琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【読書感想】調べる技術 書く技術 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
ネットなどを使って誰もが手軽に情報収集できるようになった現代。すき間時間にSNSを見る、スマホでニュースフィードに流れてくる情報を見る―こうした手軽なインプットの「量」に比例して、集めた情報は本当に「自分のもの」になっているだろうか?専業作家として、日々膨大なインプット、アウトプットを行う著者が教える、学んだ知識を「本物の教養」に変える知的生産術!


 僕はこの本を読みながら、考えていたのです。
 著者の佐藤優さんは、やっぱり「怪物」だよなあ、って。

 私は、毎月平均2冊のペースで本を出し、抱えるコラムや連載などの締め切りの数はひと月あたり約90になる。ひと月に書く原稿の分量は、平均して1200ページ、字数にして約50万字にもなる。この膨大な創作活動は、膨大なインプットに支えられている。執筆のために、多い月では500冊以上の本に目を通す。
 
 情報収集・分析も、私の専門領域だ。世の中で起きている出来事をタイムリーに知るために、全国紙・地方紙から業界紙まで含め、合計10紙ほどの新聞に目を通すのも欠かせない日課になっている。
 ただし、単に大量のインプットをしているわけではない。 
 読書一つをとっても、いたずらに膨大な本を読み返すことはしない。
 読み取った情報を1冊に集約させるノートを作ったり、学んだ内容を学生に教えたり、ラジオ番組で話すなどして、アウトプットも意識的に行い、「身につく」読み方をするように、心がけている。
 インプットと合わせてアウトプットを行うことで、読んだ情報は本物の教養になるのである。

 これだけのインプット・アウトプットをこなしている人がこの世の中には存在する。
 でも、完全に真似することは無理でも、そのエッセンスというか、自分にとって有益な部分だけでも参考にすることはできるのではなかろうか。
 
 読んでいて感じたのは、佐藤さんは、「情報の取捨選択」の重要性と、「最低限の基礎学力を身につけたあとは、中途半端にあれこれ手を出すよりも、自分の武器になることに集中して、徹底的に学んだほうが良い」と考えている、ということでした。
 専門である神学やインテリジェンスをはじめとして、世の中の万事に通じているようにみえる佐藤さんなのですが、こんな話もされています。

 読者も忙しいことだろう。日々、こなすべき仕事があるなかでも、知的生産力を高めていくには、有益なインプットを続けなくてはならない。裏を返せば、無益なインプットをしている暇はないというのが現実だ。

 では無益なインプットとは何か。
 1つは前項で挙げたような論理破綻している本だが、それだけではない。仕事に関係しない本を読むことや、仕事に直結しないスキルを身につけようとすることも、無益なインプットといえる。
 たとえば語学だ。最低限の英会話力は身につけておくに越したことはないが、もし仕事上でいっさい英語を使わないのであれば、英会話習得の優先順位は、かなり低くなる。
 仕事で使う場合にも、有料の通訳・翻訳アプリで事足りてしまうかもしれない。本気で、相当なレベルにまで達する覚悟があるならいいだろう。だが中途半端に取り組むくらいなら、英会話はAIに任せて、自分は別の有益なインプットに時間を割いたほうが知的生産力は高まる。
 ましてや英語以外の言語を趣味的に身につけようとするのは、時間とお金の浪費に過ぎない。


 「趣味」としてやるならさておき、中途半端な英会話力を身につけるような勉強は、非効率的な時代になってきているのです。英会話スクールで学んだ「少しだけ話せる」英語よりも、翻訳アプリのほうが大概、優秀になってきていますし。
 もちろん、同時通訳や翻訳家レベルの英語力であれば武器になりますが、中途半端な勉強をするくらいなら、他にやるべきことがある、ということなのです。

 さらに「捨てるべき情報」として、佐藤さんは、こう仰っています。

 ネット上にリリースされている情報は無限大ともいえ、書籍以上に、「何を読むか」を選別する裏側には、数多の「何を読まないか」の取捨選択がある。

 では「何を読まないか」といえば、ネットニュースである。
 たとえば、「Yahoo! ニュース」などのニュースサイトは、タダで新聞記事などが読める点でおトクに思えるかもしれない。しかし媒体の垣根を越え、記事が雑然と羅列されている時点で、きわめて非効率的だ。
 というのも、ニュースサイトは、あらゆるメディアの記事の羅列と化していることで、「情報のプロ」たる記者が関わっているという新聞のメリットが、ほぼ失われてしまっているからだ。


 佐藤さんは、「ネット系メディアに頼るほど、フェイクニュースに引っかかる危険も高くなる」と指摘しています。

 今やSNSを使っていない人のほうが珍しいくらいかもしれないが、知的かつ充実した人生を送りたいのなら、すぐにでもやめたほうがいい。
「日に1時間まで」などと決めればいいという人もいるが、おそらく時間制限を設けても、形骸化してしまうのが関の山だ。
 なぜならば、SNSは始めたら最後、どんどん時間を費やしてしまうものだからである。この中毒性ゆえに、全世界でこれほど広まっているのだろう。


 だが、冷静になって考えてみてほしい。誰がどこで何をしたか、何を食べたか、そんな情報を、常時、本当に得たいだろうか。


 身につまされる話、ではありますよね。
 SNSには中毒性があって、だらだらと眺めていたり、他者どうしのもめごとを追っていくうちに時間が経っていくのですが、やたらと感情が揺さぶられるだけで、自分の何かが変わる、ということはほとんどないと僕も思います。
 告知のためのツールとして使う以外には、SNSに積極的にかかわらないほうが良いのではなかろうか。SNSをやっていると、「いいね」をつけられたい、リツイートされたい、という欲求から、自分を安売りしたり、むやみに他人を傷つけたりするような発言をしがちですし。
 わかっていても、なかなかやめられないものではありますが、ネットニュースやSNSは「効率的な(自分にとってプラスになる)情報収集ではない」ということは知っておいたほうが良いのでしょう。

 時間は有限であり、しかもすべての人に平等に与えられている。その限られた時間を、インプットやアウトプット、あるいは楽しみ休養(楽しみ方、休み方は後述する)のために使うのと、どうてもいい情報を得るのに使うのとでは、知的生産力に格段の差が出る。
 どれくらいの差かといえば、SNSを使うか、使わないかで、生涯所得と出世が左右される。そういっても過言ではないほどの差である。そう聞けば、少し考えが変わるのではないか。


 そう言われると、身も蓋もない、という感じではありますが、そのくらいの覚悟がないと、SNSを断つのは難しいのかもしれませんね。


 佐藤さんは、インプットに関する「コスト意識」についても触れています。

 知的活動のベースとなるインプットは、言い換えれば情報や知識、機会などを「買う」ということであり、何につけてもお金がかかるものなのだ。いくらインプットが大事といっても、次々と手を出したら、お金がいくらあっても足りなくなってしまう。
 まず重要なのは、インプットの基本中の基本として、新聞は読むこと。そのうえで、ほかのインプットが、仕事に直結するかどうか、将来に役立つかどうかを厳密に見極めることだ。
 今まで、何となく本を買ったり、交流会に参加したり、セミナーを受けたりしてこなかっただろうか。これからは、いっそうシビアに「仕事に直結するもの」「将来に役立つもの」に厳選していってほしい。
 

 加えて、インプットに使うお金に、あらかじめ上限を設けておく。上限の目安は、可処分所得(給与マイナス住居費)の5~10%である。
 たとえば可処分所得が10万円だとしたら、月に5000~1万円をインプットに使う。新聞は産経新聞の無料ウェブ版を読み、朝日新聞をとることにしたら、毎月約4000円が新聞費となり、その他のインプットに使えるのは月々1000~6000円となる。
 このように、限られたお金をどう使うかと考えてみると、ますます、インプットの将来性を見極める目が磨かれるはずだ。


 正直、そこまで「新聞」が必要なのか?とは思うのです。
 そう考えている人が多いからこそ、新聞を読む意味があるのかもしれませんが……
 あと、人間って、「インプット」と言えるような「自分にとって良いと思っていること」への浪費には、甘くなりがちなんですよ。そのために、「インプット」をやったことだけで満足して、費用対効果、時間効率の乏しさを考えなくなってしまう。
 「お金も時間も限りがある」ということを知ったうえで、優先順位を決めていくことが大事なのでしょう。

 何かをアウトプットしようとしている人は、読んでみて損はしない本だと思います。
 全部真似はできなくても、参考になるところはあるはずだから。


読書の技法

読書の技法

人をつくる読書術

人をつくる読書術

アクセスカウンター