琥珀色の戯言

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【読書感想】マンション管理員オロオロ日記――当年72歳、夫婦で住み込み、24時間苦情承ります ☆☆☆


Kindle版もあります。

マンション管理員オロオロ日記

マンション管理員オロオロ日記

内容(「BOOK」データベースより)
マンション管理員といえば、エントランス横にある小さな事務所にちょこんと座っている年輩男性というイメージをお持ちの人が多いのではないだろうか。たしかに管理員は高齢者と相場が決まっている。若くてもせいぜい60歳くらいだろう。ところで、なぜ老人ばかりなのだろう。ずばり言おう。賃金が安いからである。―本書は13年のあいだ、管理員室から眺めてきたドキュメントである。


 僕もマンション住まいなので、管理員さんには、お世話になっています。うちのマンションでは管理員さんは住み込みではなく、通いなのですが、傍目でみると、こまめに見回ったり掃除をしたり、細々とした仕事があって大変そうではあるけれど、よほどのトラブルがないかぎりは、けっこうのんびりとした仕事だと思い込んでいました。
 でも、最近「世の中でけっこう多くの人が働いているけれど、どちらかというと時代に取り残されつつあるというか、高齢者が多い仕事のレポート」を次々と出版しているこのシリーズを読むと、けっこう大変な仕事なのだということがわかります。
 いま、「夫婦で住み込み」という仕事も、そんなに無いでしょうし。

 ところで、なぜ老人ばかりなのだろう。
 ずばり言おう。賃金が安いからである。
 大阪の分譲マンションに夫婦住み込みで勤務する私の現在の給料は手当てを含めて月17万円。そこから所得税や健康保険、雇用保険、住民税などが天引きされ、実質手取りは15万円程度といったところである。「副管理員」という立場の家内のほうは月にもよるが平均で6万円強。手取りだと夫婦合わせて21万円ほどの額なのである。
 これだけ賃金が安ければ、ほかに働き口がある若者はまずやってこない。
 その点、第二、第三の人生である高齢者の場合、年金をもらっていたり、退職金があったりするから、薄給も辞さない耐久力がある。彼らを雇う管理会社にとっても、そのほうが都合がよい。
 それともうひとつは、マンション管理員という職業が、若者ではこなせない業務内容を多分に含んでいるからであろう。
 管理業務における最大の要諦は住民さんとの対話である。


 「住み込み」となると、9時から17時までの基本的な業務時間内にも、さまざまなサービス労働やトラブルの解決を持ち込まれることもあり、実質的な拘束時間はかなり長くなってしまうのです(管理会社の方針によっても異なるようですが)。それで夫婦で21万円、というのは、家賃がかからないとはいえ、けっして割の良い仕事ではなさそうです。他に働き口がある若者は、あまりやりたがらないでしょうし、管理会社のほうも、比較的安く雇えるから、ということで、高齢者を雇用しているのです。クレーム対応、いわゆる「感情労働」的な面が強く、管理会社と住人の管理組合との板挟みになることも多いみたいで、血気盛んな若者では、この条件で長く続けるのは難しい、という判断なのでしょう。僕のマンションの管理人さんも、こちらのほうが「この人を困らせないようにしないとな」と思うような好々爺でした。

マンション管理員というのは、トラブルがなければ比較的落ち着いたルーチンワークを続けていけるのですが、「めんどくさい住人」がひとりいれば、かなり精神的にもつらそうです。

 管理員室の脇机から「苦情処理記録簿」との名称で、住民さんの苦情を記したのであろう、古い手書きのノートが出てきた。
 それを見ると、いつ、誰が、どんな苦情を言ってきたかが書かれてある。そしてクレームを言う人というのは、どこの誰と決まっていて、毎回、同じようなことで管理員室にやってきているのがわかる。
 当マンション歴代管理員の記録、というより日報のための下書き目もであろうそれによると、ほぼ毎日のごとくクレームを言いにきている住民がいた。
「契約車とは違うクルマが、○○番の駐車場にここ何日間も停まっている。あんなことを許しておいていいのか」
「自分の部屋の前の植栽に毛虫がたかっている。刺されると危険だから取り除いてほしい」
セミの死骸が公園のあちこちに転がっている。見苦しいので、なんとかしてほしい」
「平面駐車場にある隣のクルマが真っ直ぐに駐車しないため、クルマのドアが開けにくく、駐車スペースへの乗り入れが難しいから、注意してほしい」
「専用庭に変なニオイが流れてきて、クサくて堪らない。どこの部屋が出しているのか、早急に調べて連絡してほしい」
「裏の工場の従業員がこちらをときどき見ている。なにか目隠しをするなりして見えないような工夫をしてほしい」などなど。これ、すべてひとりの住民さんのクレームなのである。


 2週間続けて、ほぼ毎日、この住民からのクレームが書かれていたこともあるそうです。
 こういう人の相手をするのも「仕事」になってしまうのですから、きついですよね……
 こういう「なんだかやたらと他人のことが気になる人」とか「自分からクレームをつけられるものを探しているんじゃないか、と思うような人」って、僕が以前住んでいたマンションにもいたのです。本人は「情報通」のつもりで、周りの住人の噂話とかばかりしていて、みんなに敬遠されていました。
 この本のなかにも、「明らかに認知症の症状を呈している高齢者」の話が出てきるのですが、そういう「病気」まではいかないけれど、周りが辟易してしまう「めんどくさい人」というのは、その捌け口になりやすい管理員さんにとってはやっかいな存在だと思います。
 マンションには隣人トラブルは付きものですし、「赤ちゃんの泣き声がうるさい」とか言われても、泣かない赤ん坊はいない。とはいえ、それで「不快」になってしまう人がいるのも事実だし、人と人が隣り合わせに住んで生活する、というのは、何かと大変ではありますね。自分の家や部屋は選べても、隣人を選ぶのは難しいし。

 著者が最初に赴任した「管理会社の社員と管理組合を牛耳っていた人が癒着していたマンション」の話なんて、読んでいて苛立ちまくりでした。
 とはいえ、ほとんどの住民は「管理組合の役員」なんて面倒なものはできればやりたくない、というのが本音で。「自分がやらされるくらいなら」と、結果的に、ずっとその人たちがちょっとした不正を積み重ねながら仕切り続けることになっているのです。


 僕には「何かあったら対応する」だけの、のんびりした仕事のようにみえていた管理員さんなのですが、日中にはさまざまな業務もあるのです。

 朝9時の少し前に管理員室のカギを開ける。そのころ清掃員さんが出勤するので、清掃チェックリストと清掃員室のカギを渡す。12時前に清掃員さんが帰るので、チェックリストとカギを受け取り、管理員室を閉めて昼食に入る。13時前まで食事休憩し、13時5分前に管理員室を開け、午後5時まで窓口での受付業務となる。
 窓口にいれば、来客用駐車場にクルマを停めたい外来者、工事業者などに一時駐車許可証を発行したり、(管理会社の)フロントマンとの連絡、住民からのクレーム対応などがあり、理事会の議事録の作成や文字校正、できあがった議事録を印刷し、全戸に配布したり、といった業務もある。
 それ以外にも住民からの苦情処理や、その内容を周知するための貼り紙の作成、理事長への連絡と承認、各種文書の配布、館内各所の目視点検、残留塩素の測定、週1回の水道親メーターの点検など、細かいことをいちいち書きだせばきりがない。項目だけでも数十に及ぶ。
 午後5時をすぎると窓口を閉め、いったん自宅(管理員室に併設)に戻り、私事を済ませたあと、その日最後の巡回をする。
 夕方の巡回時間は、季節にもよるが、基本的には館内照明が点灯してからのこととなる。というのも、蛍光管が切れているかどうかは、照明が点かなければわからないからである。
 これがざっとした私のルーティンである。住民からのクレームが立て続けに入ることもあれば、なにごともなく穏やかにすごせるときもある。なにもないときは本当にほっとする。


 「何もトラブルが起こらないのが普通の毎日」を送れているのは、管理員さんが日々僕の知らないところでメンテナンスをしていてくれるからなのですね。貼り紙ひとつ作るのだって、けっこう大変でしょうし。

 このシリーズを読んでいると、世の中の「高齢者が多い、忍耐力が必要そうな仕事」って、作家や役者などの、「クリエイター志望者(あるいは出身者)」が、経済的に行き詰まったときの受け皿、みたいな役割を果たしてきたのかもしれないな、と感じます(この本著者の場合は、広告業界で長い間仕事をされていたそうです)。
 こういう仕事が、どんどんAIとかロボットに置き換えられるようになっていったら、彼らは、夢破れたあと、どこへ行くのだろうか。


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