琥珀色の戯言

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【読書感想】中国ぎらいのための中国史 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

1800年ぶりに「諸葛丞相」復活?/元寇を知らない中国人/美少女ソシャゲに李白漢詩登場/孫子の兵法で反体制暴動を鎮圧/台湾有事は始皇帝が原因?/一帯一路で長安朝貢国集結「儒教道徳の先生」と化す共産党/「隴西の李徴」の後輩が大学受験で無双/横暴中国の根はアヘン戦争/悩める若者が毛沢東に頼る……。

これは“現代中国”の本だ!

三国志元寇アヘン戦争……。
これらの単語は、日本では小中学生でも知っている。
『キングダム』や『パリピ孔明』をはじめ、中国史が題材のエンタメも大人気だ。
いっぽう、現代日本人は中国が「嫌い」だ。
内閣府の最新の世論調査では、国民の約9割が中国に親しみを感じないと回答。
多くの人にとって、歴史の中国と現代の習近平政権の中国は「別物」の存在である。
ただ、その考えは中国側では通じない。
現実の中国は歴史の積み重ねの末に生まれ、社会の底流に歴史が流れ続けている。
中国共産党すらそれを意識して政策を決定し、習近平は演説に古典を引用し続ける。
諸葛孔明始皇帝孔子孫子元寇アヘン戦争毛沢東まで。
現代の中国社会と中国共産党は、自国の歴史をどう見ているのか。
令和日本の中国報道の第一人者による、渾身の中国史論!


 現在の中国は嫌い、あるいは親しみが持てない。けれど、「中国史」は好き、という人は、けっこう多いのではないでしょうか。
 映画『キングダム』シリーズは、秦による中華統一の時代を舞台にしていますし、『三国志』には根強いファンが多いのです。

 この本にも出てくる『パリピ孔明』という作品は、いまの日本人にとっても諸葛亮孔明は「策士の代名詞」であることを示しています。
 あらためて考えてみると、日本で「天才的な軍師」とされている人って、そんなにすぐには思い浮かばなくて、『パリピ(山本)勘介』や『パリピ(黒田)官兵衛』だと、インパクトが弱そうです。古代中国の忠義の天才軍師・諸葛孔明現代日本の「パリピ」というギャップの大きさを狙っている部分もあるのでしょうけど。


 日本では歴史上の人物として、「知恵がある人」のアイコンとなっている諸葛孔明なのですが、著者は、現代の中国での孔明について、こんなふうに買いています。

 また、現代にはじまった話ではないが、「『天下三分の計』は中華世界を切り分ける国家分裂主義ではないか」「いや最終的には中国の統一を目指していたので問題はない」といった、外国人の目には不毛としか思えない議論も、中国では長年にわたり絶えず繰り返されている。むしろ近年は、ネットニュースなどで通俗的な記事が増えたことで、一般人の間でもこの手の議論が広がっている気配さえある。
 さらに「諸葛亮が勝ち目の薄い軍事行動(北伐)のための蜀の国力を消耗させた行動は愚忠(愚かな忠義)であり、軍事思想的にも正しくないので、『出師表』を学校で教えることはやめたほうがいい」といった主張も、定期的に蒸し返されて議論になっている。
 日本人の感覚からすると、古典を学ぶ目的は、文学表現や時代背景を理解して教養を深めるためで、書かれた内容を無批判に受け入れるためではないように思う。だが、中国における古典は必ずしもそのようには扱われない。
 好意的に解釈すれば、中国人は歴史人物や古典との距離感覚が日本人よりもずっと近く、自分たちの社会の延長線上にある存在として捉えている。だからこそ、諸葛亮についてもこうした話題が出てくるとも言える。
 諸葛亮は約1800年前の人物にもかかわらず、日本人の創作物のなかで渋谷のパリピにされてしまうほど身近な存在だ。しかし、中国においてもこれとは別の意味で、やはり近しい存在として生き続けているのである。


 中国の習近平国家主席は、諸葛孔明の言葉を演説のなかで何度も引用しているそうです。

 比較的有名なのは、「受命以来、凪夜憂歎、恐託付不効」(意訳:使命を引き受けて以来、自分が果たすべき責任を意識せぬときはない)という一節の多用だ。これは諸葛亮が北伐にあたって君主の劉禅に奏上した『出師表』の言葉である。
 最初に引用されたのは、2014年9月ごろの演説だったとされるが、この引用句はその後も党大会が開かれる年(2017年や2022年)ごとに『人民日報』などでしばしば取り上げられ、習政権を象徴する言葉の一つとなっている。


 そんなに特別な意味ではない、というか、同じようなことを言っている人はたくさんいそうなのに、あえて1800年前の諸葛孔明の『出師表』から引用しているということに、孔明の存在の大きさも感じるのです。
 この本を読んでいると、中国の政治家たちの多くは、自国の詩や歴史などをよく知っていて、しばしば現代の政治の舞台でも、それを引用していることがわかります。
 日本では、「古文や漢文なんて、もう要らないんじゃない?」という議論をネットで見かけることも多いのですが、あれだけ人口が多い国で偉くなる人は、歴史や文化に関する「教養」があるんだなあ、さすが科挙の国、とか、感心してしまいます。もちろん、優れたブレーンがサポートしているのだとは思いますが。
 共産党支配下での中国では、権力者が歴史的な出来事を党の機関紙などで採りあげて、自分の立場や意見を「匂わせる」なんてことも、行われてきたのです。


 1274(文永十一)年と1281(弘安四)年の2度、元のフビライ・ハーンの命令を受けた軍勢が日本の九州北部に侵攻してきた、いわゆる「元寇」は中国ではほとんど知られていないそうです。

 実は、中国側で用いられる「元日戦争」(元と日本の戦争)や「元朝東征」(元の東方征服)と書いたところで、やはり大部分の中国人はピンとこない。理由は彼らの間でこの戦争の知名度が低いためだ。
 日本国内にいる大学院生レベルの中国人留学生に尋ねても、元と日本が戦った歴史を「来日後に初めて知った」と答える人が目立つ。中国国内の公教育ではほぼ習わないうえ、中国の若者の約半数が受験する高考(大学共通入試)の歴史科目でも出題されないことから、高学歴層の間ですらほとんど知られていないのだ。


 現代中国にとっては、「元寇」というのは、当時拡大政策をとっていた元の多数実施された遠征の一つでしかないし、元は漢民族にとっては征服者によって建てられた王朝で、その事績への興味が乏しいのです。

 最も、限られた層の話ながら、原稿の知名度は近年になり少しだけ向上した。
 理由は日本のコンテンツの流入だ。
 なかでも、2020年7月に発売されて全世界で973万本を売り上げたコンピューターゲーム『ゴースト・オブ・ツシマ』(GOT)の影響は大きい。これは文永の役を主題とした珍しいゲームで、対馬島内をフィールドとして鎌倉武士が駆け回るオープンワールド型のアクションアドベンチャーだ。
 対馬元寇について「この作品で知った」という中国人ゲーマーはかなり多い。中国国内のゲーム情報サイトに「元寇について知ってみよう」と題した長編の記事が登場するなど、『GOT』の効果は決して軽視できないようだ。
 また、対馬における鎌倉武士の抗戦を描きた歴史マンガ『アンゴルモア 元寇合戦記』(たかぎ七彦KADOKAWA)も、日本で2018年にアニメ化されたことで、中国でも一部で知られることになった。


 ちなみに、『ゴースト・オブ・ツシマ』は、元寇を題材にした作品ですが、制作したのはソニーの子会社であるアメリカのサッカーパンチプロダクションズです。
 アメリカの会社で開発されたゲームで、中国の人が13世紀の自国と日本との交戦の歴史を知る、というのも、ある意味「グローバル化」なのかもしれませんね。

『原神』というゲームをご存知だろうか?
 これは中国のソーシャルゲーム企業・miHoYo(上海米哈游)が2020年9月にリリースした、オープンワールドアクションRPGだ。アニメ調のハイクオリティな美少女のキャラクターのデザインと、広大な世界を探索する面白さが評判の作品である。


(中略)


 一方、miHoYoの社名が初音ミクを意識して命名されている点からもわかるように、『原神』の作風は日本のアニメやゲームの影響を強く受けている。というより、中国のゲームだと言われなければしばらく気がつかないほど、日本のゲームそのままに見える。
 ただ、注意深く観察すると、キャラクターのセリフや固有名詞から「中国」らしい要素が感じ取れる。

「『今人は見ず古時の月、今月はかつて古人を照らせり』っていうけど…じゃあ、師匠が昔見た月と今空に浮かんでる月は同じものなの?」

 こちらは2023年9月29日、『原神』のX(旧ツイッター)日本向け広報アカウントがポストした、女性キャラクターのセリフである。
 この時期はちょうど中国の中秋節中秋の名月を愛でる祝日)にあたり、ゲーム内では全世界的に中秋節イベントがおこなわれていた。『原神』は中国のゲームなので、セリフのテキストは本来は中国語で書かれたと思われる。


 このセリフに登場する言葉の原典は「今人不見古時月、今月曾経照古人」。
 すなわち、唐の詩人・李白の七言古詩「把酒問月」(酒を把りて月に問う)の一説である。
 これは李白が月に向けて語りかけた内容の漢詩で、引用部分は、はるか昔から月がこの世を照らし続けていることを述べたものだ。
 ほかにも『原神』に登場するセリフや固有名詞には、中国古典や漢詩を踏まえたものがかなり多い。


 『原神』は、かなり人気があるみたいで、僕の子どもたちも熱心にプレイしています。
 ネットでは、「嫌中」の人たちを見かけることも多いのですが、ゲーマーたちは、どこの国から生まれたコンテンツであっても、面白ければこだわりなくどんどん受け入れているのです。
 それは、中国の若者たちにとっても同じなのでしょう(中国側では、政府からの規制が、日本よりは強いかもしれませんが)。
 『原神』は、これまでの日本のゲームやアニメの影響を強く受けた作品でもあります。


 著者は、中国では受験戦争の影響もあって、歴史や漢詩を教養として身につけている若者が多いことも指摘しています。

 日本には「古文や漢文などは実用性がないし、時間のムダ」と主張する人も少なからず存在しますが、ゲームやアニメ、マンガ経由で歴史に興味を持ったり、文学や詩に興味を持つ若い人は大勢いるのです。


 現代の中国の人たちは、自国の「歴史」や「伝統文化」について、どんな接しかたをしているのか?
 ネットニュースでの「反日」がクローズアップされた伝えられかたではない「いまの中国」が、政治や文化、ゲームやアニメなど、さまざまな角度から紹介されている興味深い新書でした。


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