琥珀色の戯言

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【読書感想】消費者金融ずるずる日記 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

サラ金」の栄枯盛衰を見つめた著者による、怒りと悲哀と笑いの記録。
~当年59歳、「ご利用は計画的に」お願いします~

1990年代の半ば、30歳のときに足を踏み入れ、50歳で退職するまでの20年をこの業界ですごした。それは消費者金融業界が栄華を極めてから、2010年の法改正を経て、没落していく年月でもあった。(「はじめに」 よ り )


 思えば、「サラ金」というのは、1970年代生まれの僕にとっては、その勢力拡大から没落までを見届けてきた業界なのです。
 アコムアイフルのCMは、一時期、頻繁に流れて話題になっていましたし、「むじんくん」などの無人契約機が1か所に固まっているのをよく見かけて、なんで競合他社と同じ場所に作るのだろう、と疑問だったのです。

 著者は、先にこの業界で働いていた知り合いに誘われて、1990年代の半ば、30歳で中堅の消費者金融業者に転職したそうです。付き合っていた女性との結婚を考えていて、安定した収入が得られる仕事を探していた、という事情もあって。

 電話に出なければ、かけ直す。留守電になれば、メッセージを吹き込む。電話に出れば、その場で支払ってくれるように要求する。これの繰り返しだ。これが朝から晩まで、多いときで1日数百件もの架電を行なう。
「返さないやつを罵倒すればいいのだから、楽な仕事だよね」と思うかもしれないが、取り立てが心身に堪える仕事だということはあまり知られていない。このつらさをどう表現すればいいだろうか。


(中略)


 相手の反応もさまざまだ。返事もしない人、泣き出す人、わめく人、逆に怒り出す人、威嚇する人……手を変え品を変え、彼らから約束を取り付けて、支払いをさせる。「罵倒するだけの楽な仕事」ではけっしてない。
 入社当初、回収フロアでの「客を客とも思わない」社員たちの言動に違和感を持っていた私も、この世界の色に染まるのにそう時間はかからなかった。電話に出ない。約束を破る。集金に行っても居留守。こうした日常が続くと、債務者に対して憎しみともいえる感情が湧いてくる。
「なんで、どいつもこいつも、みんな返済が遅れるのか?」
 実際にはきちんと返済している人がほとんどなのだが、われわれ回収部隊が相手にするのは100%返済滞納者のため、どうしても感情が「負」に傾く。


 消費者金融の債務者への過酷な取り立ては、1990年代には、社会問題として大きく報じられるようになりました。
 漫画『ナニワ金融道』では、その様子が描かれていたのですが、「違法スレスレのところで、いかに法の範囲内で貸したお金を回収するか」という業者と「返せそうもないのに、その日を生き延びるために借り続け、債務が雪だるま式に増えていく利用者」が、せめぎ合っていたのです(「いた」と過去形で書きましたが、現在も消費者金融は(利息は以前よりだいぶ下がりましたが)営業を続けていますし、多重債務者も存在しています)。

 人の痛みがわからない人間が取り立てをやっていたわけではなく、高めの給与と安定した仕事に惹かれた人たちが消費者金融業界に入り、そこで「貸したものを全然返してくれない債務者」に接していくうちに、どんどん「怖い取り立て屋」になっていくのです。
 こういう仕事はやる側にもストレスが大きく、合わない人は辞めていきました。

 長年、消費者金融に勤めてきた著者は、「利用者が知らない、金融業界の内部事情」についても紹介しています。

 「まったく消費者金融に借金がなく、クレジット会社のカードを作ったこともない人」は「スーパーホワイト」と呼ばれるそうです。
 履歴に傷がないなら、いいお客さんではないのか、と思うのですが、金融業者は「借金をしたことがない」のではなく「借金をすることができない」人なのではないか、と疑うのです。
 大昔に破産や債務整理をして長年お金を借りられない状態だった人の場合、古すぎると信用情報に残っておらず、「スーパーホワイト」になってしまいます。

 今の世の中、消費者金融はともかく、クレジットカードも作ったことがない、という人がお金を借りにくる、というのは、かえって怪しまれるのです。
 また、金融会社が信用情報機関に照会をかけた件数、「照会件数」が短期間に多い人は「必死に借りようとしなければならないほど切羽詰まった状況」だとみなされ、審査上不利になるそうです。
 消費者金融からお金を借りたり、クレジットカードの支払いができなかったことがあったりすると、それらの情報はずっと残り、お金が必要な際に、不利にはたらくことがあります。

 デックが入居している駅前の6階建て雑居ビルは、すべてのフロアに消費者金融が入っているサラ金ビルだ。多重債務者になると、このビルの1階から6階まですべての消費者金融で借入れしている人もいる。返済日は給料日近辺の25日から月末にかけてという人が多いから、このサラ金ビルに来れば、複数の借入れ先の返済がまとめて完了してしまうわけで効率はいい。
 彼らはたいてい上から下へ返済しながらエレベーターで移動する。多重債務者はカードの利用限度額が上限いっぱいになっているが、返済すれば利息を差し引いて数千円がまたカードから利用できる。だから、限界ギリギリの債務者は6階で返済してそこで数千円引き出し、5階の返済の足しにする。そして5階で返済してまた引き出せる数千円を握りしめて4階の返済の足しにして、また4階で……と借金のための借金を繰り返す。こうなるともう末期状態。終わりはすぐそこまで来ているのに、その月を乗り越えるのに精一杯の債務者に先を考える余裕などない。
 じつは、この返済時に「借りて返す」サイクルは債務者にとっては好ましいことではないが、貸す側からすれば上客である。カードの利用枠を1円たりとも残さず使ってもらうのが貸付残高を増やす意味では最高だからだ。


 お金を借りる、とくに消費者金融で利息が高いのにもかかわらず借りてしまう、あるいは、目先の支払い金額の安さしか考えずに、返済してもほとんど利息の支払いとなり、元金が減らないままの「リボ払い」にしてしまう人は、「勉強不足で自分の首を絞めている」と思うのです。


 でも、こんな事例もあるのです。

「伊藤さん、貸している側が言うことじゃないけど、まだ若いのになんでこんなに借金しちゃったの?」
「はい。どうしてもお金が必要だったので、最初はアコムさんから借りたんです」
「だから、なんでお金が必要だったの? アコムから借りた理由は何? 遊びに使っちゃった?」
「最初に入社した会社で頑張ろうと思ってたんですが、労働環境が厳しくて、半年くらいで体調を崩してしまいました。仕事が続けられなくなり、会社に迷惑もかけられないので退職することにしました」
 時折、グスッグスッと鼻水をすする音が聞こえてくる。泣いているようだ。
「生活していくだけなら、アルバイトでなんとか切り詰めてやっていけたんですが、大学のときに借りた奨学金の返済があったもので……。それでまずアコムさんに借りに行ったんです」
 伊東さんの境遇に思わず同情し、「それなら仕方ないね」と言いそうになる。だが、情にほだされては回収がままならないことを知っている私はその場を取りつくろうように「銀行とかは考えなかったの?」と聞かなくてもわかることを聞く。アルバイトでは銀行の審査は通りにくいし、審査にも長い時間がかかる。今日明日の支払いに窮した人間にそんな余裕はない。
「すみません。銀行は……」伊東さんが口ごもる。
「……奨学金と家賃の支払いが迫っていたんで、すぐにお金を貸してもらえるところに行ったんです」
「それでアコムに行っちゃったんだ」
「はい、アコムさんから借りて一時はしのいだんですが、正社員の職がなかなか見つからなくて、そのうちに別のところからも借りてしまって……」
 多重債務に陥る典型的パターンだ。伊東さんの気の毒なのはその原因が奨学金だったということ。だが、いかなる理由だろうと、われわれは債務者の個人的な理由に振り回されてはいられない。「自己責任」と切り捨てるドライさが必要なのだ。


 これはこれで、「ここまで相手の事情を詮索しなくても……」というのが、2020年代の感覚ではあるのです。体調を崩したのが原因であれば、行政に相談すれば、なんらかの支援が得られた、あるいは支払いが猶予された可能性は十分ありますし、返しきれない額であれば、この理由なら自己破産もできたはず。親族に相談して、とりあえず利息が高い借金を身内からの借り換えにする手もあったのではなかろうか。
 でも、「身内から借りればよかったのに」というのは第三者の立場だから言えることで、当事者になれば、心配もかけたくないし、利息がかからないとしても、身内に知られたくない、とは思いますよね。その点、消費者金融なら、詮索せずにお金を貸してくれる気軽さがある。赤の他人だからこその「ハードルの低さ」もあるのです。
 真面目な人であるほど、理屈ではわかっていても、知り合いには相談しづらい、というのはあるのかもしれません。

 なんのための奨学金なのだろう、とは思うのだけれど、こういう事例は、けっこう多いのではないかなあ。

 著者自身も、「お金を借りる人たちの実像」をさんざん見てきたにもかかわらず、遊興費のために借金を重ねてしまったことを告白しています。
 反面教師、とはいうけれど、人は、自分が見てきた「いけないこと」を、自分もなぞってしまうことがよくあるのです。
 著者は、デックの最盛期には年収800万円と、かなりの高収入だったのに(だからこそ、お金を借りられたし、使ってしまったのかもしれませんが)、それでも足りず、自分の顧客のような自転車操業に陥ってしまいました。

 2010年6月18日に改正貸金業法が完全施行され、金利の上限が厳守されるようになりました。取り立て行為の規制が厳しくなり、契約時に生命保険への加入を求めることも禁止されました。総量規制で、本人の年収の3分の1を超える貸付が禁止され、CMでよく見る「過払金請求」も増え、消費者金融業は大きなダメージを受けたのです。
 その一方で、すぐに借りられるカードローンやリボ払いは、日常的に「おすすめ」されています。

 消費者金融は、負の面が語られることが多いのですが、お金を借りるハードルが下がり、おかげで救われた、という人もいるのです。みんなが返さなければ、成り立たない業界なわけで、実際はほとんどの人がきちんと返済しているんですよね。

 貸金業は「セーフティネット」なのか「人の弱みにつけ込んで暴利をむさぼる社会悪」なのか?
 おそらく、どちらの面もあるのだと思います。

 衰退していくこの業界から50歳を過ぎて離れた著者の半生を読むと「幸せとお金」について考えずにはいられませんでした。
 「お金がなくても幸せ」って言えるのは、お金のことを気にせずに生きていけるくらいの最低限の経済力がある場合だけ、なんだよね、たぶん。


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