琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】仕事に効く 教養としての「世界史」 ☆☆☆



Kindle版もあります。

内容紹介
■人類5000年史から現代を読み抜く10の視点とは。
京都大学「国際人のグローバル・リテラシー」歴史講義も受け持ったビジネスリーダー、待望の1冊!
■日本を知りたければ、世界の歴史を知ることだ
ビジネスパーソンたちが、世界のあちらこちらで、日本の文化や歴史について問われたり、時の政府の行動や見解について問われることは、日常的になってきました。
その場合、この国が歩いてきた道、または歩かざるを得なかった道について大枠で把握することが、相手が理解し納得してくれるためにも必要です。
そして、日本が歩いてきた道や今日の日本について骨太に把握する鍵は、どこにあるかといえば、世界史の中にあります。(本文より)

ライフネット生命保険株式会社 代表取締役会長兼CEOである著者による「世界史講義」。
著者は、歴史を学ぶことが好きで、ものすごく勉強されたのだろうなあ、ということが伝わってくる本ではあるのですが、読んでいると「これ、どこまで信じて良いのだろうか……」という気もしてくるのです。
この本の最初に、こんなふうに書かれています。

 僕は大学などで歴史を学んだこともなく、歴史が好きなアマチュアの一市民にすぎません。
 ここに書いたことは、この半世紀の間に、人の話を聴き本を読み旅をして、自分で咀嚼して腹落ちしたことがすべてです。間違いや誤解が多々あると思います。読者の皆さんのご叱正をいただければ、これに過ぐる喜びはありません。


ある意味、すごく率直な言葉だと思うんですよ。
でも、この本自体は「まるで見てきたように」書かれていることが多く、また「種々の歴史関係の研究や書物から引かれてきた内容」もあるので、読んでいて、わからなくなってくるのです。
「歴史愛好家による、歴史エッセイ」ということであれば問題ないと思うのですが、「著者の思い込み、独自の見解」と、「専門家の研究内容」の境界が、すごくわかりにくいんですよね。
僕も歴史好きなので、読んでいて、面白いと思うところは多々あるのだけれども、これを他者に対して受け売りするのは自重したほうがよさそうだな、と。
日本を代表する実業家のひとりである、とか、京都大学で歴史の講義をした、とか、やたらと箔がつけられているのも、かえって不安になります。
著者が有能な実業家であることと、歴史に対する見解の正しさは、必ずしも比例するわけではありませんし。
読んでいて、「えっ、そんなことがあったのか」と驚くようなエピソードも少なくないだけに、なおさら、「これはどこまでが『歴史家も認めている史実で、どこからが著者の想像なのか」がはっきりしないところが、すごく気になるのです。

 ただ、こうして、神様や宗教が生まれたのですが、なぜそれが発展して今日まで長続きしているかと言えば、その存在が、本質的、歴史的には「貧者の阿片」だったからです。不幸な人々の心を癒す阿片です。もちろん、生きるよすがを与えたり、人を元気づけるなど宗教にはその他にも積極的な存在理由を見出すこともできますが。
 農業が発達して余剰生産物ができると、支配階級と非支配階級が必ず生まれます。もちろん、大多数は貧しい非支配階級です。彼らにしてみれば、王様に収穫の大半は取られてしまって生活が苦しい。頑張ってもそんなにたやすく報われそうにない。けれども、この理不尽さを持っていくところがありません。そのときに、次のようなことを囁かれたらどうでしょうか。
「現世はいろいろな苦しみに満ちているけれど、死んだら次の世界があるよ。いま苦しんでいる人は、みんな救われるよ」
 現世とあの世を分けて、あの世では救われるという宗教のロジックは、普通の人には非常にわかりやすい。納得できるロジックです。
 もしも、こういう行いを積めば2年後には金持ちになれますよと言って、そのとおりになれば、それは圧倒的な力を持つ宗教になるでしょう。けれどそれは、誰にもできない。どんなに力のある宗教でも、これをやれば必ず成功する、などという教えはない。そうすると、貧しい人を納得させようと思えば、この世はいろいろな理由があって苦しみに満ちているけれど、彼岸に行ったら楽しいことがありますよ。だから、いまは忍んで耐えて明るく暮らそうね。そう言ってごまかすのが、一番てっとり早い。
 宗教は現実には救ってくれない。けれども心の癒しにはなる「貧者の阿片」なのです。いつの世も貧しい人が大多数ですから、「貧者の阿片」の需要は多い。宗教は盛んになります。


うーん、中学生かよ……
こんな感じの内容が多いんですよ、この「講義」って。
21世紀の「有能な社長」が、人類の歴史の「貧者」の愚かさを語り、ご満悦。


現代人の立場から、人類の歴史を「解釈」するというのが、悪いわけではありません。
でもさ、人生の苦しみって、「貧しいこと」だけじゃないわけです。
物質的に満たされていても、幸せになれない人だって、世の中にはいる。
むしろ、そのほうが「宗教」にとっては、大きなテーマなのだと思うんだけど。
「歴史マニアの与太話」としては面白いのだけれども、こういう薄っぺらい解釈を聴いて「歴史の本質がわかった!」「仕事に役に立つ!」とか思う人がいたら、ちょっと待ってくれ……と申し上げたい。


まあでも、大学などの歴史研究者とは違う、「暴走語り」としては、興味深いものはありますし、個々のエピソードに関しては、面白いものも多いんですけどね。
また、著者が経営者だけあって、経済的な視点からは、「なるほどねえ」と思うような記述も少なくありません。

 世界の歴史を見ていくと、豊かで戦争もなく、経済が右肩上がりに成長していく本当に幸せな時代は、じつはほとんどないことがわかります。その意味で、戦後の日本はもっと高く評価されていいと思います。
 人口が一貫して増え、経済成長が続き、戦争もなく、ほぼ10年ごとに所得が倍増するような豊かな時代は世界史の中でもほとんど例がありません。これほどいい時代がいつまでも続くと考えるほうがどうかしている。ですから、いまの苦しさは、むしろ日本が普通の国に戻ったのだ、と考えるほうがいいと思います。
 中高年の人は、21世紀の日本は不況で、ひどい時代だとか、失われた20年とか言ったりしますが、それは戦後の夢のような時代を標準に考えているからです。むしろ、いまのような状況が、世界史から見たら自然な姿なのかもしれません。

著者が言いたいことはわかるし、人類史を長い目でみていけば、確かにそうなのだろうと思います。
しかし、1948年生まれの有能なビジネスマンで、「訪れた世界の都市は1000を超え、読んだ歴史書は5000冊以上」なんていうのを読むと、こういう人には「支配者側からみた歴史」しか想像できないのかな、なんて考えてしまうんですよね。
そりゃ、あなたは「良い時代」を生きてきたのかもしれませんけれども。
いくら海外に行ったり、本を読んでも、「自分のビジネスに役立てるための歴史」みたいな捉え方しかできない人もいる。
それが悪いとは言わないけれども、きらびやかなキャリアで飾り立てられた「偏見に満ちた歴史エッセイ」が、「新しい知見」のように広まっていくことに、僕は不安を感じるのです。
「こういう見方もある」という程度の、軽い歴史エッセイとして売られていれば、たぶん、気にならないのだけれども。


この本がヒットしていなければ、「ありがちな、趣味が高じて勘違いしたオッサンの自費出版本だよね」としか思わないのですが、ベストセラーなんですよね、これ……
竹田恒泰さんの著書と、同じ香りがする……


世界史 上 (中公文庫 マ 10-3)

世界史 上 (中公文庫 マ 10-3)

世界史 下 (中公文庫 マ 10-4)

世界史 下 (中公文庫 マ 10-4)


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