琥珀色の戯言

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【読書感想】鴻上尚史のほがらか人生相談 息苦しい「世間」を楽に生きる処方箋 ☆☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
毎回SNSで「神回答!」「思わず電車で泣いてしまいました」などと大反響の
AERA dot.人気連載『鴻上尚史のほがらか人生相談』が、待望の書籍化!
巻末には、書籍のためにあらたに書き下ろした人生相談3本も収録しています! !

【目次】
はじめに
[ 相談1 ] 夫とは価値観が合わず、毎日一緒にいたいと思いません。
結婚の意味ってなんですか? (40歳 女性 すす)

[ 相談2 ] 個性的な服を着た帰国子女の娘がいじめられそうです。
普通の洋服を買うべきですか? (38歳・女性 フォトグラファー)

[ 相談3 ] 小3から好きだったKちゃんと同窓会で再会。火鉢の底で赤く燃える炭のような私の思いは続いています。(55歳・男性 しばやん)

[ 相談4 ] 鬱になった妹が田舎に帰ってきましたが、世間体を気にする家族が、病院に通わせようとしません。(38歳・男性 農家の長男)


 ネットでもしばしば話題になる、AERA dot.の人気連載『鴻上尚史のほがらか人生相談』が書籍化されました。
 けっこう昔、1980年代に鴻上さんのオールナイトニッポンを聴いていた僕としては、あれから30年か……なんて感慨にふけってしまうところもあるのです。
 上の「目次」では、収録されている28の相談のうち、最初の4つだけ紹介しているのですが、この本を読んでいると、鴻上さんの緩急自在の問題解決能力と、相手が受け入れやすいようなアドバイスのしかたに、ただただ圧倒されてしまうのです。

 ネットで何かを「相談」すると、第三者から、相談者が「あなたが悪いのでは?」と叩かれまくる光景をよく見かけます。
 たしかに、世の中のさまざまな問題というのは、どちらかだけが一方的に悪いことは少ないのですが、それなりに勇気を振り絞って「相談」しても、サンドバッグにされるだけでは、やってられないですよね。

 以前、人生相談の名手として知られる岡田斗司夫さんが、こんな著書を上梓されました。


fujipon.hatenadiary.com

 共感のコツは相談者と”同じ温度の風呂に入る”ことにあります。
 恋愛で悩んでいるとか、借金のことで困っているとか、いろんな悩みがありますよね。
 その時に、ついつい僕たちはその相談者と”同じ温度の風呂”に入らないんです。
 その人が熱くて困ってるとか、冷たくて困ってるといっても、自分は服着て標準の温度で快適に過ごしながら、つまり安全地帯から「こういうふうにすればいいよ」と忠告してしまう。
 とくに男性はこれをやってしまいがちです。女の人が男性相手に相談をすると、ムダに疲れてしんどいというのをよく聞きます。
 というのも、男性はすぐに回答を出そうとする。
 僕と同じで、役に立とうとするあまり、その人に対していま自分が言える一番論理的で、行動可能で、こういうふうにすれば状況が改善されるのにといった指針を、手早く言おうとしすぎるんです。
 結論だけじゃダメなんです。それよりもっと前の段階で、「相手と同じ温度の風呂に入る」これが結論です。


 朝日新聞は、なんでこんなに「人生相談の名手」を探してくるのが上手いのか。

 ただ、岡田さんの場合は、自身のスキャンダルで、回答者としての信頼感が失われてしまったのです。

 その点、鴻上さんは、「理詰めになりすぎない」という技術も併せ持っている、まさに最強の「人生相談マスター」なんですよ。

 顕著な例が、上記の相談(3)と(4)に対する回答です。

[ 相談3 ] 小3から好きだったKちゃんと同窓会で再会。火鉢の底で赤く燃える炭のような私の思いは続いています。(55歳・男性 しばやん)

 この「思い」を、どうしたら良いでしょうか?という相談に対する鴻上さんの回答を読んで、僕は「えっ?」と驚いたのです。
 これだけ、なの?と。
 でも、あらためて読み直してみると、たしかに「これだけで十分」な回答なんですよ。

  

[ 相談4 ] 鬱になった妹が田舎に帰ってきましたが、世間体を気にする家族が、病院に通わせようとしません。(38歳・男性 農家の長男)


 それに対して、この質問への回答からは、鴻上さんの「熱」が伝わってきます。 

 世間体を気にして、妹さんの状態を無視していても、とりあえず、世間付き合いは続き、家及び自分達の評価が下がることも村八分になることもない、と家族の人達は考えるのです。
 でもね、農家の長男さん。この時間は永遠に続くのでしょうか?
 妹さんに冷たい父親と祖父・祖母は、今、おいくつでしょうか? あなたが38歳ですから、父親は60歳ぐらい、祖父、祖母は80歳ぐらいでしょうか。間違いなく、20年後には祖父・祖母はお亡くなりになっているでしょう。その時、父親は80歳、あなたは58歳。妹さんは55歳。さらに10ねんして、父親が亡くなるとします。あなたは68歳。妹さんは65歳。
 僕が何を言いたいのかお分かりですか? 68歳の高齢のあなたに65歳の妹さんの人生がのしかかるということなのです。
 僕は、これを書くのもつらいのですが、そういう兄弟・姉妹を数組、知っています。
 妹の状態がおかしい。あきらかにうつ病になっている。なんとか病院に行かせたい。姉が何度も親にそう言ったのに、親はずっと反対する。世間体が悪い。ご近所から何を言われるか分からない。
 その結果、ただ食事を与えるという状態で、妹は外出しないまま、30年を過ごす。精神は荒廃し、会話もうまくいかなくなっている。
 二十代に治療を受ければ、うつ病はなんとかなったかもしれない。けれど、30年の軟禁生活の結果、人間との会話もできなくなり、精神が不安定になり、ヒステリー状態を示すになる。なおかつ、精神の不調が体にも響き、健康状態も良くない。
 そんな妹を残して、あれほど病院に行かせることに反対していた両親が亡くなる。そして、姉と妹だけになる。
「どうして、30年前に病院に連れて行って、適切な治療を受けさせなかったのだろう」
 僕の知り合いは、本当に苦悩の表情で言いました。病院行きに反対した両親に恨み言を言おうと思っても、もう両親は亡くなっているのです。
 妹という問題を残したまま、両親は世間体に忠誠を誓って死んだのです。
 農家の長男さん。同じことがあなたにも、このままだと起こります。父親も祖父・祖母も苦労を引き受けないまま死ぬのです。でも、あなたの人生は続きます。


 だから、一刻も早く、妹さんを精神科や心療内科に受診させてあげてほしい、相談者は、自分の未来のために親と戦ってほしい、と、鴻上さんは強く勧めているのです。
 
 こういう「相談」って、フォーマットというか、字数制限みたいなものがありそうじゃないですか。
 鴻上さんは、「簡潔に答えたほうが伝わる悩みには、これだけ?と驚くほど簡潔に」答える一方で、この[ 相談4 ] のような悩みに対しては、言葉を尽くし、熱意を込めて、回答しているのです。
 この鴻上さんの言葉には、「うまくいかなかった先人たち」の哀しみが憑依しているようにすら感じます。

 鴻上さんは、長年劇団を主宰しておられるので、「観客に訴えかけるためのセリフや動きの奥義」を身につけているはず。
 でも、読んでいて伝わってくるのは、「テクニック」よりも、「こうしてわざわざ相談を寄せてくれたあなたをラクにしてあげたい」という「善意」みたいなものなんですよ。
 
 鴻上さんは、ものすごい嘘つきなのではなかろうか。
 あるいは、ものすごくしたたかな交渉者なのかもしれない。
 

「あとがきにかえて」で、鴻上さんは、こんな話をされています。

 もし、『ほがらか人生相談』を受け入れてくれる人が多いとしたら、演劇の現場のリアリティーに、僕が鍛えられたからだと思います。
 演劇という人間と人間がぶつかる場所で、なんとかギリギリの落とし所を見つけようとして、観念的ではなく、理想論でもなく、精神論だけでもなく、具体的で、実行可能な、だけど小さなアドバイスをずっと探してきた結果だと思います。
 ツイッターでは、『ほがらか人生相談』の回答を読んで「私だったら、こんな人は絶交」とか「こんな奴とは一瞬で別れる」とか「俺なら、こいつと口きかない」とか書いている人がいます。
 そんなことができたら、どんなに簡単かと、演劇の現場を思って溜め息が出るのです。
 プロの現場は、どんなに嫌な人がいても、どんなに対立しても、どんなに怒っても、幕を開けないといけません。幕が開いて、恋人同士の役なら、楽しく会話しなければいけません。
 ならば、その嫌悪や対立や怒りを、少しでも減らしたり、折り合いをつけたり、しばらく忘れたり、どうにかこうにか解決する方法を考え出さないとしょうがないのです。
 結果的に、僕は約40年間、ずっと、人生相談に答えてきた、ということみたいです。
 そして、こんな形で、正式な(?)人生相談として、読者と出会うことになるなんて、人生は何が起こるかわからないなあと思っています。

 この「人生相談」だけではなくて、鴻上さんが書いた本は、「世間でうまく生きられない」「コミュニケーションが苦手でつらい」という人に対して、すばらしく有用なテキストばかりです。
 興味を持たれた方は、ぜひ、読んでみてください。


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孤独と不安のレッスン (だいわ文庫)

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