- 作者: 柴那典
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2016/11/16
- メディア: 新書
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- 作者: 柴那典
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内容紹介
激変する音楽業界、「国民的ヒット曲」はもう生まれないのか? 小室哲哉はどのように「ヒット」を生み出してきたのか? なぜ「超大型音楽番組」が急増したのか? 「スポティファイ」日本上陸は何を変えるのか? 「ヒット」という得体の知れない現象から、エンタメとカルチャー「激動の時代」の一大潮流を解き明かす。テレビが変わる、ライブが変わる、ビジネスが変わる。業界を一変させた新しい「ヒットの方程式」とは──。
「CDが売れない」と言われて久しい日本の音楽業界。
1990年代の『月9』の主題歌のような「誰もが知っている、ミリオンセラー」はなかなか生まれず(AKB48のCDは「売れている」のですけどね)、アーティストは「ライブで稼ぐ」という傾向になってきています。
この新書、音楽業界に精通した著者が、実際に関係者にも取材しながら、「いまの音楽業界での『ヒット』とは、どういうものなのか?」を解読していくものです。
では、なぜヒットが生まれなくなったのか? 実は、それは音楽の分野だけで起こっていることではない。
ここ十数年の音楽業界が直面していた「ヒットの崩壊」は、単なる不況などではなく、構造的な問題だった。それをもたらしたのは、人々の価値観の抜本的な変化だった。「モノ」から「体験」へと、消費の軸足が移り変わっていったこと。ソーシャルメディアが普及し、流行が局所的に生じるようになったこと。そういう時代の潮流の大きな変化によって、マスメディアへの大量露出を仕掛けてブームを作り出すかつての「ヒットの方程式」が成立しなくなってきたのである。
「音楽が売れない」と言われ続けて、もう20年近くが経つ。
史上最もCDが売れた年である1998年に比べ、2015年の音楽ソフト生産金額は40%に過ぎない。6074億円から2544億円へ。この17年間でおよそ3500億円の市場が失われた計算になる(日本レコード協会調べ)。
ストリーミング配信などの市場が伸びてきたとはいえ、「楽曲を記録媒体にパッケージして売る」市場は、どんどん縮小してきているのです。
僕も「CD買っても、どうせiPhoneにすぐ落とすだけだしなあ」なんて思うんですよね。
CDを直接プレイヤーで聴くという機会は、どんどん減ってきています。
もちろんそれは市場の問題だけではなくて、僕の加齢や生活習慣のせいでもあるのですが。
しかしながら、「ほとんどのものがオンラインで観られる時代」だからこそ、「ライブ」の価値が上がってきているのです。
縮小が続く音楽ソフト市場に比べ、ライブ・エンタテインメント市場は好況だ。10年代初頭から動員数も売り上げも右肩上がりで拡大が続いている。
ぴあ総研の調べによると、2015年の音楽ライブ・エンタテインメントの市場規模は3405億円。2010年からの5年間で2倍以上に市場が拡大した。この数字は、前述した2015年の音楽ソフトの市場規模(約2544億円)をすでに追い抜いている。
いまや「CDよりもライブで稼いで食べている」というアーティストのほうが多くなってきているんですね。
単価を考えると、ライブのほうが少数のコアなファンを摑むだけで収益を上げることができますし。
著者による小室哲哉さんへのインタビューでは、小室さんがこんな話をされていました。
2000年代前半にはまだCDバブルの余熱が残っていたが、00年代後半から10年代初頭にかけては、いよいよ音楽ソフト市場の縮小が大きく取り沙汰されるようになっていく。
その変化を牽引したのがインターネットの普及だった。小室はこう分析する。「YouTubeが一番大きかったでしょうね。『映像が見れてMP3と同じ音で聴けるんだったら、別にこれでいいじゃん?』と思うようになった。その時点で、音楽にお金を払うことに疑問を感じる風潮が生まれてきた。『これが21世紀なんだな』って思いました。音楽はどこでも聴けて、当たり前のように身近にあるものになった」
ネットワークの帯域が広がり、いつでもストリーミング配信の形で音楽を聴いたり動画を視聴したりすることができるようになったことで、「コンテンツを所有することへの欲求」自体が減退していった。
僕などはまだ、「とりあえずCDを持っていたほうが、iPhoneに入れることもできるし、車や家のプレイヤーで聴くこともできるから、トクなんじゃないか」って考えてしまうのですが、ストリーミング配信が存在するのが当たり前という感覚の若者たちは「コンテンツを所有すること」に意義を感じなくなってきています。
スマートフォンやパソコンがあれば、いつでも聴けるのだから、って。
もう、TSUTAYAの実店舗に行く必要すらなくなりつつある時代なのです。
だからこそ、「生で観る」ことに価値があり、「ライブなら、他の人にSNSなどで自慢することができる体験になる」という感覚が生まれてきています。
著者は、「握手会の参加権をつける」という「AKB商法」ばかりが槍玉にあげられがちだけれど、それはAKBに限ったことではない、と述べています。
AKBの売り上げが突出しているから目立っているけれど、他のアイドルやアーティストも「初回限定版」としてDVDをつけたり、店舗特典をつけたりして販促をしているのです。
むしろ、そんなことを一切しないというアーティストのほうが珍しい。
2014年8月に、ゴールデンボンバーが『ローラの傷だらけ』というシングルをあえて「一切特典なし」で発売したことがあったそうです。
結果、「ローラの傷だらけ」の初週売り上げ枚数は約4.3万枚。握手や店舗特典をつけた前作「101回目の呪い」が初週約15.8万枚のセールスだったのに対し、3分の1弱の数字となった。その結果を受けて、鬼龍院翔はブログに「誤解を恐れず言うと、僕たちのCDを売り上げ枚数でいうと音楽は特典に勝てない」と綴っている(キリショー☆ブログ「ローラ発売一週間」2014年8月26日更新)。
鬼龍院翔は「何を売ったかわからないまま獲得した1位より、はっきり自分の意見を無理矢理通し、自分で作った自分の作品を売ってみんなが買ってくれたことの方がはるかに嬉しいです」と続けて記している。「CDを売る」というビジネスモデル自体が、もはや音楽を生業とするミュージシャンにとってもジレンマの対象になっていることがわかる。
ただ「特典商法」を批判するのは簡単なことである。しかし彼のように生真面目にそれに立ち向かうと、「そもそも音楽を売るとはどういうことか?」という巨大な命題に向き合わざるを得ない。
売る側を批判するのは簡単だけれど、買う側にとっても「CDだけでは買う気にならない時代」になっているという現実もあるのです。
著者は、聴く音楽の趣味が多様化していく一方で、「カラオケで歌われる曲が定番化していること」も指摘しています。
また、テレビで長時間の「ライブの雰囲気を伝えるような番組」が増えたのは、東日本大震災後であり、制作側も「SNSで拡散されること」をかなり意識していることを紹介しています。
あるテレビ局関係者は、こう仰っています。
「昔のようにお父さんもおじいちゃんも小学生も一つのヒット曲に夢中になっていた時代にはもう戻らないと思っています」
まあ、そうですよね……
ただし、この新書は「音楽業界は右肩下がりになっている」という悲観的なことばかりが書かれているわけではありません。
日本発のJ-POPが海外で「売れる」ようになってきたり、「聴き放題」のストリーミング配信の市場が拡大してきているという明るい面もあるのです。
音楽の趣味が多様化し「ロングテール化」(さまさまな種類のニッチな商品が少しずつ、たくさんの人に売れることによって「少数のヒット主導型」ではない市場ができること)していくと予想されていたのが、必ずしもそうではないようです。
2010年代、グローバルなポップ・ミュージックのシーンには『ロングテール』で描かれた予測とはまったく異なる状況が訪れている。一部のトップスターのメガヒットが利益の多くを占める「ヒット主導型」の世界が広がっている。
アデルだけではない。ビヨンセ、リアーナ、カニエ・ウェスト、ジャスティン・ビーバー、テイラー・スウィフトなど、スーパースターたちの存在感はさらに増している。
ハーバード・ビジネススクールの教授であるアニータ・エルバースは、著書『ブロックバスター戦略——ハーバードで教えているメガヒットの法則』(東洋経済新報社)の中でその背景を分析している。
近年のエンタテインメント業界には、ヒットが確実な作品に対して集中的にマーケティング費用を投下するようになった。この「ブロックバスター戦略」により一部の売れ筋に人気が集中するようになったという。
音楽だけではない。ハリウッドでは大作映画に巨額の制作費と宣伝費が投下される。出版業界においても一流のベストセラー作品が利益のほとんどを叩き出す。スポーツ界においても高額な年俸でスーパースターを集めるサッカークラブが高収入を上げている。
こうした「ブロックバスター戦略」は以前からあったのだが、インターネットが普及した結果、さらにその有効性が高まったというのがアニータ・エルバースの論だ。
『ブロックバスター戦略』の中では、デジタル音楽市場の分析によって、「ロングテール」の実態が解き明かされている。
事実、かつてに比べリリースされる作品の量は格段に増えた。制作費が安くなったこと、誰もがネットを通して作品を発表できるようになったことで、とても広大なニッチ市場が成立するようになった。ロングテールは確かに長くなった。しかし、その先端は極端に細くなり、ロングテールの先っぽは、儲けを出すにはほど遠い小規模の売り上げのものが占めるようになった。
その一方で、SNSが普及したことで「みんなが話題にしている」という状況がもたらす波及力がさらに増した。人々は、周りの人と同じ音楽を聴きたがり、同じ映画を観たがるようになった。エンタテインメント産業における勝者の絵依拠力がより強くなった。結果、圧倒的なスケールで成功をおさめるトップスター、いわば「ロングテール」と対極の「モンスターヘッド」の存在感が増した。
音楽産業だけの話ではなくて、「インターネットが、黎明期に識者が予想したようには、世の中を変えなかった」あるいは「予想外の方向に変えてしまった」ということは、少なからずあるように思われます。
ネットで音楽産業はロングテール化するかと思いきや、世界レベルでは「ブロックバスター」が、より一層、幅を利かせるようになったのです。
人間って、「好きなことをしていいよ」と言われても、けっこう、他人と同じことをしたがるものなのみたいです。
音楽産業だけではなく「いまの世の中で、『ヒット』を生み出すこと」についての興味深い知見がたくさん得られる新書だと思います。
確実にヒットを生む法則は誰も見いだせていない、というのは昔も今も同じなのだけれども。