琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】木挽町のあだ討ち ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

◆第169回直木三十五賞・第36回山本周五郎賞 受賞作◆
疑う隙なんぞありはしない、あれは立派な仇討ちでしたよ。
語り草となった大事件、その真相は――。
ある雪の降る夜に芝居小屋のすぐそばで、美しい若衆・菊之助による仇討ちがみごとに成し遂げられた。父親を殺めた下男を斬り、その血まみれの首を高くかかげた快挙はたくさんの人々から賞賛された。二年の後、菊之助の縁者だというひとりの侍が仇討ちの顚末を知りたいと、芝居小屋を訪れるが――。新田次郎文学賞など三冠の『商う狼』、直木賞候補作『女人入眼』で今もっとも注目される時代・歴史小説家による、現代人を勇気づける令和の革命的傑作誕生!


 直木賞山本周五郎賞ダブル受賞の歴史小説
 歌舞伎小屋、それも看板役者ではなく、その「裏方」として生きる人たちが見た「ある立派なあだ討ち」の話。

 正直、この小説の大きな仕掛けというか、トリックみたいなものは、中盤くらいに「ああそういうことか」と読めてしまいました。
 そんなにうまくいくものなのか、というのと、芝居小屋が重要な舞台であることの意味と。
 ミステリとしては、あまりにも親切すぎる、という気もしますが、このくらい親切じゃないと、読者に伝わらないのかな。
 個人的には、最終章は無くても良いというか、かえって蛇足であるような気もしました。
 やっぱり後味の良い終わりが求められているのかな、小説もドラマもゲームも(『ファイナルファンタジー16』のエンディングに対する評価を思い出しつつ)。

 この小説の最大の魅力は、ミステリとしてのトリック云々というより、「歌舞伎小屋」というフィクションで人に現世の苦しみやしがらみを束の間忘れさせる場所に集まり、舞台という世界を創りあげている人々が、それぞれの「半生」を語っている部分なのです。


 僕はこれを読みながら、2015年にとんねるずの番組で起こった、広瀬すずさんが発言で炎上した事件を思い出していたのです。

fujipon.hatenablog.com


 望まれずに産まれてきた遊女の子だったり、武家の次男坊だったり、職人の子どもだったり。
 現在よりも、「生まれつきの身分」が、その人の一生を決めてしまうことが多かった時代に「置かれた場所で咲くのが苦しかった人たち」が、芝居小屋という「悪所」に集まって、それぞれの特技や経験を活かして、裏方として舞台をつくりあげてきたのです。
 実際は、こんなにいろんな人を受け入れていたのかはわかりませんが、少なくとも、この小説で描かれている芝居小屋は、「日陰者の梁山泊」に見えました。

 世の中には、納得できないこと、流されれたほうが波風が立たないのはわかっていても、受け入れられないことがある。
 でもまあ、僕などは、それを「なんとか受け入れて、知らんぷりしている人間」なわけで、読んでいて、少し切なくもなりました。
 人は小説やドラマの中では、「自分らしく生きていい」「一度きりの人生だから、自由に、心に従ったほうがいい」と言うし、そういうキャラクターを観客は支持するけれど、社会や世間のなかで本当に自由に生きたり、言いたいことを言うと、広末涼子さんや加護亜依さんみたいに大きなバッシングを受けることになってしまう。
 芸能界が憧れられるとともに、ある種の「悪所」として、世間の常識が通じないことが許されていた時代から、「コンプライアンス重視」の時代へ。
 でも、「政治的に正しくて欠点が見当たらないもの」って、そんなに魅力的なのだろうか?
 僕はこれを読んでいて、マツコ・デラックスさんのことを考えていました。マツコさんは、この小説の登場人物みたいだな、って。

fujipon.hatenadiary.com


 ミステリとして読むと、ちょっと物足りないかもしれませんが、すごく読み応えがある、「人生って、なかなか思い通りにはいかないものだよな」と嘯きながら日常をおくっている大人向けの小説だと思います。

 何せこれまで芸を披露するったって、お座敷で金を払ったお客さん相手です。しかし木戸芸者は尾上の旦那や森田座さんから金をもらいまして、ひやかしの客を相手にやるわけです。一緒に木戸に立つことになった先達の五郎さんが言うには、
「実はただで見物する客ほど、性質の悪いものはねえ。懐を痛めてねえからこそ言いたいことを言いやがる」
 とか。それでもやるしかありません。


 僕もお金を払って観るときには、「なんかすごいものを観た!……ことにしたい」気分になるのだよなあ。
 ネットの普及で無料のコンテンツが増えたり、サブスクで見放題になったりで、観る側の「せめて良いところを探そう!」というポジティブな視点は、成立しづらくなっているのかもしれませんね。


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