琥珀色の戯言

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【読書感想】高齢初犯 ☆☆☆


(040)高齢初犯 (ポプラ新書)

(040)高齢初犯 (ポプラ新書)

内容(「BOOK」データベースより)
2013年12月に日本テレビ系ドキュメンタリー番組「NNNドキュメント」で放送され話題となった「高齢初犯」。ごく普通の高齢者が、ある日突然「魔が差して」罪を犯してしまう事件が増えている。本書は、高齢犯罪者10名へのインタビュー内容をもとにその恐るべき実態と背景を明らかにする。また、そこに陥らないための方策を「7つの習慣」としてまとめた。


 子どもの頃、人間というのは、年を重ねると落ち着き、分別がつくようになっていくのだろうな、と思っていました。
 でも、自分が年をとってくると、むしろ、些細なことで苛立ったり、余裕がなくなったりすることが多くて、大人をやっていくのも、ラクじゃないなあ、と日々痛感しています。

 すぐに新聞社のデータベースで検索した。
「86歳」
 その事件の容疑者の年齢は事件当時86歳、今年喜寿をむかえた私の父より9歳も年上だった。そして、86歳という具体的な年齢を確認したことで、疑問はさらに深まった。長い間仕事に励み、穏やかな老後を望んで生きてきただろうに、なぜその年齢になって罪を犯してしまったのかと。
 その事件とは、2012年10月、東京23区内にある閑静な住宅街で当時86歳の元警視庁課長代理の男が、近くに住む62歳の女性の首やわき腹を日本刀で切り死亡させたというものだ。その後、容疑者の男は女性宅に立てこもった末に自殺した。
 草花が好きだった女性は自宅前の道路にたくさんの植木鉢を置いていた。それを、容疑者の男は「通路にはみ出している」などと注意し、日頃からトラブルが絶えなかったようだ。
 それにしても、なぜ日本刀で殺してしまうまで衝突が激しくなり、怒りが沸点に渡してしまったのだろう。警視庁の幹部にまで昇りつめた男は怒りを抑えることができなかったのだろうか。事件が起きる前に、仲裁に入る人はいなかったのだろうか。人生終盤とも言える86歳になって、しかも要職に就いていた人がなぜ罪を犯してしまうのかと考えずにいられなかった。


 こういうのって、他者からみれば、本当に「なんで?」としか言いようがありませんよね。
 人生の晩年に起こしたひとつの「事件」で、これまで積み重ねてきたものをすべて失ってしまうのですから。
 当人は「もうどうせ長くは生きられないんだから、トラブルは起こさないように、平穏にフェードアウトしていこう」というような心境には、ならないものなのだよなあ。
 

「いま、日本社会でたいへんなことが起こっている」
 大学時代からの友人である慶応義塾大学の太田達也教授から気になる話を聞いた。
 それは、罪を犯して警察に検挙された高齢の「犯罪者数」だけでなく、高齢者のうち罪を犯した者の割合である「犯罪率」自体がここ15年ほど上がってきているということだった。しかも、罪を犯した高齢者の65%以上が初犯だというから驚きである。
 そして、犯罪に走る原因は高齢者一人ひとりが抱えるそれぞれの事情だけではなさそうだと直感的に思った。いまの日本社会に何らかの原因があるのではないか、高齢者の犯罪は日本が抱えるさまざまな社会問題を象徴しているのではないか……。そんな気がした。


 著者は、実際に犯罪をおかしてしまった高齢者に会い、取材を重ねています。
 そして、「何が彼らを犯罪に駆り立てたのか?」を明らかにしようと試みていくのです。
 ところが、この新書を読んでも、あんまり、「明確な因果関係」みたいなものは、わからないんですよね。

 私たち取材班が部屋で待っていると、施設長と一緒にひとりの男性が入ってきた。
「どうも、どうも。お待たせしてました」
 林庄吉さん(仮名)72歳、その表情は拍子抜けするほどにこやかで嬉しそうだった。少し腰が曲がっている。多少足腰が弱っているようだったが、どこにでもいる近所のおじいさんといった印象だった。
 事前に、入居者の中から高齢になってから罪を犯した人を施設長に挙げてもらい本人の許可も得ていたが、罪を犯した高齢者の取材初日ということで、私は多少緊張していた。しかし、そんな心配をよそに林さんは家族や友人の来訪を待ちわびていた人懐っこいおじいさんという風情で私の前に現れた。


 「高齢初犯」の高齢者の多くは、知らずに会ったとしたら、ふつうのおじいちゃん、おばあちゃんにしか見えないのです。


犯罪白書」の平成25年度版によると、高齢犯罪者の59%、男女別では男子高齢者の47.4%、女子高齢者の81.7%が万引きで検挙されているそうです。
 警察庁の2012年の統計では、万引きをした検挙人員に占める65歳以上の高齢者の割合が31%、20歳未満の少年が21%で、2011年から高齢の検挙人員が少年の検挙人員を上回っているとのことでした。
 高齢者人口が増加しているとはいえ、近いうちに、1万人あたりの検挙人員も、高齢者の検挙者率が未成年を上回るのではないか、と推測されています。

 高齢者の万引きはスーパーで増えている。彼らが万引きする物は圧倒的に食料品が多く、日常消費するものをパッと盗ってしまう傾向がある。しかも、その価格は2000円以下がほとんどで、万引きをした高齢者のほぼ8割は、犯行時盗った物の価格以上の所持金があるのだという。
 ということは、万引きの主な理由は、それを買うお金がなかったというわけではないようだ。
 では、お金を持っているのに、なぜ万引きをしてしまうのだろう。
 福井さんは警視庁のデータを示しながら、次のような話をしてくれた。
「検挙者の4割近くがひとり暮らしでした。テレビが友だちになってしまっているような暮らしぶりで話し相手がほしいのにいないとか、どこかでさびしさを抱えているような気がします」
 確かに、高齢者の一人暮らし世帯は増えている。しかし、ひとり暮らしでさびしいから万引きをしてしまうと考えるのは少々無理があるのではと思っていると、福井さんはこう続けた。
「ひとり暮らしでも社会とのかかわりがある人は、まずやりません。社会とのかかわりが切れてしまい、何もやることがない高齢者が万引きに走る傾向があります。だから、高齢者になったあと、社会とどうつながっていくかが大きなポイントだと思います。高齢者はいろいろな経験を積んでいるので、子どもや若者の生きる見本になり得るんですよ。だから、そうした高齢者に社会参画してもらう仕組みを作り、役割を果たしてもらうことが大事なんだと思います」


 著者は、「全国万引犯罪防止機構」の福井理事に取材して、このようなコメントを引き出しています。
 でも、彼らが罪をおかす理由を「孤独」や「孤立」によるさびしさを癒すため、というような、わかりやすい解釈をして、理解したような気分になるのも、ちょっと違うような気はするんですよね、僕としては。
 一人暮らしのお年寄りが、みんな万引きをするわけではありませんし。
 自分から地域の活動に参加していくような積極性もなく、ひとりで暮らしている高齢者が、社会とつながる手段が『万引き』だというのは、すごく悲しい。
 「そんなことしなくても……」と思う一方で、「そんなこと」以外に、誰かに構ってもらうための手段があるか、と考えてみると、なかなか思いつかないのです。
 そして、そんな高齢者の姿をみていると、僕のような中年や若者が、自分の老後に不安を抱いてしまうのも事実です。
 自分のことで、家族を煩わせたくない。
 しかしながら、誰の世話にもならないで、ひとりで老いて、死んでいく、ということが可能なのだろうか?

 ちなみに、日本と同じように「高齢化」が進んでいるドイツやスウェーデンでは、高齢者による犯罪はほとんど増えていないそうです。

 
 結局のところ、高齢者のなかで、「罪をおかしてしまう人」と、「自分を抑えることができる人」との違いは、どこにあるのか?
 それが知りたいのだけれども、うーむ、「わからない」のでしょうね、実際のところ。
 当事者に直接取材すればするほど、かえって、わからなくなってしまうのかもしれません。
 高齢者の場合は、認知症などによる記憶の混乱が、罪をおかす原因となることもありえますし。

「タバコを買いに来た近所のおじいちゃんに、突然『態度が悪い』って怒鳴られたことがあります。よくタバコを買いに来る人で、僕はいつもと変わらないつもりだったんですけど」
 コンビニでバイトをしている男子大学生は、タバコを渡すときの態度が悪いと5分ほど店頭で怒鳴られ続けた。
「あっち行け。こんなもの食えるか」
 介護施設で働く女性は、食事の世話をしていてよく怒鳴られる。普段は穏やかな人が突然爆発することが多いが、それも病気の症状のひとつだと割り切って接し、気にしないように心がけている。
「年配のお客様から『いつも通る道と違う』と突然怒鳴られることも、『態度が悪い』と乗車中ずっと文句を言われることもありますよ」
 タクシーの運転手も、ここ数年、突然怒り出す高齢の乗客が増えていることに面食らい、戸惑っていた。
 私も電車の中や病院の窓口などで怒鳴っている高齢者を見かけたことがある。そして、取材を始める前までは、「最近、キレる高齢者が増えているのではないか」と感じていた。
 しかし、取材を通して高齢初犯の人の話に耳を傾けるうちに、高齢者自体がキレやすくなったのではなく、高齢者を取り巻く「環境」が変わったのではないかと考えるようになた。
 なぜならば、高齢者の犯罪が増えはじめたのは1998年くらいから最近に至るまでのこと。この15〜16年の間に高齢者になった人たちの性格が急に変わるとは考えにくいからだ。仮に、この年齢層の人たちの中に犯罪を起こしやすい人が多いと考えると、この人たちが30代や40代だったころの犯罪率が高くてもおかしくない。
 しかし、1998年以降に高齢者となった人たちの年齢層を調べても、その年代だけが突出して犯罪率が高いという結果にはならなかった。ということは、元々犯罪を起こしやすい性格の人が、1998年以降に高齢者となったわけではなさそうだ。


 著者は、高齢者犯罪の原因として、日本の経済状態の悪化や、身体の変化に適応するのが難しいこと、そして、社会からの孤立などを挙げておられます。
 僕は、もともと高齢者というのは加齢にともなって、キレやすくなってくるのではないかと思うんですよ。どうしても、考えかたや他者への対応の柔軟性が低くなってしまいがち。
 でも、いままでは、そういう「キレる対象」が、家族や周囲の人たちに留まっていたのではないか、と。
 それが、ひとり暮らしの高齢者の増加や、地域コミュニティの崩壊によって、「おじいちゃん、まあまあ、そんなに怒らないで」では済まない人たちにまで、その「暴発」の対象が広がってしまったのです。
 

 この新書の最後に「高齢初犯に陥らないための『7つの習慣』」というのが紹介されています。
 でも、そこに書かれていることが、「会社関係だけではなくて、家族や友人との付き合いを大事にする」とか、「仕事以外の話題もする」など、あまりにも当たり前のことばかりで、僕はなんだかせつなくなってしまいました。
 そんな「あたりまえのこと」が簡単にできないからこそ、こういうことになっているんですよね……


 「万引きをしないために、家族と良好な関係を築いたり、趣味をつくる」なんていうのは違和感があるのですが、「幸せを実感できる人は、犯罪をおかしにくい」のは間違いありません。
 正直、読みすすんでいくほど「これはそう簡単に解決できるような問題じゃないよな……」と、気が滅入ってくる新書ではありました。

 

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