琥珀色の戯言

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【読書感想】ヤバい選挙 ☆☆☆☆

ヤバい選挙 (新潮新書)

ヤバい選挙 (新潮新書)

  • 作者:宮澤 暁
  • 発売日: 2020/06/17
  • メディア: 新書


Kindle版もあります。

ヤバい選挙(新潮新書)

ヤバい選挙(新潮新書)

政見放送で「放送禁止用語」を連呼する候補者がいた。村民二百人以上が一斉出馬した
村長選があった。「死んだ男」が立候補した都知事選があった。
「問題候補者」の真の狙いは何だったのか。そして有権者はどんな判断を下したか。
屈指の選挙マニアが、半世紀分の資料から発掘した衝撃のエピソードを明かす。
国政選挙、地方選挙から「選挙権が剥奪されていた島」の初投票まで網羅した、
「我らが民主主義制度」のヤバい事件簿。


 「選挙マニア」を自称する著者が、日本の選挙で実際に起こった、さまざまな異常事態や珍しい出来事を集めたものです。
 「200人以上が立候補した村長選」や「選挙権がなかった島」「選挙を利用して金儲けをしていた人々」などの驚くべき事実が紹介されています。

 選挙に立候補した人が投票日前に死亡するという事例は、ごくまれに見られます。例えば、1980年には首相である大平正芳衆議院議員総選挙の間に急死しました。心筋梗塞による心不全と発表されています。ショッキングな事例としては2007年の長崎市長選、選挙期間中に現職市長の伊藤一長が銃撃されて死亡したことでしょう。
 それでは、選挙に立候補した人が実は死亡していたというのはどうでしょうか。そんなこと絶対にありえないと思われます。しかし、選挙に立候補した人が書類上、選挙前に死亡していたという事例が1963年の東京都知事選に存在するのです。


 著者はこの「幽霊候補事件」の詳細を、当時の史料にもあたりつつ紹介しているのです。
 この「幽霊候補」は、1963年の東京都知事選に出馬しています。

 この(立候補届け出の)最終日の4月2日に橋本勝という人物が東京と選挙管理委員会に現れました。この橋本は立候補に必要な書類を揃えて提出しましたが、選挙公報の原稿だけは用意していませんでした。そのため、彼は選挙管理委員会の職員の前で筆を取り出して、さらさらと選挙公報の原稿を作成しました。

 その選挙公報は余りにも達筆で、容易には読み取れないようなものでした。判読してみると、次の内容だったのです。

 政経トロールプレス社々長
 橋本勝
 五十八才


 壱千万都民の心を心として愛情都政を招来する

 現在の東京都二十三区の区名の字を市と云ふ字に改めて住民の格上げをする
 従って区長が市長となり区議会議員の名称が市会議員となる

 青少年非行防止のため女の人造人間を数万体造って東京都周辺にその部落を造り青年のエネルギーの発散場所を造ってやる


 職業と年齢に続けて、愛情都政を作り上げるという抱負を語っています。そして、区を市に格上げするという政策を示しています。ここまでは一般的なように見えますが、最後にとんでもないことが書いてありました。「女性型の人造人間を数万体製造し、それを若者のエネルギーの発散場所、つまり性の捌け口にする」


 これが「選挙公約」として通るのか……昔はこういう主張に対して、おおらかだったんだな……とも思うのですが、最近の「政見放送」でもしばしば話題(問題)になるように、それが「選挙での公約」であるがゆえに、カットしたり編集したりするのが難しい、という面もあったのかもしれませんね。

 「政見放送」に関するさまざまなトラブルも、この本には収められています。
 もうすぐ東京都知事選が行われるのですが、都知事選って、注目度が高いためか、「トンデモ選挙」の宝庫みたいなところもあって、僕もひそかに楽しみにしているのです。しかし、小池百合子vs山本太郎って、冷静に考えれば、けっこうすごい顔合わせだな……トランプ大統領が誕生した衝撃に比べれば、まだまだ、かもしれないけれど……


 この「橋本勝」という候補の話に戻るのですが、この届出のあと、選挙管理委員会が立候補資格を審査するために、本籍地の大阪市福島区役所に問い合わせたところ、同じ年の2月17日に、その橋本勝氏は病院で死亡していた、という回答が返ってきたのです。

 では、この「橋本勝」を名乗る男は何者だったのか?なぜ都知事選に出馬したのか?そして、選挙の結果はどうなったのか?

 もちろん、橋本勝を名乗る男は、都知事に当選はしなかったのですが、なんでそんなことをするのだろう?と思いますよね。どうしても言いたいこと、やりたいことがある泡沫候補や、目立ちたいという動機で出る人は理解できるけれど、この人の場合は、出馬することに何のメリットがあるのか、想像もつかないのです。
 むしろ、もし当選したら、どうするんだ?と心配してしまうくらいです(当選しないだろうけど)。

 この本を読んでみると、こういう「謎の候補者」が出馬してくるのには、それなりの背景があることがわかります。

 この1963年の都知事選の前から、一部の地方選挙で現職の自民党候補に対して、野党勢力が統一候補(革新統一候補)を出そうという動きがみられ、統一候補はかなりの支持を集めるようになっていたのです。
 1964年の東京オリンピックを控えて、自民党は1963年の都知事選は絶対に負けられないと、革新勢力を潰そうとしました。

 1963年都知事選の候補者一覧を見てみましょう。実のところこの候補者の大半は右翼系泡沫候補でした。泡沫候補とは、泡のように消えて落選するということから、当選の見込みが極めて薄い候補者のことで、少なくとも戦前の時期から新聞での使用例があります。
 このような右翼系泡沫候補はじつは、様々な選挙妨害を行うことを立候補の目的にしていました。そして彼らは自民党と関係したのです。例えば、革新統一候補の阪本勝が車を出して選挙運動を行おうとしたところ、車を蹴るなどの妨害をする者が現れて、自派の運動員がいなければ、車に乗り込めないというありさまでした。いざ車を出せば、複数の他候補の車が付きまとってきたのです。当時、つきまとっただけで終わりではなく、阪本が演説をしようとすると軍艦マーチを大音量で流したり、悪口を言ったりして、演説妨害を行ったといいます。


(中略)


 明らかに異様で度を越した阪本勝陣営への選挙妨害でしたが、じつはその最たるものが前述した幽霊候補事件だったのです。革新統一候補の「阪本勝」と「橋本勝」をよく見くらべてください。名前がかなり似ていることが分かります。
 このように妨害したい候補と名前がよく似ている人を立候補させ、有権者の誤認を誘う選挙妨害はまれに見られます。この時は橋本勝以外にも「中山勝」という名前の類似した人物が立候補しており、念が入っていたと言うべきでしょう(ちなみに「橋本勝」の直接の背後にいた人物は「中山勝」の背後にいた人物と同一人物であったりします)。
 有権者の誤認を誘うなんて、まさかと思われますが、この時の都知事選で「中山勝」は約1万8000票も獲得し、13人中4位という高い順位を示しています。また、前述したように「橋本勝」は無効票になったものの、約2万人が投票していた可能性が濃厚でした。そして、このような戦術は過去にもしばしば行われ、本名以外の名前で立候補することを大きく制限するきっかけにもなっています。また現在もこうした誤認を誘うために擁立したのではないかという疑いがあるよく似た名前の事例がまれに見られます。


 そんなバカバカしいこと、わざわざやるの?と思うようなことを「当選するため」にはやるのが選挙なのです。
 そして、「それなり」の効果が見込めるのも事実のようです。
 

 選挙を無投票にするための談合や、大量転居による票の獲得など、近年でも、さまざまな「選挙に関する問題」は起こり続けているのです。
  
 現在でも、地域が二派に分れて壮絶な選挙戦を繰り広げ、勝った陣営が公共事業から宴会に使う店まで決めてしまう、というところがあるのです。

 選挙での買収に関しては、「そんなお金を受け取るほうもおかしい」とは思うのですが、著者はこう指摘しています。

 現金による買収には難しい問題がつきまといます。金銭を受け取らなかった場合、その有権者はその陣営を支持していないと思われる危険性があるため、どうしてももらう側に傾きます。また有権者の中には選挙のたびに金銭が配られることを期待している人もいますし、こうした人々がいるからこそ買収側は、「次はくれないのか」と失望されることを恐れて、また金銭が配られることとなるのです。
 最近でも買収が常態化しており、当事者たちの感覚が麻痺していることを裏付けるエピソードが、最初に紹介した(青森県平川市議会の事件の裁判でありました。
 被告の元市議に対し、裁判官が「子どもたちが買収を知ったらどう思うか」と問いただした時、元市議の答えが驚くべきものだったのです。
「子どもたちには分からないようにやっていかないといけない」
 とはいえ、県内では脱津軽選挙への様々な運動が展開されています。津軽の選挙が今後どのようになるのか、注視したいところです。


 買収なんて、断ればいいのに、と外からみれば思うのだけれど、それを断ったら「中立」ではなくて、「敵」としてみられてしまうことが多いのです。
 みんなが汚いことをしているなかで、クリーンでいようとすると、疎外されるリスクもあります。
 
 選挙というのは、民主主義の大黒柱であるだけに、人間の暗部や欲望が反映されやすいのです。
 その一方で、著者が紹介している「ようやく国政選挙に参加できるようになった離島の話」を読むと、自分が持っている「一票」をもっと大事にしなくちゃいけないなあ、とあらためて考えさせられます。


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