- 作者: 石垣幸二
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2014/07/10
- メディア: 新書
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内容紹介
深海水族館の仕掛け人が、常識を打ち破る発想を持つことの大切さや、夢を抱くことの素晴らしさを説く!
2011年12月10日、世界初の、「深海」をテーマにした水族館、沼津港深海水族館がオープンしました。
深海というマイナーなコンセプトに商業施設として成り立つのかという声も多かったのですが、フタを開けてみれば、年間25万人の来客を超える人気水族館となりました。
飼育法のわからない深海生物たちを、1日でも長く生かし、お客さんたちに楽しんでもらうにはどうすればいいのか。
本書では、石垣幸二館長が取り組んだ理想の水族館づくり、さらには、常識を打ち破る発想の軌跡を描きます。
2年半前にオープンした、沼津港深海水族館。
オープン当初は、ネットでかなり話題になっていて(石垣館長自身も『ニコニコ動画』に登場してアピールされていましたし)、僕も「水族館好き」として、一度は訪れてみたいと思っていました。
でも、沼津って、「何かのついで」に行くには、ちょっと不便な場所だよな……と思いつつ、なかなか行く機会がなくて。
館長の石垣幸二さんは、『情熱大陸』で、「海の手配師」として採り上げられたこともある、海洋生物の納入業者でした。
水族館の館長には研究者や飼育員出身者が多いので、納入業者から館長というのは、きわめて異例のキャリアです。
この新書では、石垣さんが、なぜ海に興味をもち、この仕事をはじめたのか、そして、なぜ深海をモチーフにした水族館をつくることになったのか、ということが書かれています。
そして、盟友である「さかなクン」との交流についても。
静岡県には日本一の高さを誇る富士山があり、その目の前にある駿河湾は最深部が2500メートルと、日本でもっとも深い湾だ。しかも駿河湾は、場所によっては海岸からわずか2キロで、水深500メートルにもなるという、世界でもまれな、「深海」に恵まれた湾である。
だから、駿河湾に面する沼津港は、深海水族館が建つにふさわしい土地といえる。
しかし、地元での深海に対する評価は低く、沼津港は海鮮を中心とする飲食店が何十軒も密集して立ち並ぶだけの昔ながらの港町である。
「なぜ沼津に『深海水族館』なのか?」と僕は思っていたのですが、駿河湾の「深海」は、世界的にも知られていて、海外からも多く取材に訪れているそうなのです。
ところが、地元では、その価値が、ほとんど認知されていなかった。
一般的な「漁業」として考えれば、深海魚というのはお金になりにくい水産資源ではありますしね。
沼津港深海水族館は、100%民間のお金でつくられた、それほど規模が大きくはない水族館です。
年間25万人っていうことは、1日1000人もいないのか……それでやっていけるのだろうか?と思って、他の水族館の年間入館者数を調べてみたのですが、2012年の1位は「沖縄美ら海水族館」の281万人、2位が京都水族館の231万人、3位が海遊館(大阪)の218万人だそうです。以下、名古屋港水族館、すみだ水族館と続きます。
このランキングをみると、「美ら海」は別格として、やはり、人口が多い地域にある水族館のほうが、集客力が高い」と言えそうで(「京都」「すみだ」には「オープン特需」もありそうですが)、沼津で25万人というのは、かなりすごい集客力ではないでしょうか。
先述したように「何か他の用事や観光のついでに寄る」には難しい立地ですし。
ただし、大規模な水族館のほうが「やりやすい」わけでもなさそうです。
よしもとおもしろ水族館は、オープン当初は90坪しかなく、1年後に赤ちゃん水族館を併設して、合計180坪になった。当時から安永さん(元サンシャイン水族館館長、現・沼津港深海水族館副館長)は、これくらい小規模な水族館のほうが、細かく手を入れることができるし、アイデアを反映することができて面白いと言っていた。大規模な水族館では、細かいところまでは手がまわらないのだ。
そして、商業的に考えたとき、大規模な水族館では設備に費用がかかりすぎるため、経営が成り立たないとも言っていた。お客さんの入場料だけで経営が成り立たないということは、いち産業として認められないということでもある。
運営する側からすれば「大きいほど良い」というわけでもないんですね。
この沼津港深海水族館の最大の目玉は、日本ではここでしか観られないという「2体の冷凍標本」を含む、シーラカンスの展示なのですが、著者はずっと「シーラカンス抜きでも、お客さんが来てくれるような水族館にする」ことを意識しているのです。
ただ、深海魚を展示する、というだけではなく(それだけでも、すごく難しいことなんですが)、それをどう見せるか。
来場者からは「『深海水族館』なのに、深海魚の数や種類が少ない」というクレームもあるそうなのですが、「浅い海にいる生物と比較したり、水槽を綺麗にしたり、音楽や照明にも気配りをしている」とのことでした。
著者は、以前、そのオープンに携わった水族館で、こんな経験をしたそうです。
2004年、吉本興業が横浜の中華街に水族館をつくった。『よしもとおもしろ水族館』というチャイナスクエアビルの3階にできた小さな水族館だ。
この水族館のメインキャラクターをさかなクンが務めることになった縁で、親しくしている私が水族館の生物を納入させていただくことになった。
面白い水族館をつくりましょう、という話だから、私ははりきった。
打ち合わせでは、さまざまな提案をして、これまで自分がやってきたものを全部オープンにしていくつもりでいた。ところが、「ちょっとマニアックかもしれないけど……」「こんな面白い生物がいる」などと、これまでの経験から得た、マニアックな魚を展示する話をしていたら、水族館の比企館長に「石垣さん、もうええわ」と言われてしまった。
「提案はいらない」と言うのだ。
私が提案していることは、魚好きが喜ぶことでしかない。しかし、水族館に来る人で、魚が好きな人は1割もいないというのが、館長の主張だった。中華街の水族館に来るようなお客さんというのは、魚にはあまり興味がなく、涼しいからとか、ちょっとした暇つぶしとか、そんな理由しか持っていない。
この水族館では、そういった人たちを喜ばせなくてはいけないのに、私たちの提案は、そうではないから、商売にならない。だから「提案はいらない」というわけだ。
私はすごいショックを受けた。隣にいたさかなクンも同じだった。
水族館には魚が好きな人が来ると思っていたから、ものすごくヘコんでしまった。しかし、さかなクンともよくよく話したところ、「やはりみんな魚に興味がないのかもしれない」という結論に至った。それなりに安く、エアコンが効いていて涼しい……それが多くの人にとっての水族館の認識なのだ。そういった人たちに、どれだけ生物に興味を持ってもらえて、どうやって満足してもらうかを考えるのが私たちの仕事なのだ。
そうか「1割」というのが、現場の認識なのか……
僕も自分が「魚を観るのが好き」だから、みんなそうなんだと思っていました。
だって、「水族館って、魚を観るために、来るところだろ?」って。
でも、たしかに「涼しくて遊びに行った気分になれて、そんなにお金がかからないスポット」ではありますよね、水族館。
そういうお客さんを取り込まなければ、大規模な水族館を維持していくことは難しい。
さらに、そういう人たちに「リピーター」にもなってもらわなければならない。
石垣さんは、海洋生物の納入業者として、まだ駆け出しだったころ、こんな経験をされたそうです。
世界水族館会議では、1週間の開催期間中、さまざまなプレゼンテーションが行われる。水族館の関係者が自分の水族館で起こった問題などを発表して、それに対する質疑応答がされるというものだ。
そこで、世界中の水族館にカリブ海の生物を納入しているアメリカのフィッシュサプライヤー(海洋生物の納入業者)、フォレスト・ヤングの発表があった。彼の発表した内容は、各水族館に納入したボーンネッドヘッドシャークというハンマーヘッドシャークに似たサメがどうなったかについてだった。
ボーンネッドヘッドシャークは、長くても10ヵ月、早ければ2週間で死んでしまうというのだ。つまり、1年生きていないというわけだ。私は、あきれても声も出なかった。
フォレストはバカだ。
この会議に出席している450人の水族館関係者は、みんな顧客なのだ。なのに、輸送費を含めて100万円くらいするボーンネッドヘッドシャークが1年ももたずに死んでしまうと発表することは、まったく自分の得にならない。ボーンネッドヘッドシャークは、カリブ海にしかいないサメだから、フォレストにしか扱えない。あえて自分が取り扱っているなかで、代表格ともいうべき魚が長く生きないと発表するなんて、あり得ないと思ったのだ。
フォレストが質疑応答を終えて出ていこうとするときに、私は自分の疑問を彼にぶつけてみた。
「とても立派な発表で感激したが、この場でなぜあんな発表をしたのですか?」
すると、フォレストはひと言だけ私に返して去って行った。
「お前は何年この仕事をやるつもりだ」
この言葉を聞いたとき、私はとてつもない衝撃を受けて顔が真っ赤になった。その後、15分くらい、目の前が真っ白になって、その間に何があったかをまったく覚えていない。立っていたのか、座っていたのかの記憶もない。それくらいの衝撃だった。
自分はフォレストのような男になりたかったのではないのか。
僕も、このやりとりを読んで、ものすごく考えさせられました。
学問とか、仕事を「ちゃんとやる」って、こういうことなんだよな、って。
目先の帳尻を合わせて利益を出すことが、長い目でみれば、大きなマイナスになることだって少なくない。
でも、目の前のお金のことにとらわれていると、それを、忘れてしまう。
あるいは、考えないようにしてしまう。
この新書を読んで、「この人がつくった水族館に、ぜひ行ってみよう」と思いました。
息子にも、見せてやりたい。
まだまだ世界には、面白そうなところがたくさんあるのだよね。