TVディレクターの演出術: 物事の魅力を引き出す方法 (ちくま新書)
- 作者: 高橋弘樹
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2013/11/05
- メディア: 新書
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内容紹介
「ジョージ・ポットマンの平成史」「世界ナセそこに? 日本人」「空から日本を見てみよう」「TVチャンピオン」など、
テレビ東京で規格外のバラエティ番組を作り続けたディレクターがアイディアと工夫で「形」にする技術を披露
【内容の一部】
・どうしてタレントを使わない番組をつくることになったのか
・TVチャンピオン「つめ放題王」で、いかに悪魔の姉妹を発見したか
・誰もがスルーする瀬戸内海の無人島でもネタはみつかる
・人の魅力を引き出せるインタビューの方法
・視聴者が行ったことのないニューヨークの話をいかに共感させるか?
・誰にも気づかれなさそうな場面こそ気をつかう!
・「大阪 空から 面白い」で検索していてはなにも見つからない
ネットばかりやっていると「テレビはもうオワコン」(オワコンというのは、「終わったコンテンツ、時代遅れになったものや企画」という意味です)、なんて気分になりがちなのですが、実際は、テレビの影響力というのは、まだまだ侮れないというか、ものすごく大きいんですよね。
これは、そんな「斜陽だと言われつつも、まだまだ多大な影響力を持つテレビ界」のなかの「異端」であるテレビ東京のなかでも『TVチャンピオン』や『空から日本を見てみよう』など、タレントパワーに頼らない番組作りをしている(というか、予算がないので余儀なくされている、と自虐的に仰ってもおられますが)ディレクターによる「テレビの演出法」を紹介した新書です。
編集され、テレビで放映されている映像には、すべて、なんらかの「意図」や「見せたいもの」があるはずなのですが、視聴者側は、必ずしもそれを正しく受けとれているとは限りません。
むしろ、まったく関係ないところをみて「ムダだ」と感じたり、憤ったりしていることもありますし、逆に制作側にとっての「演出」が、見ている側にとっては「許しがたいヤラセ」や「差別」とみなされる場合もあるんですよね。
この新書には、「番組をつくるための、新しいネタの見つけ方」なども書かれています。
現在、東京なら地上波だけでも、NHK総合、NHK教育、日本テレビ、テレビ朝日、TBS、テレビ東京、フジテレビ、MXテレビと8局。BSを入れると、無料で見られる放送だけでも、10局をゆうに越えます。
別に、一度観た情報を繰り返し観なくても、他にいくらでもチャンネルの選択肢があるのです。だからこそ、番組で扱うネタには、常に新しさを追求する姿勢で臨まなくてはいけません。
もちろん、理想ではこういうものの、たとえば1時間の番組の中で、とりあげるネタ全てを新しい情報だけでつくりあげることは容易ではありません。
しかし、せめて一つでも、そしてできればたくさん、見たことのない面白いネタをつめこみたい。これが、ディレクターが目指すべき姿勢だと思います。
その際、やはりもっとも効果的だなと思うのは、「足をつかうこと」です。
何か調べるとき、まずインターネットを利用しようと思いつくかもしれません。しかし、現在テレビ番組でとりあげたお店や人物などのネタの多くは、すぐにインターネット上にアップされます。テレビのオンエア情報をすぐにまとめる専門サイトも存在します。
それゆえネット上にある情報はどうしても、見たことのある情報になってしまう可能性が高いのです。また、インターネットもテレビと同じメディアのライバルととらえれば、ネット上にすでにその情報がある辞典で、「新しいもの」では無いのです。
そうなると、「新しいもの」を探すのに、遠回りに見えて近道なのが、じつは「足をつかうこと」なのです。過去にディレクターをつとめた番組の中からいくつかの具体例をあげます。
「空から日本を見てみよう」は、ある地域を空撮し、空から見て不思議な形のののや気になるものにズームインし、地上の撮影に切り替えて調査するという番組内容です。
この番組のリサーチの仕方は、非常に単純でした。まず、グーグルアースで取り上げる地域を血眼で見つめ続け、空から見て不思議なものが無いか探します。
そして、次にその地域を特集した雑誌などを徹底的にあらいます。
さらに、それが終わると現地へゴーです。対象地域を自転車や自動車でくまなく走り回り、面白いものが無いか探します。そして、それも終わると、その地域で一番高い建物などに登って、一、二時間かけて、双眼鏡を片手に上空から見て変わったものが無いか探すのです。
「足を使う」といっても、現在のリサーチでは、ネットを利用しないわけではありません。
日本全土を歩き回っていては、いくら時間があっても足りないでしょうから。
大まかなところまで、ネットであたりをつけて、あとは現地で足を使って、面白い材料を集めていくのです。
ネットはすごく便利なのだけれども、ネットは便利すぎて、身近なものが「盲点」になってしまうこともあるし、ネット慣れしてしまっている人ほど、「ネットに採りあげられていないもの」=「存在しないもの」のように思い込んでしまう場合があるんですよね。
著者は『TVチャンピオン』で、第1回「つめ放題王選手権」を開催したときの選手集めのことも紹介されています。
スーパーなどで行われる「ビニール袋一枚に入るだけつめて、100円!」というようなイベントでの「名人」が一堂に会する、という企画なのですが、第1回は「どうやって選手を集めるか」が問題になったそうです。
たしかに、ネットでも「つめ放題王」を見つけるのは難しいですよね……
一度そういう番組が放映されるか、誰かがそこに目をつけてサイトをつくれば、すぐに1ジャンルとして広まりそうではあるのですが。
スーパーに電話しても、店員さんは達人を見つけようとしてどの売り場をず〜っと注視しているわけではありませんから、なかなか見つかりませんでした。
そこで結局、関東近郊で定期的に「つめ放題」を行っているスーパーを調べ、それらの店舗に張り込むことにしたのです。そうして、千葉のとあるスーパーで出会ったのが、のちに「つめ放題王選手権」の第1回チャンピオンとなる「悪魔の姉妹」でした。
そのスーパーで、つめ放題の売場を遠目から眺めていると、明らかに他のお客さんたちと違う目つきで、米を本気でつめまくる二人の女性をみかけたのです。しかも、何やらその女性二人は知り合いのよう。しかも、美人の上、一人は赤ん坊を背中におんぶしているのです。
ただ者では無いオーラが漂っていたので、店員さんに
「あの二人は何者なんですか?」
と、訊ねてみました。すると店員さんは
ああ、あの二人はよく来るんだよ。姉妹みたいだよ。袋いっぱいに物をつめるので、『悪魔の姉妹』って呼んでる店員もいるよ(笑)」
と、教えてくれました。
そこで、思い切ってその「悪魔の姉妹」本人に話しかけてみました。本名は、新井さんと、新発田さん。悪魔なんていうからどんな怖い人かと思ってましたが、普通に気さくな千葉っぽいおねーちゃんでした。
彼女たちは、様々な「つめ放題秘技」や「つめ放題業界用語」を教えてくれました。
「悪魔の姉妹」!
僕は「TVチャンピオン」けっこう好きでよく観ていたので、記憶にあります。
世の中には、こんなに「つめ放題」に熱心な人がいるんだなあ!なんて、感心したというか、ちょっとびっくりしたというか。
あの人たちを見つけるまでには、こんな陰の努力があったんですね。
こういうのって、一度テレビで放映されてしまえば、あとは「我こそは!」という人や、目撃者情報が集まってきそうですが、最初の1回が難しいのだろうなあ。
最初があまりに低レベルだと、盛り上がらないだろうし。
著者は、この新書のなかで、「新しい情報を得るための検索語の組み合わせかた」も紹介しています。
「ネットで検索をしても、なかなか望むものが見つからない」あるいは「他の人と検索で差をつけたい」という人には、けっこう役立つのではないかと思います。
ちょっと実生活に役立つかもしれない、こんなテクニックも。
先にも述べましたが、僕は魚が大好きなので、よく一人で田町の回転寿司屋に行きます。
で、いつも
「ネギトロ巻き!」
と注文するのですが、なかなか注文がうまく伝わりません。
「え?」
と聞き返されたり、時には華麗にスルー。テレビのディレクターは得てしてそうなのですが、僕も例にもれずかなり地声が大きいので、声が届かない方ではないのにです。
そんなある日、なんでだろうなと考え、ふとひらめきました。注文の仕方を少し変えてみたのです。
「すみません! ネギトロ巻き!」
そうすると、どうでしょう
「はいよ!」
注文が一発で伝わる確率が格段に増したのです。もし、回転寿司が好きという方がいたらぜひこの違いをお店で実験してほしいところです。
じつはテレビの編集でもまったくこれと同じ作業が必要です。これは「フリを入れる」というテクニックです。
よくよく考えてみましょう。回転寿司屋は、普通のカウンターのお寿司屋さんに比べるとかなり多くお客さんがいます。そして、他のお客さんの注文分だけでなく、お土産や回転台にのせつものなど、常に何かお寿司を握っています。
つまり、僕が注文する時には、いつも他の作業をしている。意識は「握る」という他の作業に向かっていて、注文は「ながら聞き」なのです。
そんな中、いきなり用件から切り出されたらどうでしょう。「握る」という作業へ向いていた意識を、何やら客が発した言葉に反応して「注文を聞く」というモードに切り替える、そのあいだに、すでに、「ネギトロ」というキーワードは過ぎ去ってしまいます。これでは、伝わりにくいに決まっています。
だから
「すみません」
と、フリを入れるのです。このことばで、まず意識をこちらにふりむけてもらう時間をつくることができます。
そして、意識が切り替わったそのあとのタイミングで「ネギトロ」と用件をいいます。
この回転寿司屋でのテクニックは、テレビ番組の編集を行う際でも非常に重要です。
なぜなら、回転寿司屋とご家庭でテレビを見ている状況というのは、非常に似ているからです。
回転寿司屋で、自分では大声を出しているつもりでも、なかなか注文を聞いてもらえない僕には、すごく参考になりました。
いや、僕自身は「すみません!」って「フリ」というか、丁寧に言っているつもりではあるのですけど……
まあ、それでも作業をしているほうは聞き取りにくい、というのは事実で、だからこそ、タッチパネルで注文できるシステムがどんどん普及しているのでしょうね。
あれだと、握る側も常に「いつ注文が来るか」と気を配っていなくても良いだろうし。
(実際は、最近の回転寿司は、ほとんどロボットがシャリを握っていて、店員がそこにネタを載せるだけ、というようになっていることが多いらしいのですが)
テレビの演出側は、「視聴者はテレビを『ながら視』しているので、肝心なところを見てもらうためには『フリ』が必要なのだ」と考えているのです。
テレビを熱心にみていると「CM明けに、なんで同じところを」とか「くどい」とか思ってしまいがちなのですが、あれは、「大事なところを見てもらうためのテクニック」でもあるんですね。
ヒトラーを頭の中に思い浮かべてくださいと言われたとき、どんな画を思い浮かべますか。ヒトラーが演説している姿かもしれませんし、手を前に突き出しているナチスの敬礼をしている姿かもしれません。
多くの方はヒトラーの顔より下の方から上向きにカメラをかまえたアングルで撮影している画が思いうかぶのではないでしょうか。
このような配置は、「アオリ」と呼ばれるカメラアングルです。
実はこれが洗脳の一種です。
(中略)
実は、「アオリ」と呼ばれるカメラアングルには、被写体の迫力を増大させる効果があります。
画面の「細部」にこそ手間暇かける、という「映像を貧相に見せないための撮り方」という話もありますし、さまざまなカメラアングルやカメラワークと、それぞれを使う場合の演出側の「意図」についても書かれていて、これを読むと、テレビの観かたがちょっと変わってくるかもしれません。