琥珀色の戯言

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【読書感想】若ゲのいたり ゲームクリエイターの青春 ☆☆☆☆

若ゲのいたり ゲームクリエイターの青春

若ゲのいたり ゲームクリエイターの青春


Kindle版もあります。

1980~90年代、ゲーム業界は「青春期」だった。そんな時代に大奮闘したゲームクリエイターたちの熱くて、若くて、いきすぎた思い出をたずねたい──国民的ヒット作となった数々の有名ゲームのクリエイター達に取材。『うつヌケ』、『ペンと箸』に続く、「白」田中圭一が開発秘話に迫ったレポート漫画!

第1話 『ファイナルファンタジーVII坂口博信
第2話 『アクアノートの休日飯田和敏
第3話 『メカ生体ゾイド』徳山光俊
第4話 『龍が如く名越稔洋
第5話 『MOTHER』糸井重里
第6話 『星のカービィ桜井政博
第7話 『初音ミク佐々木渉
第8話 『プリンセスメーカー赤井孝美
第9話 『電脳戦機バーチャロン亙重郎
第10話 『どこでもいっしょ』南治一徳
第11話 『ぷよぷよ仁井谷正充

 『2』が書店に並んでいるのをみて、今さらながら紙の『1』を購入。
 『電ファミニコゲーマー』で連載されていたときには欠かさず読んでいたつもりだったのですが、ほとんど内容は忘れていました。
 40年近くテレビゲームをやっている僕にとっては、「昔のゲームクリエイター」といえば、『スペースインベーダー』や『パックマン』『ゼビウス』、あるいは、マイコンの『ザナドゥ』『ポートピア連続殺人事件』あたりを作っていた人、という感じなのですが、2020年くらいの感覚としては、『ファイナルファンタジー7』とか『MOTHER』が「古典的名作」になってしまったのだなあ、と案外深いものがあります。
 『ファイナルファンタジー7』はリメイクされて大ヒットしていますし(個人的には、『エヴァンゲリオン』がとりあえず一区切りついたので、『ファイナルファンタジー7リメイク』の終わりを「死ぬまでに見届けたいターゲット」に認定しています)、『ポートピア』をつくった人は、まだ現役というか、「伝説」でありつつ、ゲーム制作の第一線で活躍されているのですけど(リアルタイムでみてきた僕としては、『OUT』の読者投稿コーナーをやっていた堀井雄二さんがこんなにすごい人になるとは夢にも思っていませんでした……

 いかん、昔のゲームの話を始めると、関係ないことでどんどん行数を稼いでしまう……

 さて、この『若ゲのいたり』なのですが、自らもゲームメーカーでマネージャーとして仕事をしていたことがあり、『アクアノートの休日2』の制作にもかかわっていたという田中圭一さんが、歴史に残る作品を遺してきたゲームクリエイターたちに取材したものです。

 僕自身も子どもの頃は、「東京に行って、『ファミ通』でアルバイトしたい!」「ゲームデザイナーになりたい!」と本気で思っていたのですが、結局、その夢はかなわず、こうして遊ぶ側であり続けているのです。

 でも、こういう「有名ゲームクリエイターたちの話」を読んでいると、自分みたいな凡人では、すごいゲームはつくれなかっただろうなあ、と、自分を納得させられるところもあるんですよね。
 そもそも、面白いゲームをつくるには、もちろん、ゲームが好きなのは大前提だとしても、「ゲームが好きなだけ」では難しいのです。

 『龍が如く』をつくった名越稔洋さんは、大学では映画制作を学んでいたのですが、日本映画が低迷していた時代だったため、ゲーム会社の『セガ』に就職したそうです。ところが、名越さんはそれまでコンピュータに興味がなく、キーボードも触ったことがないくらい。せっかく就職したものの、役に立たない自分に嫌気がさして、辞めることも考えていたときに、ポリゴンモデルを使った3Dのゲームの時代がやってきたのです。

 今までのゲームにはなかった3D空間が出てきたものだから、カメラワークを決める必要があったんです。

 しかしながら、それまで2次元のゲームをつくってきた人たちは、3Dでのカメラワークのノウハウを全く持っていなかった。
 そこで、名越さんは映画制作を学んできたことを活かせる、自分がやるべきことを見つけた、と仰っています。
 もちろん、カメラワークの指導だけをやっていたわけではないのですが、それがきっかけで、仕事にのめり込んでいったそうです。

 ゲームがどんどん進化していった時代の制作側の様子を知ると、ゲームというのは、「総合エンターテインメント」であって、いろんな娯楽の要素を取り入れてきたということがよくわかります。

 そういえば、何年か前にゲームミュージックを特集していたラジオ番組のなかで、「音楽のさまざまなジャンル、演歌とか世界の民族音楽などは、いまの日本では市場として成り立ちにくく、リリースするのが難しい。そんななかで、ゲームミュージックとして使われることで、ジャンルとして生き残っているものもある」という話を聞いたことがあります。

 「ゲームは子どもにとって害」「インベーダー禁止」と言われていた時代からゲーム好きだった子どもの頃の自分に、将来はテレビゲームが市民権を得る時代がやってくることを教えてあげたい。
 まあ、親になってみると、「とはいえ、ゲームは面白すぎるから、あんまり無制限にやらせては危ないな」とか思ってしまうんですけどね。


 「プリンセスメーカー』の赤井孝美さんの話も「懐かしいなあ……」と思いながら読みました。
 女の子を育てるゲームというのは、いま、2021年に発売されたら、いろいろ物議を醸す可能性もありそうですよね……

赤井孝美「さらにボクらは映像作品を作ってきたエキスパートなので、映画的な手法をゲームに取り入れてみたんです」


──映画的な手法?


赤井「育てている娘の評判を街の人に聞くというシステム」


──ありました!


赤井「あれは、キャラクターを色々な人から語らせることでキャラの性格を立体的に見せる映画や物語の手法なんです」


 赤井さんが、その「評判システム」を熱く語っておられたのが、僕には意外でした。
 ゲームをつくった人たちの話を読んでいると、制作側というのは、プレイヤーに見えない、気づきにくいところに「新しい要素や演出」を盛り込んでいることがわかります。派手なグラフィックやサウンド、魅力的なキャラクターに比べると印象に残りにくいけれど、そういうシステムへのこだわりが「ゲーム体験」を変えているのです。

 正直、読んでいると、「もっと深いところまで突っ込んでほしい!」とと当時を知るゲーム好きとしてはもどかしいところもあるのですが、貴重な証言集だと思います。
 僕にとっては「ちょっと昔のゲーム」という感覚の「ファイナルファンタジー7』のオリジナル版がプレイステーションで発売されたのが1997年ですから、もう24年前だものなあ……


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