琥珀色の戯言

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【読書感想】愛と欲望の三国志 ☆☆☆☆☆

愛と欲望の三国志 (講談社現代新書)

愛と欲望の三国志 (講談社現代新書)


Kindle版もあります。

愛と欲望の三国志 (講談社現代新書)

愛と欲望の三国志 (講談社現代新書)

内容紹介
三国志」は『万葉集』『太平記』にも登場する。江戸時代には、張飛関羽が女性になる物語や、劉備孔明が交わる春画もつくられた。日中戦争期には「三国志」ブームが訪れた……etc

日本の歴史は「三国志」とともに歩んできた!「三国志」を愛してやまない東大卒女子アナが、その真髄を全く新しい角度から探究する。

・・・・・・

三国志演義』は、中国四千年の歴史の中で、一瞬とも言える百年ほどの時代を描いた小説なのに、なぜか日本人は「三国志」が大好き。どうして、「三国志」は日本で人気があるのでしょうか。

「日本でずっと読まれてきたから」――そうなのです、日本の歴史は、ずっと「三国志」とともに歩んできたのです。

第一章では、『三国志演義』のあらましと、私がどんな「三国志」に触れてきたのか、という「三国志の個人史」、第二章では、現代作家による『三国志演義』の多彩な世界をご紹介します。

第一章、第二章は、今、どんな日本語の「三国志」があるのかというブックガイドとしてもお使いいただけます。

今だけではなく日本で長きにわたって「三国志」が読まれてきたということを、卑弥呼から江戸時代までを第三章・第四章で、明治時代以降を第五章でご紹介します。

そして、第六章では、現代に繋がる日中戦争期の「三国志」ブームに迫ってみましょう。日中戦争下に花開いた日本語の「三国志」が、ほぼそのままの姿で、戦後の「三国志」ブームを作っていくのです。

ーー「はじめに」より


 著者は、ニッポン放送アナウンサーの箱崎みどりさん。
 有名人が、自分の「好き」だけで中途半端なファンブックみたいなものを書いたのか……と思いながら読み始めたのです。

 ごめんなさい、それは僕の偏見でした。
 箱崎さんは東京大学の大学院で学んでおり、「日中戦争期における『三国志演義』再話の特色」という論文も書いておられるのです。
 ファンとかマニアというより、専門家、なんですね。
 小学校高学年のときに『人形劇・三国志』を観たのがきっかけで好きになり、吉川英治さんの『三國志』、光栄のシミュレーションゲーム三國志』と、「三国志沼」に浸かって生きてきたつもりの僕も、箱崎さんの「三国志への愛着」には脱帽です。
 箱崎さんが『三国志』に目覚めたきっかけも『人形劇・三国志』だったそうで、それだけでも親近感を抱かずにはいられません。川本喜八郎さんの人形と、豪華な声の出演者たち。僕は諸葛亮孔明の「ものすごく頭がよさそうな声」が大好きで、のちに森本レオさんがスキャンダルを起こした際には、とても悲しい思いをしたものです。あの声なら、いろいろ利用したくなるのもわからなくはないんだけどさ。


 箱崎さんは『人形劇・三国志』の名場面を、こんなふうに紹介しています。

 そして、少し大きくなってから、カセットテープに録音して繰り返し聞いた、一番好きなセリフがあります。第六十四回「玄徳の死」、森本レオさん演じる孔明が、夷陵の戦いの前に、関羽の息子・関平に向かって語るシーンです(「人形劇三国志」では、関羽が無念の死を遂げた後も、関平は生き残り、孔明の片腕として活躍します)。

 魏と呉とともに天下を三分し、位人身を極めた陛下(引用者注:劉備のこと)が、一国の皇帝として栄耀栄華を尽くすことよりも、義兄弟と共に戦い、共に苦しむことを願う。それは、見方によっては皇帝にあるまじきことのように思えるかもしれん。しかし、劉備玄徳が類稀な、本当に素晴らしい皇帝陛下であることの所以は、そこにこそあると、私は思っているのだ。


 天下三分の計のもと、魏と対峙するために、呉との同盟が欠かせないことを痛感しながらも、関羽張飛の復讐に燃える劉備を諫めきれなかった孔明が、複雑な胸中を吐露します。
 皇帝としての劉備に望む振る舞いと、実際の劉備の心との乖離に苦しみながらも、その子事があったからこそ、人は劉備についてくる──『三国志演義』で不思議な魅力を放つ劉備の本質を言い当てながら、自身を説得するような、孔明の苦渋が滲むセリフです。


 わかる、わかりすぎる!
 この後、劉備が亡くなり、その遺体にすがる劉禅劉備の子、蜀の二世皇帝)に「若殿、泣くのはおやめください」と厳しい口調で自覚を促すシーンも紹介されていて、「そうそう、これ!この場面!」と読みながら頷いてしまいました。
 
 箱崎さんは、次に、講談社青い鳥文庫の『三国志』を手にとり、その後も『三国志』関係の本を読み漁っていったそうです。
 読んだもののなかには、光栄の歴史人物笑史『爆笑三国志』もあったのだとか。
 箱崎さんが光栄の『三國志』で遊んでいた、という記述はないのですが、光栄のゲームとその関連書籍から歴史好きになった人というのは、けっこう多いのではないかと思います。

 この本では、『三国志』が、どのようにして日本で読まれるようになったのか、そして、多くの物語のなかで、なぜ『三国志演義)』がここまで多くの日本人に愛されているのか、が、丁寧に検証されているのです。
 
 日本でも、三国鼎立時代の人物への言及や曹操曹丕曹植がつくった詩は、奈良時代平安時代からみられていたそうです。『太平記』にも『三国志』の強い影響がみられるのだとか。

 フィクション成分が多い、物語としての『三国志演義』が日本に入ってきたのは江戸時代になってからのようです。

 中国では、史書三国志』が生まれてから、講談や芝居といった語り物として「三国志」の世界は広がり、元末明初に『三国志演義』が成立。今残されている写本で最も古いものは、1494(明・弘治七)年、最も古い刊本は、1522(明・嘉靖元)年に刊行されました。
三国志演義』は、中国で生まれてから、比較的早い段階で日本に入ってきたようで、一番早い記録は、1604(慶長九)年。徳川家康にも仕えた儒学者林羅山の既読書の目録に、『通俗演義三国志』が登場します。他にも、16世紀後半から17世紀初頭の、駿河御譲本の記録や、天海僧正の蔵書目録でも『三国志演義』が確認できるので、江戸時代初頭には、『三国志演義』が日本に流入していたことが分かります。


 1691(元禄四)年から翌年にかけて出版された、湖南文山による『三国志演義』の完訳、『通俗三国志』によって、日本での『三国志』人気は不動のものとなるのです。
 ちなみに、この『通俗三国志』は、日本語に完訳された、初めての長編外国語小説だったそうです。
 『三国志』は、その人気と知名度もあって、江戸時代のパロディ小説や遊里文学の題材にもされています。

 まず、夢中楽介著『通人三国志』(1781年、天明元年)。借金まみれになった、諸借金孔明は、司馬懿との対陣中、自らが没したという噂を流し、司馬懿を退けます。食王・劉備に、関羽張飛と共に、先に日本に落ち延びるよう勧め、自らも少ししてから来日。香三郎と名を改め、奉公に出た孔明は、持ち前の頭の良さで出世するも、遊びが過ぎ、店の者が孔明と懇意の張飛にその旨を相談する、というお話です。
 はじめの五丈原での対陣シーンや、船で日本にやってくるとき、孔明が自ら順風を祈ったこと(赤壁の戦いを踏まえています)、関羽が八十二匁の銀の煙管を水車のようにまわす(青龍偃月刀は八十二斤と言われています)など、『通俗三国志』を踏まえた描写がある一方で、関羽が洒落本を書いているなど、作者の想像力も自在に発揮されています。


 江戸時代には、さまざまな「派生作品」が出ていて、日本で『三国志』が多くの人に愛されるようになったことがわかります。


 日中戦争の時期に、『三国志』はあらためてブームになるのです。

 日中戦争期に読者の間で中国への関心が高まり、もしくは、高まったと判断し、出版がそれに応えようとする状況下で、『三国志演義』の再話が多数出版されることになりました。その理由は、江戸時代以来、読みやすい大衆文芸として日本でも長く愛されてきたために読者の興味が見込めること、歴史物語かつ物語の中心は戦闘であり、実際の戦況と地名が重なり、さらに人物像も重ねられることなどにあったようです


 いまも読み継がれている吉川英治の『三國志』について、箱崎さんは、「吉川『三國志』だけが『三国志演義』の現代化の先駆なのではなかった」と述べています。
 日中戦争期には、さまざまな新しい『三国志』が出たなかで、結果的に読み継がれ、班を重ねていったのが「吉川『三國志』」だったのです。
 北方健三、陳舜臣、宮城谷正光といった大家たちも、それぞれの『三国志』を書いています。
 その読み比べも、興味深いものでした。

 『三国志』好きにはたまらない本なのですが、ここ30年くらい、新たな『三国志』ファンを生み出し続けているのは、光栄のシミュレーションゲーム三國志』やアクションゲームの『三國無双』、横山光輝の漫画版ではないかと思うのです。
 「テレビゲームでの『三國志』の描かれ方の変遷」なんて、論文のテーマになりそうですよね(もう誰かすでにやっていそうな気もしますけど)。


別冊NHK100分de名著 集中講義 三国志 正史の英雄たち

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