琥珀色の戯言

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【読書感想】教養としての金融危機 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

激動の世界史と時代の大転換点――。
「100年間」に起きた「9つの危機」を「ストーリー」で一気に学ぶ…!

世界的な金融危機はなぜ起きたのか? なぜ金融危機は10年に1度起こるのか? 新型コロナショックは新たな金融危機を引き起こすのか? 危機を何度も乗り越えたこの世界は、いったいどこに向かうのだろうか?


 第一次世界大戦後、世界恐慌から第二次世界大戦に向かっていったプロセスから、リーマンショックギリシャ危機、新型コロナの世界経済への影響まで。
 「この100年間」に起こった(あるいは、未然に防ぐことができた)金融危機を「物語形式で」描いた新書です。

 正直、「物語形式」ということで、もうちょっと簡単でわかりやすいものを期待していたところはあるのですが、東京大学で著者が行っていた講義をもとにしているということもあり(講義よりは「技術的な要素や理論的な考察を減らしている」そうです)、けっこう読むのは大変でした。
 経済・金融の初心者が「物語で読む〇〇」的なイメージで入ってしまうと、予想以上のとっつきにくさに困惑してしまうかもしれません。
 僕も「けっこう難しいなあ……」と思いつつ、なんとか大枠だけでも掴もうと読んでいったのですが、こういう「自分には難しく感じられる」からこそ、少しだけでも自分の経験値が上がったような気がする本でもありました。
 最近、「わかっていることを、スラスラ読んで満足する読書」に流れてしまいがちだからなあ。

 

 国際金融は、国境を越えて行き来する資金の流れによって形作られる、非常に洗練されたシステムです。我々の日常は国際金融システムの円滑な機能に支えられているとさえ言えるでしょう。うまく働いているなら問題は起こらないはずですが、我々は、ほぼ10年に一度くらいの頻度で、国際金融システムが大きな機能不全(危機)に陥ることを経験則として知っています。なぜ、こういうことになるのでしょうか?

 一つ具体的な事例を、極端に単純化して考えてみましょう。
 インバウンド観光客が京都でお土産を購入すれば、それだけ海外から日本にお金が流入することになります。政府の誘致策が成功して、仮に、ものすごく多くの観光客が日本に押し寄せ、買い物してくれたらどうなるでしょうか?
 日本国内は好景気になりそうですが、同時に海外から膨大なお金(外貨)が流入して円に交換されるので、為替レートが円高になります。そして円高になると、為替の安い海外に比べて相対的に日本の物価が高くなりますから、海外からの観光客はやがて減少するでしょう。また日本企業の輸出競争力が低下するため、一部の企業は国内工場を閉じて海外に生産拠点を移しますので、失業が発生します。一方、日本への石油や食料の輸入が増えて国際価格が上昇し、一次産品を算出しない低所得国では貧困層のための価格補助金が増加し財政赤字が増えるでしょう。それ以外にも、数々の波及効果がありそうです。
 つまり、表面的には問題なく動いているシステムでも、少しずつ、色々な歪みが蓄積している可能性があるのです。


 いまはうまくいっているようにみえても、「成長すること、利益をあげていくことで状況が変化していく」のです。
 人口が多く、安く製品をつくれるということで、中国は「世界の工場」になりましたが、中国が豊かになることによって労働者の給料は上がり、生産コストも高くなってきたため、多くの企業は東南アジアの他の国に生産拠点を切り替えています。
 また、新型コロナという「感染症のリスク」を経験したことで、「グローバル化」のデメリットも、あらためて考えられているのです。

 最近は「金融工学」が発展しており、僕も「株取引で、人間はAI(人工知能)にはかなわないよなあ……」と溜息をついてばかりなのですが、この本を読んでいると、経済というのは、人間の期待や不安が大きく影響するものだということもわかります。

 経済政策のトップの言葉ひとつで、大きな危機が訪れたり、破綻を回避することができたりもしてきたのです。

 株価だって、「良い会社なのに……」「こんなに良い決算なのに……」下がってしまうことは少なくないし、それに対して、「そんなのおかしいだろ!」といくら僕が憤っても、下がるものは下がる。
「ひどい決算」の企業の株価が「悪材料出尽くし」ということで上がることもあります。

 国際収支は、国境を越えて移動する資金の種類によって、別々に計算されていますが、その二本柱は経常収支と金融収支です。この両者は、コインの裏表のような関係にあります。概念的には、経常収支が黒字の国は、その黒字相当額を海外に貸し出すので金融収支が赤字(マイナス)になるし、経常収支が赤字の国は資金不足を補う額を海外から借りてくるので金融収支が黒字(プラス)になる、ということです。


 著者はこのあと、「経常収支を、資金移動の原因によって四つに細分化したもの」を例をあげながら示していきます。
 経済を専門的に学んできた人にとっては常識なのでしょうけど、それ以外の人にとっては、こういう基本的なところから説明してもらえるのはけっこうありがたい。
 日本は長年「貿易黒字」でアメリカに責められてきたなあ……と思い返してしまうのですが、「アメリカは、なぜ自国の貿易赤字にあれほど怒っていたのか?」を、僕は「損していて、自国の産業が振るわないんだから機嫌悪くなるよな」というくらいの解釈で、ずっと生きてきたんですよね。


 2008年9月に起こったリーマンショック(国際的には「世界金融危機(グローバル・ファイナンシャル・クライシス:GFC)」と呼ぶのが一般的だそうです。僕はこの本で初めて知りました)の要因のひとつについて、「金融工学を用いた、新たな仕組みで、高リスクのローン債権が飛ぶように売れてしまった」ことが指摘されています。
 そんな、どう考えてもヤバそうな債権が、なぜそんなに売れたんだ?と思いますよね。

 住宅ローンや自動車ローン、学生ローンにクレジットカードのリボ払い等、米国ではあらゆるローンを束ねて証券化して投資家に売るのが一般的です。束ねられたローンは、例えば東海岸、中西部、西海岸など様々な地域の住宅ローンからなり、東海岸が不況となっても西海岸では住宅ローンの返済がきちんと続くといった形で、リスクが分散されています。それが証券の形になっているので、市場で簡単に売買できるわけです。
 債務者が毎月ローン返済分を支払うと、それが証券を購入した投資家に支払われて、証券に対するリターン(運用益)になります。ローン返済が滞ると、投資家のリターンが少なくなりますので、返済が滞りそうな債務者の多いローンを束ねた証券は、格付けが低くなるのが普通です。
 ところが、2000年代に盛んに活用された、債務担保証券CDO)と呼ばれる証券では、この常識が破られました。最も返済が滞りそうな債務者である、低所得者の住宅ローンを束ねた証券なのに、トリプルAという最上位の格付けを得たのです。どうしてそのようなことが可能だったのでしょうか?
 低所得者の住宅ローンはサブプライムローンと呼ばれました。プライム(優良借り手)の下位(サブ)に位置する層へのローンという意味です。CDOは、サブプライムローンを束ねた上で、債務者からのローン返済があったら、その返済分を一番最初に受け取れる権利の証券、2番目に受け取れる証券、最後に受け取れる証券、と区分しました。一本一本のサブプライムローン低所得者向け住宅ローン)の信用力は高くないのでローン金利は高めです。が、例えば1000件のサブプライムローンを束ねて、さすがに500人くらいはきちんと毎月返済するだろう、という見込みを立てたとします。その上で、第一の証券は返済してきた最初の300件からの返済だけを受け取り、第二の証券は次の300件、最後の証券は残りの400件と区分したとすると、第一の証券は毎月ほぼ間違いなくリターンを受け続け、第二の証券は月によってリターンが上下し、第三の証券はリターンがあればラッキーという感じになります。この第一の証券がトリプルAを得たのです。
 最上位の格付けでありながら、超優良企業の社債等と比べればリターンが高いことから、CDOは爆発的な人気を得ました。作れば売れる、という状態となって、材料であるサブプライムローンが大量に必要になります。信用力の怪しい借り手にも、かなり基準の緩いローンが次々に貸し出されては、CDOの材料として売却される状態でした。米国のみならず欧州の投資銀行もこれらのローンを購入してCDOにまとめて市場で売却し、あるいは自らそれらのCDOを購入・所有しました。


 まあ、半分くらいの人はローンをきちんと払うだろう、とは思いますよね…… 
 でも、その見通しは甘かった。
 住宅価格が下がり始めると、住宅価格の右肩上がりでの上昇を前提としていた債務者はローンを払えなくなり、CDOは雪崩のように下落していったのです。もともとかなり無理がある金融商品なだけに、下がり始めると、もっと下がるのではないかと売りが売りを招きました。

 サブプライムローンの危険性に気づいていた人も金融業界には少なからずいたのですが、「他所がこれで儲けているときに、自分たちがそれをやらないと株主から責められる」という保身もあったようです。

 優良債権だから、トリプルAの格付けを得る、というのではなく、リスクのある債権をトリプルAにするためには、どういう組み合わせにすればいいのか、の答えを「金融工学」で出してしまったのが、この結果を生んだ、とも言えるでしょう。
 それでも、みんな「行けるところまで行ってしまえ!」と、破綻するまでアクセルを緩めることができなかった。

 どんなにAIが進歩しても、そのAIに「価値判断」を定義するのは人間なんですよね。
 AIは、その目的に向けてのルートを「最適化」するだけです。


 この本を読んでいて、僕がなんとなく「掴めた」のは、「国際金融に絶対的な正解はなくて、なんとかバランスをとるために、この100年間、さまざまな試行錯誤が行われてきたのだ」ということと、「なんのかんの言っても、この100年間、アメリカは『世界で唯一の大国』であり、『ドル』が世界通貨であり続けている」ということでした。
 2030年には中国がGDP世界一になると言われているそうですが、著者は、そうなってもしばらくは世界経済でのドルの支配的な立場は揺らがないだろう、と述べています。
 中国はまだ、政治的なリスクが高く、経済的な自由度、安定感もアメリカにはしばらく追いつけそうもないのです。


 経済初心者の「最初の一冊」にはハードルが高そうですが、「少し経済・金融をかじっていて、レベルアップしてみたい」人は、手にとってみる価値があると思います。


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