琥珀色の戯言

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【映画感想】関ヶ原 ☆☆☆

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豊臣秀吉の死後、豊臣家への忠義を貫く石田三成岡田准一)は、天下取りの野望に燃える徳川家康役所広司)と対立を深めていく。そして1600年10月21日、長きにわたった戦国時代に終止符を打った歴史的合戦「関ヶ原の戦い」は、早々に決着がついた。有利と思われた三成率いる西軍は、なぜ家康率いる東軍に敗れたのか……?


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 2017年の映画館での21作目。夏休みも残り少なくなった平日のレイトショーで、観客は30人くらいでした。
 僕が歴史に興味を持つようになったきっかけというのが、小学校の図書館で、「置いてある数少ないマンガだから」という理由で手にとった『マンガ日本の歴史』が「関ヶ原の戦い」の巻だったことなのです。
 そのときは、本当は1巻から順番に読みたかったのだけれど、借りられずに残っていたのが、その巻だけだったんですよ。
 ある意味、日本の歴史のクライマックスに、偶然ながら、いきなり触れてしまったのです。
(まあ、どこがクライマックスかというのは、人それぞれだとは思いますが)
 自分を引き立ててくれた豊臣秀吉の恩に報いるため、虎視眈々と天下を狙う強大な狸親父・徳川家康と戦う正義の人、石田三成
 なんでこれ、みんな石田三成の味方をしないんだよ、どうみても、秀吉との約束を破って、政権を簒奪しようとしている家康のほうが悪いのに……
 当時の「マンガ日本の歴史」では、そういう描き方をされていましたし、僕自身の子供っぽい正義感も、「石田三成びいき」の要因でした。
 

 子供が大人になっていくというのは、関ヶ原で「そりゃ徳川家康が勝つよね。自分だって家康側につくだろうな」と思うようになったり、「なんのかんの言っても、『三国志』の勝者は孔明じゃなくて曹操だよな(もっと突き詰めていえば司馬懿仲達)」と認識することなのかもしれません。
 

 歴史好きとしては、ネットでは評判が今ひとつでも、このテーマに挑戦した作品は、観ないわけにはいかないんですよ。
 岡田准一さんの石田三成には、「官兵衛!こんなところで、何やってるの?」っていう違和感があったのですが、岡田さんには「天然石田三成」っぽい雰囲気がありました。
 役所広司さんの徳川家康平岳大さんの島左近以外は、豪華キャストで歴史上の人物を描いているのに、上っ面だけをなぞっているというか、あんまり血が通っている感じがしませんでした。
 まあ、2時間半で、朝鮮出兵での石田三成加藤清正たちの対立あたりから、『関ヶ原の戦い』までをやろうとしたら、こんな「ダイジェスト版」みたいになりますよね。
 ちなみに、『関ヶ原の戦い』の戦場の場面は、後半1時間くらいです。
 松山ケンイチさんの直江兼続とか、「マツケン友情出演!」のためだけに、とりあえず顔を出しておきました、だものなあ。
 「新春かくし芸大会」のドラマみたいだ……
 有村架純さんが、また「有村さんが出演しているという既成事実をつくるため以上の意味が感じられないヒロイン」を演じさせられていて、ちょっとかわいそうになってきました。
 こういう役、もうちょっと向いてそうな女優さんがいるだろうに。というか、初芽というキャラクター自体、この映画に必要なのだろうか。
 たしかに、原作にはいたけど、忍者とはあまりにも遠すぎる有村さんが頑張っているのをみると、初芽云々よりも、「有村がんばれ!いつかもっと向いてる仕事のオファーも来るから!」と励ましたくなります。
 朝ドラとかで頑張っているんだから、仕事選べばいいのに、というか、キャスティングするほうも、「とりあえず有村架純を出しておく」みたいなの、もうやめましょうよ。
 石原さとみさんと広瀬すずさんも、最近そんな使われ方をしていますよね。


 『関ヶ原』というテーマは、あまりにも有名なので、上映開始の時点で、観客のほとんどにネタバレしている状態なので、大変だろうな、とは思うのです。
 この映画は「みんな当然、『関ヶ原』のことは知ってますよね?知ってるはずだから、細かい経緯の説明はしませんよ」という姿勢を貫いています。
 長い原作を2時間半にまとめると、こんな感じになるのもわかるのだけれど、なんというか、「結果ばかりが出てきて、なぜそうなったのかの過程が説明されず、想像で埋めるのも難しいほど端折られているので、登場人物の感情についていけない」のだよなあ。
 『プロ野球ニュース』で見る、野球の試合結果みたいです。
 「どうです、この長い原作を、2時間半にまとめて、とりあえず観られる映画にしましたよ」っていう声が、聞こえてきます。
 原田眞人監督って、『ガンヘッド』の監督だったのか……
 「長い原作をうまくまとめてそれなりにヒットする映画にする」というのは、三池崇史監督にも通じるところがありますね。
 「うまくまとめただけ」だし、「観客に関ヶ原の戦いの予備知識があることを前提にしている」というのも感じました。


 すべてが唐突に起こるんですよ。
 石田三成はいきなり初芽に恋心を打ち明け、天下が安定したら一緒に旅に出よう、とか言い出す(ほんとうに「いきなり」なのです。なんか病気じゃないのかこれ。ミッドライフ・クライシス?『週刊文春』がない時代でよかったですね)し、関ヶ原で西軍はいつのまにか不利になっていて(戦況がほとんど説明されないのです)、小早川秀秋はなぜ最終的に東軍についたのか、よくわかりません。
 史実とは違うと思うのですが、映画『関ヶ原』での三成は、本陣を離れて動かない味方の諸将を説得しに自ら駆けずり回り、ことごとく振られてしまうという情けなさ。いやそれは、いくらなんでも大将の仕事じゃなかろう、と。三成勢の最期は安っぽい『300』になってしまっていて、島さんがかわいそう。
 この監督さんは、「笑い」のセンスがないというか、これ笑うとこなの?とか、考えてしまう場面がけっこう多いんですよ。
 「パシリ」のように描かれている井伊直政とか、『おんな城主 直虎』を観ている僕には悲しくなります。たしかに、直政というのは、家康にとって「至高のパシリ」みたいな存在だったのかもしれませんが。


 この映画をみると、石田三成が負けた理由はよくわかるんですよ。
 監督さんは「石田三成は自分に似ている」と仰っていましたし、「三成を描くこと」に気合を入れていたんだろうなあ。
 石田三成は、ものすごく有能で、「義と仁の人」なのだけれど、「自分自身の小さなこだわりやプライド」のために、周囲と軋轢を起こしたり、智に溺れるというか、「ギャフンと言わせてやった」相手から、さらに恨まれたりしています。
 「天下のために、なんとか生き延びて、再起の可能性に賭けた」はずなのに、かくまってくれた人が罰せられるのが本意ではないということで、名乗り出てしまう。
 本当に「天下のため」が最優先であるならば、加藤清正福島正則に頭を下げたり、歓心を買ってでも味方にするための手練手管を尽くすべきだったし、夜襲や家康到着前に東軍を各個撃破することだって検討の余地があったはず。
 恥をさらしてでも生き延びるつもりで戦場を離脱したのなら、世話になった人を見捨ててでも、逃げるべきだったのではなかろうか。
 家康は「妥協すべきところ」と、「どんなに犠牲を払っても、譲れないところ」の見極めができる人だった。あるいは、長年の経験で、そういう人になっていた。
 三成は、最後まで、「小さなプライド」を満たすのを重視して、「必要な恥をかく」「大義のために小義を捨てる」ことができなかった。
 ただ、三成の、そういう「ものすごく賢い人なのに、プライドに負けて、やるべきことの優先順位をコントロールできなかった」ところは、「人間的」でもあるんですよね。
 僕もそういう不器用さみたいなものや「器の小ささ」には身に覚えがあるので、今でも三成を応援してしまうんですよ、やっぱり。
 客観的にみれば、石田三成が勝っていても、あの時代、家康以外の人には「天下をすんなり治める」ことは難しかったのではないか、とも思いますが。
 

 百戦錬磨で「優先順位がわかっている」徳川家康相手に、これだけの大戦をやってのけた三成はすごかったとは思うし、その一方で、三成がさっさと退場してしまったほうが、豊臣家にとってはプラスになったのではないか、という気もするんですよ。
 もちろん、そんな問いに答えなど無いのだけれど。


 合戦シーンは、大河ドラマ真田丸』の「一瞬関ヶ原」のあとにみると、けっこう迫力がありました。
 「戦場」は描けていても、「戦術」を描こうとしていないので、せっかくのスケールを活かせていないところはあるにせよ。
 あと、場面転換の際に地名や出来事を説明する名詞のあとに「。」をいちいちつけているのは、なぜなんだ……
 名詞のあとに「。」がハマるのは『モーニング娘。』だけで十分です。重厚な歴史ドラマの場面転換のたびに、これを見せられるとかなり気が滅入るというか、誰が決めたんだこれ。その「。」だけで、かなりこの映画が「軽薄に」なっているんだけど。


関ヶ原(上中下) 合本版

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関ヶ原

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