜこんなにヨーロッパで人気になるのか、わかるような気がします。

 さて、最も優勝の可能性が高い実力者がエースとなってツール・ド・フランス総合優勝の栄冠に向けて走るのだが、やはりそこはピュアスポーツ。アクシデントもあれば好不調、チーム内での感情のもつれもある。エース交代劇や有力選手のリタイアは星の数ほど演じられてきた。それがまたツール・ド・フランスの歴史でもあるのだから……
 さらには、他チームの有力選手の思惑も絡む。1区間ごとにめまぐるしく変わる順位。チーム内での序列。ライバル同士の駆け引き。筋肉を酷使し、気力を振り絞って走るレースなれど、チェスや将棋のように状況変化によって変更される作戦。ツール・ド・フランスの魅力は尽きないのである。

 ちなみに、ツール・ド・フランスはどんどん国際化が進み、2011年にオーストラリア、2012年にはイギリスの選手が優勝しています。
 そして、ここ数年、日本人選手も、印象に残る走りをみせているのです。
 実は、この本を読むまで、僕も日本人選手が「ツール・ド・フランス」を走っていることを知らなかったのですが。


 自転車レースの、「ツール・ド・フランス」の面白さが凝縮された、格好の入門書だと思います。
 今年は日本でもCSとかで中継するのかなあ(調べてみたら、J SPORTSで中継されるようです)。

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