琥珀色の戯言

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【読書感想】職業治験 ☆☆☆☆


職業治験 治験で1000万円稼いだ男の病的な日々

職業治験 治験で1000万円稼いだ男の病的な日々

内容紹介
C型肝炎の新薬、認知症に効果的とされる薬、新型麻酔薬、統合失調症の薬、飲むだけで禁煙できてしまう薬、本当に便利になったものです。これらの薬の実験台になった著者の本です。開発段階の訳の分からない「新薬」を飲んで飲んで飲みまくり。その薬のデータをとるために採血の連続。製薬会社からその見返りとして、お金をもらって生活しています。21歳から7年間、トータル入院期間一年間、総採血回数1000回。日本だけに留まらず、欧州、南米と世界の治験を体験した著者が、薬が生まれる前での恐るべし工程を綴った一冊です。


内容(「BOOK」データベースより)
まだ開発段階の「新薬」を飲んで飲んで飲みまくり…。その薬のデータを取るために採血の連続。治験歴7年、トータル入院日数365日、採血数900回。報酬金額1000万円。割がいいのか、悪いのか。絶対にオススメしないお金の稼ぎ方。


「治験」というのを、ご存知でしょうか?
 医学の進歩というのは、新しい薬の開発とともにあるといっても過言ではありません。
 100年くらい前は、新薬に対して、開発者自身や身内、あるいは罪人を被験者(というか、わかりやすくいえば「実験台」ですよね)にして、副作用や効果をチェックしていたのですが、現在では、より客観的に、安全性重視で評価をすることになっています。
「人類のために新しい薬をつくらなければならない」のですが、動物実験などで安全性を確認したとしても、いきなり病気で体力が低下している患者さんに、その新薬を使ってみる、というわけにはいかないのです。
 まずは、「健康な人に使用しても大きな副作用が出ないかどうか」というのが、新薬の人間への使用の第一段階になります。
 

 C型肝炎の新薬インターフェロンや、認知症に効果的とされる薬、新型麻酔薬、統合失調症の薬、体に元気がみなぎるサントリーセサミン、そして果ては飲むだけで禁煙できてしまう薬まで……本当に便利になったものです。
 今挙げた薬の実験台になったのが、この私です。
 まだ開発段階の訳の分からない「新薬」を飲んで飲んで飲みまくり……。そして、その薬のデータを取るために採血の連続。製薬会社からその見返りとして、少なからぬお金を貰って生活しています。
 つまり、プロ治験者です。
 平たく言うと、血を売って生活している者です。みなさんにより安全で良い薬を届けるために、「新薬の毒見」をしているともいえます。
「治験」といっても、一般の人々にはぴんとこないかもしれません。治験というのは、薬を世の中に送り出すためになくてはならない臨床試験のことです。臨床試験にも幾つかの段階があるのですが、「ステージ1」と呼ばれる健康な人へのお試し投与に協力しています。新薬をヒトで試す前には、何十回と動物実験を行うのですが、それでも最後はヒトに投与して安全性を確かめなくてはいけません。期待していた効果が出ないかもしれないし、重大な副作用が出るかもしれないからです。
 その実験台ということです。

「実験台」という言葉は、あまりにもイメージが悪いのですが、新しい薬を開発するためには、開発段階のどこかで「人間に対して使用してみる」ことが必要不可欠です。
まさに「新薬の毒味」。
とはいえ、現代社会において、「犯罪者に使ってみる」なんていうのは許されませんし、建前上は「報酬で、治験参加を求める」ことすらダメになっています。
「ボランティアで治験に参加してくれる善意の人に対して、『負担軽減費』という名目で、お金をあげる」のです。
まあでも、実際は、善意の人よりも、「リスクもまったくないわけではないけれど、特別な資格も必要なくて、短期間でまとまったお金を稼げるアルバイト」として参加する人のほうが多くなるわけです。
まあ、そりゃそうだよな、とは思います。


ある病気の患者さんが、これまでの治療では効果が期待できない(あるいは、効果がなかった)場合に、新薬を使用する治験に参加される場合があるのですが、同じ「治験」でも、著者が参加している「第1ステージ」をクリアしたものしか、その病気を持つ患者さんには使用できないことになっています。
そして、効果があったとしても、治療効果か、副作用の程度か、少なくともどちらか一方で明らかに既存の薬よりすぐれているという結果が出なければ、その薬が認可されることはありません。
それでも、発売されてから思いがけない副作用があったり、使用経験を重ねていくと効果が疑わしかったり、というケースもあるのです。
(後者に関しては、薬が発売されたあとに、追試が行われることもあります)


多くの人に使われる、新しい薬を「創薬」できれば、大きな利益に結びつく可能性があり、各メーカーが血眼になって開発競争をしているにもかかわらず、実際に新しく出る薬は、世界で年間10種類くらいといわれています(ジェネリック薬品は除く)。
それほど、開発者にとっても厳しい世界なのです。


治験というのは、「死体洗いのアルバイト」などと並んで「都市伝説化している、高額報酬のアルバイト」なのですが、著者によると、あくまでも「ボランティア」であるために、アルバイト情報誌には載らないそうです。
学生が多い街では、参加者が足りないときに、業者が直接「いいお金になる仕事(って言ってはいけないんですけどね、本当は)あるよ」と、体力がありそうな学生に声をかけることもあるのだとか。

 治験に向いている人はどんな人であろうか。それは、とにかく怠け者で、現代の価値観を真っ向から否定できるつわものである。働きたくない、とにかく楽をしない等、世間一般的にはタブーとされることを突き詰めたい人に、特におススメする。


著者は、はじめて治験に参加したときのことを、こんなふうに書いています。

 ウェブサイトに登録してから5時間後ぐらいだろうか。携帯が鳴った。見慣れない電話番号。いつもなら、知らない番号からの着信は出ない様にしているのだが、なんだか気になり出てみた。それが、今後私がかなりの頻度で入院することになる病院からのファーストコンタクトであった。
「もしもし、私、ユクタビ総合クリニックの石黒と申します。登録された治験紹介会社様から紹介していただきまして……。早速ですが、今、急にキャンセルが入りまして、一週間後のスクリーニング(事前検査)に参加していただけませんでしょうか。負担軽減費は、53万円。20泊21日となっております。事前検査に合格されましたら、5日後の月曜日の午後6時入院。そして、21日後の月曜日の午前11時に退院のスケジュールとなっています。ご予定が合えばと思いまして、お電話を差し上げた次第でして……」

20泊21日で、53万円!
これは、かなりまとまった収入ですよね。
タバコやアルコールなどの嗜好品や、治験施設から出される以外の食べもの、飲み物は制限される、自由に外出できない、などの縛りもあるのですが、採血の時間以外は、ネットをやったり、漫画を読んだり、人によっては勉強したりと、気ままに過ごすこともできます。
この「ステージ1」の治験をやっている施設は関東がほとんどだそうで、僕はその施設を見たことがなく、こんなふうになっているのか、と感心しながら読みました。

 私は、かなりの空腹状態であったので、一目散にトレーを取り出し、長机の一角を陣取った。保温のためだろうか、各食器ごとに蓋がしてあった。それを一つ一つ開けていくと驚愕の光景。
 うな丼、澄まし汁、エビサラダ・サウザンアイランドドレッシング和え、季節の漬物、水菓子、フォンダンショコラ・バニラアイスクリームを添えて。
「これが、これが、病院食か……」
 想像していたのと、あまりの違いに軽く震えた。一口食べてみると、震えが止まらないほど旨かった。私の病院食のイメージといえば、総じて味付けが薄く、カロリーが低く、ボリュームはないに等しく、そして、マズい。水呑み百姓が食べる食事に毛が生えた物だとの想像が一気に打ち砕かれた。最近の病院食はここまで進化したのかと思った。だが、隣の野郎の独白を耳にして、なお、驚いた。
「貧乏くせぇメシだなぁ。この前の北上病院では、ステーキでたのによぉ……」

 食後は、病院内の探索。病院といっても、先に述べたように、四階のワンフロアを完全に隔離してあるので、ものの数分で終わるのだが、一番興味深く、その後使う機会が多かったのが、娯楽室であった。
 扉を開けると、そこには畳敷きの十二畳の和室。部屋の壁を取り囲むように本棚が設置してあり、『ゴルゴ13』、『ワンピース』、『こち亀』、『サラリーマン金太郎』、『浦安鉄筋家族』、『ドラえもん』、『ドラゴンボール』……。野郎が好きそうな漫画がほぼ全巻揃っている。
 テレビは二台。小型の液晶テレビ。シャープ製16インチ。そのテレビには、プレイステーション3任天堂ウィーといった最新型テレビゲームを始め、なぜか旧型のスーパーファミコンに初期型ファミコンまで揃っている。その横には、麻雀台と将棋、囲碁盤。麻雀台の上には一般新聞が三紙にスポーツ新聞が二紙置かれていた。とにかく飽きさせない作りとなっていた。

あとで、著者はこの治験がかなり好条件なものであったことを知るのですが、僕も「これだったら、学生時代に参加してもよかったかなあ、53万円だし!」とか、考えてしまいました。
いまはもう、検査データもあちこち異常値が出ていますし、年齢制限(40歳以下が多いそうです。もちろん未成年もダメ)にもひっかかるので無理ですが。


ここまで読んだ方のなかには「それなら、これだけで食えるんじゃない?」と思われた方も多いはずです。
1回20泊21日で53万円なら、毎月1つ、あるいは、2ヵ月に1つくらいでも、十分な収入になります。
著者も自ら「プロ治験者」を名乗っていますし、こんな人物との出会いもあったそうです。

 ゲームがきっかけとなり、話が弾んだ。お互い自己紹介をした。
 彼の名前は長谷川文彦。三十九歳、独身。職業、治験。頭は薄くなり始め、病院から支給されている病院着んは袖を通さず、見るからに汚い短パンと草臥れたティーシャツ。そして、かなりの饒舌。私が一喋れば十返すといった具合。この世界に身を投じる前は、リフォームの営業マンをしていたらしい。それも、かなりあくどい方法で……。
認知症の老人を食いつぶしてやった」と豪語している彼の姿はやはり狂っていた。結婚はしたのだが、年々老ける一方の嫁に金をくれてやるのが馬鹿馬鹿しくなり離婚。幸い子どもはいなかったから結構あっさりした別れだったという。それから、働くことも馬鹿馬鹿しくなり、プロ治験者となったらしい……


こういう人も出てくるわけです。
実際は治験参加の条件として、「4ヵ月以内に、他の治験に参加していないこと」というのがあるので、ルールに厳格に従うとするならば「治験だけで食べていく」のは、ちょっと厳しいものではあるんですけどね(この本によると「もっと高頻度に治験に参加するための裏技」もあるそうですが)。
年3回として、年収150万円生活。しかも、40歳をこえたら、参加できる治験はかなり減るそうです。


しかし、こういう「プロ治験者」がいてくれないと、「治験をして、新しい薬をつくる」ことが不可能なのも現実ではあります。
治験そのものは、悪い事ではないし、それで「負担軽減費」をもらって生活していくのも、もちろん犯罪ではありません。
「そんな身体に悪いことばかりやって!」というのも、悩ましいところはあります。
少なくとも動物では安全性が確かめられ、量も少なく設定してある薬を使われながら、昼寝したりゲームをしたりして暮らすのと、ブラック企業で毎日終電、休みもほとんどなく、きついノルマに負われ、給料も安い、という生活と、どちらが「健康的」なのだろう?


もちろん、万人にすすめられるものではない、ということは、著者も繰り返し述べているんですけどね。
「資格がとれるわけでもないし、ツブシもきかない」のは間違いないから。


おそらく、大部分の医療関係者も知らない、「治験(ステージ1)の裏側」。
興味がある人は、覗いてみる良い機会だと思いますよ。
読んでみて、「これなら自分もやってみたい」という人と「これはやりたくない」という人の、どちらが多いのだろう?

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